第044話 聖誕祭
国立魔道学園が一年で最も華やぐ季節、聖誕祭が幕を開けた。
十四歳となり、高等教育課程へと進んだ俺にとっても、この祝祭は特別な意味を持っていた。
学園祭の期間中は一般開放が行われ、普段は厳重な警護に阻まれている平民の子供たちとも、束の間の交流が許されるからだ。
俺が所属するクラスの出し物を決める会議は、意外なほど円滑に進んだ。
クラスメイトたちは皆、かつて図書室で俺から術式の構造を教わった経験を持つ者たちだ。
俺の理論的な正確さと、他者の視点に立った思考を深く信頼していた彼らに、異を唱える者は一人もいなかった。
俺が提案したのは、屋外の広場を利用した憩いの場の造営だった。
「せっかく一般開放があるのだから、魔法の力を誇示するだけでなく、誰もが等しく安らげる場所を作りたいんだ。魔力の多寡や身分に関わらず、子供たちが心から笑える空間をね」
俺がそう告げると、級友たちは深く頷き、異口同音に賛成してくれた。
彼らにとって俺は、欠損や無魔力という逆境にありながら、常に誰よりも洗練された答えを導き出す特別な存在として定着していた。
俺は自ら志願して設計図を引き、設営の総指揮を執ることになった。
設計の根幹に据えたのは、前世の建築知識と保育士としての経験だ。
広場の中央にそびえ立つことになったのは、この世界には存在しない複合的な木製で作られたアスレチックだ。
荷重を巧みに分散させるトラス構造を基本とし、接合部には摩耗に強い組み木細工を施した。
魔力による安易な補強に頼らず、木材が持つ本来の弾性と強度を最大限に引き出したその造形は、まさに構造の粋を極めた傑作といえた。
子供の動線を計算し、どの角度から転落しても安全なネットが受け止めるユニバーサルデザイン。
それは魔法至上主義のこの国において、極めて異質な、しかし圧倒的に『優しい』建築物だった。
「ヴァルゼイド様、この図面は魔法回路の設計図より緻密です。ヴァルゼイド様の手にかかれば、ただの木材が命を持っているかのように組み上がっていきますね」
級友たちは俺の指示に従い、魔法を木材の加工や運搬といった補助的な手段として贅沢に活用した。
彼らにとっても、俺の描く完成予想図を具現化する作業は、これまでにない高揚感を伴うものだったようだ。
俺もまた、かつての現場のように声を掛け合い、級友たちと共に汗を流す時間に、言いようのない充足感を感じていた。
学園祭初日。
開門と共に、平民街からやってきた子供たちが広場へと溢れ出した。
彼らは一様に、見たこともない巨大な木の要塞に目を輝かせた。
魔導具に触れる機会の少ない彼らにとって、自らの身体一つで挑めるその場所は、またたく間に最高の遊び場となった。
「お兄ちゃん、これ登ってもいいの?」
一人の少年が、俺の衣の裾を遠慮がちに引いた。
俺は視線を合わせるために膝をつき、残された右手を差し出した。
「ああ、もちろんだよ。この梯子はね、踏み外しても下の網が優しく受け止めてくれる。怖くないから、一番高いところまで行ってごらん。そこからは、学園の時計塔がよく見えるよ」
少年の顔に、パッと明るい笑みが咲いた。
俺は彼らと共に遊具を巡り、時には手を貸し、時には安全な遊び方を説いた。
左腕がないことは、子供たちにとって障害ではなく、ただの『お兄ちゃんの特徴』に過ぎなかった。
彼らの無邪気な笑い声に包まれていると、自分が公爵家の籠の鳥であることを忘れ、ただの佐々木優真として息ができているような心地よさがあった。
泥だらけになりながら、子供たちの目線で世界を見る。
前世で何度も繰り返した、魂の充足。
その光景を、演習場の入口からゼノンとサリアが見守っていた。
「見たか、サリア。ユウが作ったあの遊具……。ただの木組みに見えて、その実、完璧な応力計算がなされている。あのような発想、我ら魔道士の凝り固まった思考では逆立ちしても出てこない。やはりユウは天才だよ。それも、人を幸福にする天才だ」
ゼノン兄様は、俺が子供たちと戯れる姿を、誇らしげな、それでいてどこか熱に浮かされたような瞳で眺めていた。
