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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第049話 十五歳の成人の儀

 冬の朝の澄み切った空気が、公爵邸の広大な敷地を白く染め上げていた。


 今日、十五歳を迎える俺にとって、この日は単なる誕生日の祝宴ではない。

 社交界に一人の成人として名乗りを上げ、王族の血を引くヴァルゼイド公爵家の正当な継承権を持つ者として、公に認められるための重要な儀式の日である。


 俺の正装を整えるリーゼロッテの指先は、いつも以上に繊細で、どこか緊張を孕んでいるように見えた。


 彼女が最後に、公爵家の紋章と王家の副紋が刻まれた深紅のブローチを俺の胸元に留める。鏡の中に映る自分は、かつての儚げな面影を完全に脱ぎ捨てていた。

 自らの足で大地を踏みしめ、新しい時代を語る者に相応しい、凛とした眼差しを宿した一人の青年がそこにいた。


「ありがとう、リーゼロッテ。君が支えてくれたから、僕は自分の足でここまで歩んでこれた。今日の儀式も、最後まで僕の側にいてほしい」

「はい。どこへなりとお供いたします、ユウ様」


 彼女は深々と頭を垂れ、俺の半歩後ろに控えた。

 邸の大広間へと続く廊下を、俺は一歩ずつ、確かな足取りで進んでいく。


 重厚な扉が左右に開かれると、公爵家所有の楽団による荘厳な旋律が地鳴りのように響き渡り、そこには既に多くの参列者が詰めかけていた。王都建築院の院長をはじめ、かつて学園で俺の講義を聴いた貴族の子弟たち、そして王都の重鎮たちが、畏敬の念を込めた眼差しで俺を迎える。

 もはや俺を同情の目で見る者は一人もいない。そこにいるのは、聖イシュタル大橋を再建し、王都の景色を変えた若き天才への賞賛だった。


 大広間の最奥、一段高い場所に設けられた聖壇には、この国の頂点に立つ三人の姿があった。

 威厳に満ちた佇まいの国王エドマンド・ヴァルゼイド。

 慈愛に満ちた微笑みを湛える王妃イザベラ・ヴァルゼイド。

 そして、次期国王として鋭い光を放つ王太子ウィンザー・ヴァルゼイド。


 その一段下、王族を支える最も近い位置に、我が家の当主である父様が、そして母様が並んでいた。父様は公爵としての威厳を纏い、今日この時を迎えた息子を射抜くような鋭い、それでいて深い感慨を込めた瞳で見つめている。

 そのすぐ傍らには、ゼノン兄様とサリア姉様の姿もあった。

 兄様は誇らしげに胸を張り、隣に立つ姉様は、溢れそうな喜びを隠すように優しく微笑んでいる。


 家族全員の視線を受けながら、俺は一歩、また一歩と壇上へ向かって歩みを進めた。かつては冷遇されていた俺を、今では公爵家の誉れとして、家族が真っ直ぐに見守ってくれている。


 ……ようやく、ここまで来たんだなぁと俺は胸の中で、静かに言葉を漏らした。



 俺が聖壇の前まで進み、深々と一礼して跪くと、広間を支配していた喧騒が、潮が引くように静まり返った。

 国王エドマンドがゆっくりと立ち上がり、王家に伝わる聖剣を抜いて俺の前に立った。剣身が窓から差し込む冬の日差しを浴びて、神々しいまでの光を放つ。


「ユウ・ヴァルゼイドよ、面を上げよ」


 その重厚な声に応じ、俺は国王の双眸を正面から見据えた。

 国王は聖剣の平を、まず俺の右肩に当てた。

「汝、これまでの十五年を振り返り、自らが受けた恩恵と、背負うべき責務の重さを知るか。ヴァルゼイドの血を引く者として、この大地を愛し、民を慈しむ覚悟はあるか。公爵家の継承者とは、支配する者ではなく、礎となる者であることを忘るるなかれ」


 次に、剣の平が左肩へと移される。鋼の冷たさが正装越しに肌へ伝わり、身が引き締まる。

「汝、その若き身に宿した類まれなる知恵をもって、混迷する時代に光を灯し、国の礎をより強固に支えることを誓うか。たとえ古き慣習が立ち塞がろうとも、汝の信ずる理を貫き、誠実なる道を歩むことを」


 最後に、剣の先が俺の頭頂に軽く触れた。これは、知恵と魂を王家が承認するという神聖な儀礼だ。

「ユウ・ヴァルゼイドよ。汝、今日より一人の男として、そして我が一族の誇りとして歩むことを、神と王の名においてここに誓うか」


 俺は深く息を吸い込み、国王、そして傍らで見守る父様の瞳を射抜くように、はっきりと答えた。

「はい。僕は、僕に与えられたこの力を、ただ己のために使うのではなく、この世界の人々の未来を照らすために捧げることを誓います。我が血と知恵が尽けるまで、ヴァルゼイドの誇りを汚さぬことを、ここに宣言いたします」


