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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第054話 孤児院

 成人の儀という嵐のような一日が明け、公爵邸の食卓には、いつものように穏やかな朝食の時間が流れていた。

 昨日、家族と王族の前で全ての真実を明かした俺にとって、この変わらぬ日常こそが何よりの救いだった。

 父様は、手元の書類から視線を上げると、真剣な眼差しで俺に向き合った。


 「ユウ。昨日、お前が語った知識と、その左腕に宿る力を、我ら一族は全力で守ると誓った。その第一歩として、お前に任せたい場所がある。陛下とも既にお話しして決めたことだ」

 「はい、父様。どこへ向かえばよろしいでしょうか」

 「王都の北西、貧民街の入り口にある聖マリアンナ孤児院だ。あそこは設立から百年以上が経ち、石造りの風化が激しいのだ。先日の長雨で、ついに地下の土台に致命的な亀裂が入ったと報告を受けている。あそこには、身寄りのない子供たちが三十人ほど暮らしているのだよ」



 ――孤児院――

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺の前世の記憶がよみがえる。爆発音と共に崩れ落ちた天井、熱風と煙の中で必死に突き上げた左腕。あの子たちは、あの後どうなったのだろうか。元気に過ごしていると信じたい。だが、その答えは永遠に手に入らない。しかし、俺の目の前には救える命がある。


 「……是非、僕に行かせてください。そこをこの国のどこよりも安全な場所にしてみせましょう。魔法で無理に修復するのではなく、何十年先まで子供たちが安心して暮らせる本物の建物を造らせてください」

 俺の瞳に宿った決意の強さに、父様は満足そうに頷き、母様は優しく俺の肩を抱いた。



 馬車に揺られること小一時間。華やかな王都の目抜き通りを抜け、石畳が欠け始めた区画に、その建物はあった。外壁の漆喰は剥がれ落ち、窓枠は歪んでいる。一見して、建物そのものが自分の重さに耐えかねて悲鳴を上げているのが分かった。


 「ユウ様、こちらが建物の図面でございます。十年前の補修記録も添えております」

 馬車を降りた俺の隣に、リーゼロッテが音もなく控えた。彼女の手には、俺が指示して用意させた測量器具と、昨夜書き留めたばかりの補強案が並んでいる。

 「ありがとう、リーゼロッテ。しかし、これはひどすぎるな。魔法で表面だけを修復しているが、肝心の土台が雨で削られてて、建物がわずかに傾き始めているじゃないか。これは次の大雨で一気に崩れてしまうぞ」



 俺は庭で遊んでいた子供たちの視線を浴びながら、建物の周囲を歩いた。どこに力がかかりすぎているのか、以前の経験が確かな手応えとなって脳内に流れ込んでくる。


 ふと、一人の幼い少女が、俺の空いた左袖を不思議そうに見つめながら、服の裾を引いた。

 「お兄ちゃん、だれ?どうして左のお袖、ぺったんこなの?いたいの?」

 屈託のない問いかけに、俺は膝をつき、彼女と同じ目線になって微笑んだ。


 「僕はユウ。痛くないよ、もうずっと昔のことだから。このお袖がぺったんこなのはね、遠いところで頑張った証拠なんだ。その代わりに、僕はこうしてお家を直すためのことをたくさん覚えたんだよ」

 「おうち、なおしてくれるの?」

 「ああ。約束するよ。お兄ちゃんが、このお家を世界で一番強くて、冬でもポカポカで温かい場所に直してあげるからね。もう雨漏りで怖い思いはさせないからね」

 少女の瞳が期待に輝くのを見て、俺は立ち上がり、背後に控える公爵家の職人たちに鋭く指示を出した。



 「これより、聖マリアンナ孤児院の全面改築を開始する。まずは、重い屋根を支える仕組みを根本から変えるんだ。リーゼロッテ、僕が引いた図面を職人たちに見せてくれ」

 俺が提示したのは、三角形を組み合わせて重さを分散させる屋根の組み方と、建物の重さを地面全体で均等に支える強固な土台を組み合わせた設計図である。


 「公子

 「重さを一点にかけるから、石が割れたり土台が沈んだりするんだよ。設計図を見てくれるか?ほら、ここだ。こうして力を逃がしてやれば、今の石造りよりずっと軽くて丈夫な屋根になる。それに、床下を見てほしい。湿気を逃がすための隙間を作り、そこに暖炉の熱が回るようにする。これで冬の床冷えもなくなるんだ」