「ええ、本当に。ユウの慈愛は、こうして形となって人々に降り注ぐのですね。あの子供たちの笑顔が、何よりの証拠ですわ。私たちの弟が、これほどまでに気高く、そして優しい知性の持ち主であることを、私は心から誇りに思います」
サリア姉様もまた、俺の存在を神聖なものとして拝むように、胸の前で手を組んでいた。
俺はゼノン兄様たちが賞賛している声が聞こえ、少し照れくさそうに手を振った。
兄様はそれに応えるように、穏やかな笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
「ユウ、素晴らしい出来栄えだ。学園の建築顧問も、この構造には舌を巻いていたぞ。これほどまでの傑作を、祭りの期間中だけで終わらせるのはあまりにも惜しい」
「兄様。僕はただ、この子たちが安全に遊べる場所が欲しかっただけなんです」
「ああ、わかっている。お前のその無欲な善意こそが、何よりの価値だ」
ゼノン兄様は俺の頭を優しく撫で、そのまま子供たちの遊び場を見渡した。
そこへ、視察を終えたガルド父様が姿を現した。
父様は、広場に溢れる平民の子供たちの笑い声と、俺が築き上げた遊具をじっくりと見つめていた。
「ユウ、よくやった。お前の叡智がこれほどまでとはな。あんなガラクタの山に見えるものが、実は計算し尽くされた傑作であると、専門家たちも驚愕していた。お前の知性は、もはや学園の枠に収まるものではないな」
「父様、ありがとうございます。ですが、祭りが終われば、これは壊されてしまうのですよね」
俺が少しだけ寂しそうに口にすると、父様は力強く首を振った。
「いいや、そうはさせん。この遊具は、祭りが終わり次第、解体後に公爵家が支援する孤児院に寄付することが決定した。お前の築いた慈愛の形を、一時の喧騒で終わらせるなど許されんからな。そして……」
父様は広場で遊ぶ子供たちを見つめ、鷹揚に頷いた。
「この広場で遊んでいた子供たちにも、別の配慮をしよう。王都の公園にこれと全く同じ物を作らせることにする。お前の設計思想を、王国全体の知らしめるのだ。ユウ、お前の善意は、公爵家の名の下に、より広く、より永続的な救済へと変えてみせよう」
父様の言葉に、級友たちからも歓声が上がった。
俺の設計が、孤児院だけでなく王都全体の子供たちのための公園として広まっていく。
その成果に、俺は純粋な喜びを感じていた。
「ユウ様、本当にお見事ですわ。公爵様もエレイン様も、貴方の成し遂げたことに心から感銘を受けておられます。今日という日は、この学園の歴史に刻まれることでしょう」
リーゼロッテが誇らしげな微笑みを湛え、俺の側へと歩み寄る。
俺の周りには、遊具から降りてきた子供たちが再び集まり始めていた。
「ユウお兄ちゃん、また作ってくれるの?」
「公園にもできるの?嬉しい!」
彼らの小さな手が、次々と俺の右手を握り、服を掴む。
俺はそれに応えるように、一人ひとりの頭を撫で、笑顔を返した。
その光景は、どこまでも幸福で、調和に満ちていた。
俺の示した技術と慈愛が、周囲の人間を動かし、より良い世界を作っていく。
十四歳の祝祭の中で、俺は確かに、自分の居場所を見つけたような気がしていた。
降り注ぐ賞賛の言葉と、子供たちの無垢な感謝。
それらは温かな光となって俺を包み込み、これからの未来が、希望に満ちたものであることを確信させてくれるようだった。
俺の右手を引くリーゼロッテの体温も、今はただ、優しく俺を支えてくれる支柱のように感じられた。
空には、学園祭の始まりを告げる魔導花火が美しく打ち上がった。
大歓声の中で、俺は級友たちや子供たちと共に、その鮮やかな光を見上げた。
構造を知るということは、ただ閉じ込めることではない。
こうして、人と人を繋ぐための礎を築くことなのだ。
俺は心からの充足感を胸に、鳴り止まない拍手の中に身を委ねた。
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