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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第045話 建設計画

 国立魔導学園の放課後、図書室の片隅はいつの間にか、俺の定位置となって久しい。

 学園祭でのアスレチック作成を経て、俺を取り巻く空気は、以前のような遠巻きな畏怖から、もっと親密で活気に満ちたものへと劇的に変化していた。


 十四歳という多感な時期にある高等部の生徒たちにとって、魔力を持たぬ身でありながら圧倒的な理論で世界を再構築してみせた俺の姿は、崇拝の対象というよりも、共に高みを目指すべき頼もしい指導者として映っているようだった。


 かつては静寂に包まれていたこの場所も、今では多くの級友が集う活発な議論の場、さながら寺子屋のような様相を呈している。

 俺が図面を広げれば、そこには自然と人の輪ができ、魔法の構成や物理的な力の分散について、身分も魔力の強弱も忘れた対等な言葉が飛び交う。


 思えば、この遊び場の建設計画が持ち上がったのは、学園祭が終わって間もない頃だった。

 俺が作ったアスレチックを惜しむ子供たちの声を聞いたクラスメイトたちが、放課後の教室で、あれをこのまま終わらせたくないと口々に言い出したのがきっかけだ。


 俺は、前世での保育士の経験から、安全で豊かな遊び場が子供の成長にどれほど重要かを彼らに語った。

 その熱意に打たれたカイルやメアリたちが、自分たちにできることはないかと俺に詰め寄り、ついにはクラス全員の総意として、王都に本格的な公園を作ろう!という壮大な計画が立ち上がったのだ。


 俺は迷わず、その総指揮の座に立候補した。

 前世の建築知識を総動員し、この世界の子供たちが魔力に頼らずとも、自らの身体と勇気で遊べる構造物を設計する。

 級友たちは俺の描く革新的な図面に驚愕しながらも、一人一人が魔道や美術の知識を出し合い、俺の指揮下で一つの理想郷を形作っていった。

 公爵家という盾を持った俺が先頭に立ち、仲間たちがその背中を支える。

 そんな幸福な共同作業の果てに、今のこの賑やかな光景があった。


「ユウ、ここの術式の巡りなんだけど、どうしても一箇所に力が溜まって弾けてしまうんだ。君が前に言っていた大屋根の支柱の考え方を、この術の構成に転用できるかな?」


 そう言って俺の肩を叩いたのは、同学年のカイルだ。

 彼は名門の実務を重んじる質実剛健な家柄であり、勉強は少し苦手なようだ。

 以前の彼なら、公爵家の令息である俺に対してガチガチの敬語を使っていたはずだが、学園祭で一緒に泥にまみれて木材を運んで以来、すっかり気心の知れた友人として接してくれるようになった。


「カイル、そこは出力を上げるんじゃなくて、あえて流れを分岐させて受け皿を広げてごらんよ。建築で言えば、地盤を固める前に高い塔を建てようとしている状態だ。基盤となる回路の合流点に、力を逃がすための迂回路を一つ挟むだけで、全体の歪みが消えて安定するはずだよ」