 俺は片腕の作業服に着替えると、自ら泥にまみれて測量杭を打ち込んだ。前世で、現場の親方から叩き込まれた技術。水平を取り、垂直を出す。寸分の狂いもなく土台を築いていく。その一挙手一投足に、職人たちは次第に圧倒されていった。魔法を使えば一瞬で壁は立つが、それでは建物の寿命は延びない。


 「いいかい、家を造るというのは、ただ壁を立てて屋根を付けることじゃない。そこで暮らす人が、どうすれば安心して笑えるかを考えることなんだ。角を丸く削り、手すりを子供の背丈に合わせ、お日様の光が一番奥まで届くように窓を作る。安全で暮らしやすいのが、本当に良い家なんだよ」

 俺の言葉は、職人たちの心に、そして傍で見守っていた孤児院院長やリーゼロッテの心に深く染み渡っていくようだった。



 工事が始まってから、季節はゆっくりと移ろい、数ヶ月が過ぎた。公爵家の潤沢な資金と、俺が行った効率的な工程管理により、建物は見違えるような形を成していった。魔法による無理な短縮はせず、一つ一つの工程を、確かな工夫に沿って丁寧に積み上げていく。


 「ユウ様がこの建築に込めておられるのは、あの子たちへの、深い慈しみでしょうね」

 夕暮れ時、ようやく完成の日を迎えた建物を眺めながら、リーゼロッテが静かに言った。

 「リーゼロッテ。僕はね、あの子たちの笑顔を見るたびに、前世の自分を許せるような気がするんだ。僕が置いてきた左腕は、無駄じゃなかった。こうして、新しい世界で誰かを守るための力になったんだからね」



 完成した孤児院は、王都のそれまでの建築とは全く違っていた。大きく取られた窓からは明るい光が差し込み、木と石の温もりが美しく調和している。冬の寒風が吹き荒れる中、建物の中に一歩足を踏み入れた子供たちは、床から伝わる柔らかな暖かさに歓声を上げた。


 「あったかい!お兄ちゃん、すごいよ!床がポカポカしてる!」

 子供たちに囲まれ、揉みくちゃにされながら、俺は心からの安堵を感じていた。左肩の奥に静かに眠るパサージュの鍵が、あの日見た光よりもずっと優しく、俺の心を満たしていく。



――――

 その夜、視察に訪れた父様と国王陛下は、完成した建物を見て言葉を失っていた。

 「ガルド、これを見ろ。石の積み方一つに、一切の無駄がない。魔法を使わずにこれほど頑丈な空間を確保するとは。ユウ、お前はこの孤児院一軒で、我が国の建築の歴史を大きく塗り替えてしまったな」

 「伯父上、これはまだ始まりです。僕は、この国のすべての子供たちが、寒さに震えず、心配なく眠れる場所を造りたいだけなのです」

 俺の誓いに、国王陛下は深く頷き、俺の右肩を力強く叩いた。


 「ユウ、よくやった!まずはこの孤児院を基本として、王都中の公共施設の改修計画を立てよ。お前自身が、この国の新たな礎となれ!」

 「ははっ、御意にございます」


 俺は深く一礼する。顔を上げた時、視界の先には、新しい孤児院で幸せそうに眠りにつく子供たちの姿があった。

 俺の第二の人生。それは、前世で果たせなかった守り抜くという約束。それを、この世界のすべての命に対して捧げていこう。夜空に輝く星々は、あの日に救った五人の子供たちの瞳のようだった。

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