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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第048話 架け橋

 学園での講義から数日が経過しても、王都を包む熱気は一向に冷める気配を見せなかった。

 それどころか、俺が提示した技術は、知的好奇心旺盛な学徒たちの手によって瞬く間に街へと溢れ出し、ついに国家の根幹を支える専門家たちの耳にまで届くこととなった。



 ある日の午後、公爵邸の重厚な応接室には、王都建築院の院長を筆頭に、三人の老建築家たちが顔を揃えていた。

 彼らの表情は一様に硬く、手にした古びた羊皮紙を握る指先が、事の重大さを物語っている。

 父様が静かに俺を促すと、リーゼロッテが背後から車椅子を押し、俺は彼らと対面した。


「ご子息様、突然の訪問をお許しください。ですが、もはや我ら建築院の手に負える段階を過ぎてしまったのです。貴殿が講堂で説いた、あの力の逃がし方こそが、この国を救う唯一の希望かもしれんのです」

 院長が、深く皺の刻まれた頭を下げた。


 彼らが持ち込んだのは、王都の南北を分かつ大河に架かる『聖イシュタル大橋』の現状報告書だった。

 この橋は、建国期に当時の大魔道士たちが強大な魔力を用いて、巨大な岩石同士を接合して造り上げた王都の象徴だ。

 しかし、その実態はあまりに危ういものだった。


「この橋は、魔法による強制的な硬化と吸着だけで、その巨体を維持しております。しかし、近年の魔力劣化と、増え続ける交通量による振動が限界を超えた。あちこちに目に見えぬ亀裂が入り、石同士を繋ぐ魔力が霧散し始めている。今のままでは、次の春の増水期には、橋そのものが自重で崩壊するでしょう」

 一人の建築士が声を震わせながら補足した。

 国はこの修繕のために、毎年膨大な量の魔石を投じてきたが、もはや底の抜けた桶に水を注ぐようなものだという。

 俺は差し出された図面と現状の損壊状況を、食い入るように見つめた。

 前世の記憶が、無意識に脳内で計算を始める。

 確かにこの橋は、構造計算という概念が欠如したまま、魔法という力技だけで成立している歪な代物だった。


「魔法で石をくっつけているだけなら、魔力が切れればただの石の積み重なりに戻ってしまいます。形そのものに、重さを支える力がないからです。でも、形を変えれば、魔法がなくとも橋は自らの力で立てますよ」

 俺の言葉に、部屋の空気が凍りついた。

 建築家たちは驚愕の表情で俺を見つめている。

 魔法を補助ではなく前提とする彼らの常識にとって、魔法なしで自立するという発想は、それほどまでに飛躍したものだったのだ。


「そんなことが本当に可能なのですか!?我らは何世代にもわたり、いかにして強力な術式を上書きするかに腐心してきたのですぞ!」

 院長が縋るような瞳で問いかけてくる。

 俺は手元の白紙に、一本の緩やかな弧を描き、それを支える連続した三角形の模様を描き込んだ。


「これが『アーチ』と『トラス』を組み合わせた設計の基礎です。上からの重さを、横へ、そして下へと分散させます。魔法で無理やり固めるのではなく、重力が自然に地面へと流れる道筋を造ってあげるんです。そうすれば、橋は自重によってむしろ強固に結びつきます」

 俺は前世の現場で叩き込まれた橋梁工学の基本を、この世界の素材に合わせて噛み砕いて説明した。


 重い石をどう配置すれば崩れないか。

 木材をどう組めば、魔法の硬化術に頼らずにしなりと強度を両立できるか。

 俺の指先が動くたびに、老建築家たちの瞳に、かつて学問を志した頃のような純粋な輝きが戻っていく。


「これだ……。我らが求めていた答えは、魔力の強化ではなく、物理的な道理の中にあったのか。ご子息様、どうかお願いしたい。この橋の再建計画、その指揮を執ってはいただけないだろうか。公爵様、どうかこの若き英知を国のために」

 院長は再び父様に向かって頭を下げた。


 父様は静かに俺の顔を見つめ、俺の意思を確かめるように頷いた。

「ユウ、お前はどうしたい。これは王都の数万人の命を預かる、極めて重い仕事だ」

 父様の問いに、俺は迷いなく答えた。


「やりたいです、いえ、やらせてください、父様。僕の知識が、誰かの役に立つのなら。それに、魔法が使えない人たちでも安心して渡れる橋を自分の手で造ってみたいんです」

 俺の返答を聞き、父様は満足そうに口角を上げた。


「よかろう。公爵家の名において、この作業の全権をユウに委ねる。建築院はユウの指示に従い、最高の石工と木工を集めよ。予算の心配は無用だ」

 その場にいた全員が、新しい時代の幕開けを感じていた。



 翌日から、俺の生活は一変した。

 学園の合間を縫って、リーゼロッテと共に何度も大橋へと足を運び、現場の調査を繰り返した。

 俺の姿は、現場の職人たちの目には当初、ただの野次馬の子供のように映っていたに違いない。

 しかし、俺が提示する寸分違わぬ設計図と、石の切り出し角度への精密な指示を目の当たりにするにつれ、彼らの視線は尊敬へと変わっていった。


「ユウ様、あまり根を詰めすぎてはいけません。エレイン様も貴方の体調を大変案じておられます」

 現場で冷たい風に吹かれながら図面を引く俺に、リーゼロッテが厚手の毛布を掛けながら言った。


「ありがとう、リーゼロッテ。でも、この橋を完成させれば、魔法を使えない平民の子供たちも、安心して向こう岸へ行けるようになるんだ。そう思うと手が止まらないよ」

 俺の言葉に、彼女は少しだけ悲しげに、それでいて慈しむような微笑みを浮かべた。


「貴方はいつも自分よりも他の方々の幸せを先に願われるのですね。公爵様やエレイン様が、貴方をこれほどまでに誇りに思う理由が、私にはよく分かります。ゼノン様やサリア様も、きっとこの橋が完成する日を楽しみにされていますわ」