 俺は空いている右手で、彼の紙の端に素早く数式と構造図を書き込んだ。

 前世で建築の現場に関わっていた時のように、無駄を削ぎ落とした、美しくも機能的な線。

 それを一目見たカイルは、目を見開いて感嘆の息を漏らした。


「すごいな……。こんなに簡潔な答えがあったなんて。ユウの頭の中には、俺たちには見えていない世界の成り立ちが見えているみたいだ」


「そんな大げさなものじゃないよ。ただ、無理をさせない造りが一番強いってだけさ。それは魔法でも建物でも、あるいは人の心でも同じだと思うんだ」


 俺が微笑むと、周囲で耳を傾けていた他の生徒たちからも、納得したような頷きが返ってきた。

 彼らは俺をユウ様やヴァルゼイド様と呼ぶのをやめ、一人の友人、あるいは共に学ぶ同志として接してくれている。

 この学園内でだけ許される、身分制度の枠を超えた風通しの良い関係。

 保育士をしていた頃、子供たちの純粋な好奇心に応えていた日々の記憶が、今の俺を支えていた。


「ユウ、こっちの絵図も見てほしいの!子供たちのための遊び場、王都に作るんでしょ?私、その彩りの相談に乗らせてほしいわ」


 女子生徒のメアリが、色とりどりの絵具を持って近寄ってくる。

 学園祭で作った遊具が、父様の英断によって王都の公園として再構築されることが決まって以来、クラスの雰囲気はさらに一体感を増していた。

 自分たちの学びが、実際の社会で子供たちの笑顔に繋がる。

 その実感が、彼らの学習意欲を、試験のための義務から、未来を創るための情熱へと変えていた。


「いい考えだね、メアリ。目に映る安らぎは、身体の安全と同じくらい大切だ。君の感性なら、きっと子供たちが帰りたくなくなるような、素敵な場所になるよ」


 俺たちは時間の経つのも忘れて語り合った。

 魔法の真理、構造の合理性、そして終わりのない対等な議論。

 左腕のない俺が不自由そうに定規を押さえていれば、誰かが言われる前にそっと手を貸してくれる。

 そこには同情や憐憫の色はなく、ただ、作業を円滑に進めるための自然な助け合いがあった。

 この場所には、俺を縛り付ける過剰な保護も、息の詰まるような神格化も存在しない。

 ただ、対等な個と個が響き合う、健全な友情だけが息づいている。


 その温かな空間を、廊下から静かに見守る一組の影があった。

 ゼノン兄様とサリア姉様だ。

 二人は、クラスメイトたちと屈託なく笑い合い、あまつさえ『ユウ』と呼び捨てにされている俺の姿を、眩しいものを見るような、穏やかな表情で見つめていた。


「ゼノン、見てごらんなさい。ユウがあんなに楽しそうに笑っていますわ。公爵邸の中では決して見せることのなかった、同年代の子供たちに向ける等身大の笑顔。私たちの弟は、これほどまでに多くの人々に愛され、慕われる存在になったのね」


 図書室のドーム状の天井と、俺の座る席を囲む石柱の配置。その絶妙な角度が廊下側の微かな震動を一点に集束させ、サリア姉様の囁きを、まるで隣で話しているかのように俺の耳へと運んできた。

 

「ああ。あんなに騒がしい連中を、魔法の力も使わずにまとめ上げるとはな。ユウの知性は、ただ知識を蓄えるだけでなく、人の心を繋ぐ力さえ持っているらしい。あいつの周りだけは、まるで春の陽だまりのような温かさだ」


 ゼノン兄様もまた、俺の成長を誇らしく思うように、口元に柔らかな笑みを浮かべていた。彼らが扉の隙間から注ぐ視線は、慈しみという名の粘膜のように俺の肌にまとわりつく。

 二人はしばらくの間、友人たちに囲まれて輝くような笑顔を見せる俺を、慈しみに満ちた視線で見守り続けていた。

 俺は二人が廊下にいることに気づき、友人たちとの会話を一度区切って歩み寄った。


「父様がお待ちかねですよ、ユウ。今日はどんな面白い話を持ち帰ってくれるのか、今から楽しみにしておられましたわ」


 サリア姉様が俺の頬を優しく撫でる。

 その指先は温かく、弟への純粋な愛に満ちていた。


「カイルたちとの話が楽しくて、つい時間を忘れてしまったよ。彼らは本当に優秀で、僕の考えをすぐに汲み取って形にしてくれるんだ」


「お前の考えが優れているからこそだ。だが、良い友に恵まれたのは喜ばしい。ユウ、お前が学園という場所でこれほどまでに充実した時間を過ごせているのなら、俺たちも安心できる」