 俺が立ち上がると、国王は満足げに頷き、聖剣を鞘に収めた。その瞬間、広間からは割れんばかりの拍手が巻き起こった。


「素晴らしい答えだ、ユウ」

 王太子ウィンザーが歩み寄り、俺の手を力強く取った。

「お前のような賢弟が、正式に成人として隣に立ってくれることを、私はずっと待っていたぞ。これからは共に、新しい国を造っていこう」


 王妃イザベラも慈しむような微笑みを浮かべ、俺の頬にそっと手を添えた。

「ユウ、本当におめでとう。あなたの歩む道が、光に満ちたものであるよう祈っていますわ」


 ゼノン兄様とサリア姉様も、最前列で誇らしげに俺を見つめていた。

「ユウ、本当にかっこいいぞ!お前が今日この場に立っていることが、僕にとって最大の喜びだ」

 ゼノン兄様が、周囲の視線も構わずに拳を握りしめて笑いかける。サリア姉様も、ハンカチで目元を抑えながら何度も頷いていた。


 そして、その背後で見守っていた父様と母様が、ゆっくりと俺の前に歩み出た。 母様は震える手で俺の肩を抱き、涙を堪えるように声を絞り出した。

「……よく、頑張りましたね。今日まで、どれほどの困難があったことか。私は、あなたが我が子であることを、心から誇りに思います」


 父様は、いつもの厳しい表情を少しだけ緩め、俺の目を見据えて深く頷いた。

「ユウ、これまでは家のため、王都のためによく尽くしてくれた。だが、今日からは一人の男として、お前の信じる道を突き進むがいい。我が公爵家の名にかけて、私がお前の後ろ盾になろう」



 祝宴の最中、俺の元には途切れることなく挨拶の列が続いた。誰もが俺が手掛けた聖イシュタル大橋を賞賛し、新たな事業への助言を求めてくる。


 だが、俺の心は、祝宴の華やかさとは裏腹に、別の場所へと向けられていた。

 成人となった今こそ、自分を愛し、見守ってくれた王族と、家族のすべてに打ち明けなければならない。俺の内に眠る、異世界の記憶と、魂に刻まれた『パサージュの鍵』の存在を。



 夕闇が王都を包み込み、祝宴が終わりを迎える頃、俺は国王エドマンドと父様に歩み寄った。

「陛下、父様。すべてが終わった後、皆様に大切なお話があります。王妃様、ウィンザー兄様、そして母様、兄様、姉様、リーゼロッテも共に、父様の書斎へ集まっていただけないでしょうか」


 俺の言葉の重みを感じ取ったのか、国王エドマンドは鋭い眼光を向けたが、すぐに静かな口調で答えた。

「……ユウ、お前のその目は、単なる頼み事ではないな。よかろう、ヴァルゼイドの血を引く者たちだけで、お前の言葉を聞くとしよう」



――――

 静寂が邸を支配し始める頃。

 父様の書斎には、この国の運命を握る王族と、ヴァルゼイド公爵家の面々が顔を揃えていた。


 部屋の中央、執務机の前には、主賓として国王エドマンドが重厚な椅子に深く腰掛けている。そのすぐ隣には、王妃イザベラが寄り添うように座り、王太子ウィンザーが国王の右背後に護衛のごとく立っていた。

 

 そして、父様は、国王と対峙する位置、俺が立つ場所のすぐ傍らで、公爵家の主として、また一人の父親として厳然と座っていた。机の脇に控えるその姿は、国王への忠誠と、息子への信頼を同時に体現しているようだった。

 母様、兄様、姉様は少し離れたソファに固まって座り、リーゼロッテは俺の背後で、影のように静かに控えている。



「さあ、ユウ。成人となったお前が、親族にのみ語りたいこととは何だ」


 国王の言葉が静まり返った部屋に響く。父様もまた、黙したまま俺の口が開かれるのを待っている。

 俺は一度目を閉じ、覚悟を決めた。これから話すことは、王家の、そしてこの国の歴史さえも塗り替えてしまうかもしれない。だが、俺を愛してくれたこの人たちになら、すべてを託せると信じられた。


 俺はゆっくりと目を開け、自らの左肩にある『パサージュの鍵』へと意識を集中させた。

 静まり返った書斎で、俺の独白が始まろうとしていた。


「皆さんに、お話しなければならないことがあります」


 俺は自らの一歩を踏み出し、一人一人の顔を焼き付けるように見つめ、静かに、だが確かな声で言葉を紡ぎ出した。

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