 彼女の温かい言葉に、俺は少し照れくさくなりながらも、再びペンを走らせた。



 現場にはカイルやメアリも駆けつけ、俺の助手として働いてくれた。

 彼らは貴族の子弟でありながら、泥にまみれることを厭わず、職人たちと一緒になって石材を運んだり、計算の手伝いをしてくれた。

 その光景自体が、これまでの王都では考えられない、新しい社会の縮図のように見えた。


「ユウ、見てくれよ。この接合部、君の言った通りに削り出したら、接着魔法を使わなくてもビクともしないんだ。本当に魔法がいらなくなるなんて、まだ夢を見ているみたいだよ」

 カイルが興奮気味に、巨大な石材の組み上がりを指差した。


「それは魔法が不要になるんじゃなくて、魔法をより大切なところへ回せるようになるっていうことだよ。基礎がしっかりしていれば、魔法はもっと美しい装飾や、もっと別の奇跡のために使えるようになるんだ」

 俺の答えに、メアリが深く頷いた。

「そうね。ユウの考え方は、魔法を否定するんじゃなくて、魔法に自由を与えるのね。この橋が完成したら、きっと歴史が変わるわ」



 工事は順調に進み、ついに橋の中央部、最も重要なアーチの閉合式の日を迎えた。

 王都中の人々が川岸に集まり、若き公爵令息が指揮する前代未聞の工事の行方を見守っていた。

 魔法による浮遊術を最低限に抑え、重力のバランスだけで組み上げられた巨大なアーチ。

 最後の一石が、浮遊魔法によってゆっくりと下ろされていく。


 その瞬間、周囲の魔導士たちが維持していた術式がすべて解除された。

 一瞬の静寂の後、数千トンの石材が自らの重みでガシリと噛み合い、完璧な一つの弧を形成した。

 崩れる気配は微塵もない。

 魔法なしで、巨大な橋が、自らの意志で立っている。

 川岸からは、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

 職人たちは互いに抱き合い、建築院の長老たちは涙を流してその光景を見つめていた。



 邸に戻ると、ゼノン兄さんとサリア姉さんが、玄関先まで迎えに来てくれた。

 二人の顔には、弟の偉業を心から称える、最高の笑顔があった。


「ユウ、やったな!街中があの橋の話題でもちきりだぞ。王都建築院の連中が、お前を『不滅の架け橋を造った天才』と呼んで崇めている。俺も、お前の兄であることをこれほど鼻高く感じたことはないよ」

 ゼノン兄さんが、俺の肩を力強く叩いた。


「本当に私も驚いたわ。あんなに大きなものが、魔法の補助なしで立っているなんて。ユウの知恵は、この国の景色そのものを変えてしまったわね」

 サリア姉さんが、愛おしそうに俺の髪を撫でてくれた。



 夕食の席では、父様と母様が俺の労をねぎらってくれた。

 父様はいつになく上機嫌で、高級なワインを傾けながら、橋の完成がもたらす物流の恩恵について語っていた。


「ユウ、お前が造ったのはただの橋ではない。魔法という呪縛から、この国の民の心を解放する道標だ。公爵家として、お前の活動をこれからも全力で支援することを約束しよう」

 父様の力強い言葉に、隣で母様が優しく微笑んだ。


「母様は、貴方が怪我をしないかだけが心配でしたけれど、あんなに立派に働く姿を見て、もう立派な大人なのだと実感いたしました。でも、夜はしっかり休むのですよ」

 母様の温かな眼差しに、俺は胸がいっぱいになった。



 自室に戻り、リーゼロッテに夜の支度をしてもらいながら、俺は窓の外を眺めた。

 遠く、月明かりに照らされた聖イシュタル大橋が、誇らしげに川面に影を落としている。

 前世の佐々木優真として培った技術が、今、この異世界の誰かの命を繋いでいる。


「ユウ様、明日の予定ですが、建築院の方々がさらに詳細な講義を求めていらっしゃいます。ですが、まずはゆっくりとお休みになってくださいね」

 リーゼロッテが灯りを小さくし、部屋の温度を確かめる。


「ありがとう、リーゼロッテ。明日もまた、忙しくなりそうだね。でも、なんだかワクワクするんだ。もっともっと、この世界を良くしていける気がするから」

 俺の言葉に、彼女は深々と頭を下げた。


「はい。貴方の描く未来を、私も一番近くで支え続けます。おやすみなさいませ、ユウ様」

 静かに扉が閉まり、俺は深い充足感の中で眠りについた。

 橋は完成したが、これは始まりに過ぎない。

 俺の知恵が、この国の石を、木を、そして人々の心を変えていく。

 その確信を胸に、俺は新しい図面を夢の中で描き続けるのだった。

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