 ゼノン兄様が俺の肩に手を置き、力強く頷いた。

 その背後で、リーゼロッテが静かに控えている。


「ユウ様、公爵様もお邸でお待ちですわ。本日は、ユウ様が友人の方々と進めておられる遊び場の設計図について、詳しくお聞きになりたいとのことです」


「父様が?それは嬉しいな。みんなの意見が詰まった、最高の案なんだ」


 俺の言葉に、リーゼロッテも満足げな笑みを浮かべた。


「ええ。公爵様もエレイン様も、ユウ様が学園で育まれた絆を、何よりも尊重しておられます。あなたが、こうして多くの若者たちを動かしていることを、お二人は心から誇りに思われているのですわ」


 夕闇が迫り、放課後の終わりを告げる鐘が鳴り響く。


「じゃあな、ユウ!また明日、図面の続きをやろうぜ!」

 カイルが元気に手を振って去っていく。


「ああ、また明日」

 友人たちと手を振り合い、別れる。


 彼らとの別れ際に交わした『また明日』という言葉。

 公爵家の人々が、その言葉を尊重し、守り続けてくれる。

 俺を縛るのではなく、支えようとしてくれる彼らの友愛に包まれて、俺は確かな足取りで馬車へと向かった。

 馬車の中で、俺はカイルたちの熱気を感じていた右手を、愛おしげに見つめた。

 そして、隣に座るサリア姉様の手を、そっと握り返す。


「サリア姉様。僕、この学園に来て本当によかった。みんなと一緒に何かを作るのは、本当に幸せなんだ」


「……ええ、ユウ。貴方が幸せなら、私たちも、父様も母様も、これ以上の喜びはありませんわ」


 サリア姉様の瞳には、弟の幸福を願う、一点の曇りもない慈愛が宿っていた。

 馬車が公爵邸の正門を潜ると、そこには温かな光を放つ邸が静かに佇んでいた。

 かつては冷たく感じられた石造りの壁も、今の俺には自分を守る強固な盾のように感じられる。

 玄関では母様が、俺の帰りを今か今かと待ちわびていたようだった。


「お帰りなさい、ユウ。今日はどんな素敵な話があったのかしら。貴方の話を聞くのが、今の私の何よりの楽しみなのよ」


 母様は俺を優しく抱きしめ、その柔らかな香りが俺の心を落ち着かせる。


「母様、ただいま。カイルやメアリと一緒に、新しい遊び場の遊具の並べ方を考えたんだ。子供たちが安全に、でも冒険心を忘れずに遊べるような最高の場所だよ」


「まあ、それは素晴らしいわ。ユウの作る場所なら、きっと天使たちが舞い降りるような楽園になるのでしょうね」


 母様の瞳は、自慢の息子を称える誇らしさに満ちている。

 家族全員が俺の活動を認め、級友たちとの絆を喜んでくれている。

 この完璧な幸福の中に、一抹の不安さえ見出すことはできなかった。


 夕食の席では、父様が俺の持ってきた図面を広げ、一つ一つの組み方を丹念に確認していった。


「素晴らしい。魔力による強引な接合を避け、均衡のみでこれを維持するとはな。ユウ、お前が学園で得たこの経験は、わが家の、いや、この国の大きな財産となるだろう。友人たちにも伝えておけ。公爵家は、お前たちの志を全力で支援すると」


「ありがとうございます、父様。みんなもきっと喜びます」


 俺は心からの感謝を伝えた。

 俺を取り巻くすべての環境が、俺の望む方向へと、驚くほど滑らかに回り始めていた。

 

 自室に戻り、リーゼロッテに夜の支度をしてもらいながら、俺は窓の外に広がる王都の夜景を眺めた。

 そこには、俺が設計した遊び場が、近いうちに形を成して現れるはずだ。

 自分が誰かのために価値を生み出し、それを周囲が温かく見守ってくれる。

 これ以上の幸せが、この世界のどこにあるだろうか。


「ユウ様、明日もまた、学園での素晴らしい時間が待っておりますわ。今夜はゆっくりとお休みくださいませ」


 リーゼロッテが灯りを消し、静かに部屋を後にする。

 闇の中で、俺は明日への希望を抱きながら、深い眠りへと落ちていった。

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