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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第041話 幻肢痛

 精霊祭の夜。国立魔導学園を包む空気は、祝祭の熱狂と、その裏側に潜む鋭利な殺意によって、逃げ場のないほどに濃密なものとなっていた。

 夜空には魔導仕掛けの花火が咲き乱れ、群衆の歓声が絶え間なく響き渡っている。しかし、王家とヴァルゼイド家が占拠する特別貴賓席の周囲だけは、外界から切り離されたような冷徹な静寂が支配していた。


「ユウ様、外の喧騒を気になさることはありません。あなたの耳に届くべきは、精霊たちの清らかな調べだけで良いのです」


 リーゼロッテが背後から俺の耳元で囁く。その指先は、俺の失われた腕の付け根を慈しむように、けれど決して離さないという執着を込めて、優しく俺を拘束している。


 左右を固めるゼノン兄様とサリア姉様は、祭りの風情を楽しむ様子など微塵もない。彼らの視線は、群衆に紛れた不穏な影を射抜くための刃そのものだった。そして俺の背後には、国王エドマンド陛下、王妃イザベラ様、王太子ウィンザー兄様、さらには父様と母様までもが、一族の至宝を守る陣形のように座していた。


 その時、祝祭の結界を暴力的に引き裂く不快な衝撃が空間を揺らした。


「ヴァルゼイドの傲慢もここまでですわ!ユウ様をその窮屈な籠から解き放ち、私の腕の中へお返しなさい!」


 狂気を瞳に宿したカスティール公爵令嬢セレシアが、私兵団を率いて中庭へ乱入してきた。彼女の手には、人格を上書きし、対象をモノへと変える禁忌の魔道具『支配の銀鎖』が握られている。彼女の背後では、学園の警備を圧倒した魔導師たちが一斉に破壊の術式を紡ぎ、大気を焦がすようなプレッシャーを放っていた。


 (……パサージュ、まだだ。まだ俺がこれを制御していると知られてはいけない!)


 外部から叩きつけられたどす黒い殺意に、俺の意思とは無関係に、左腕のパサージュの鍵が鋭く拍動した。俺が必死に権能を抑え込もうとした瞬間、『未完の共感(シンパシー・ヴォイド)』の権能が暴走気味に起動してしまった。


 この権能の本質は、欠損した因果を強制的に繋ぎ合わせ、その衝撃を逆流させることにある。

 セレシアが放った『俺を縛りつけようとする害意』というエネルギーの奔流を、鍵は未完成な攻撃と見なし、その発生源である彼女自身へと因果を逆流させた。だが、その余波があまりに強大すぎた。


 逆流した因果の衝撃波は、俺を中心とした半径数十メートル以内の、すべての者の左腕に、実体のない|焼灼痛(しょうしゃくつう)として伝播したのだ。


「……っ!?な、何だ……この不快な熱さは……。左腕の感覚が……まるでないような、それでいて焼かれるような……っ」


 真っ先に顔を歪めたのは、剣を構えていたゼノン兄様だった。剛健な彼が、自分の健康な左腕に走る、実体のない激痛に困惑し、剣を落として膝をつく。


 サリア姉様もまた、魔力回路が逆流したかのように胸を押さえ、蒼白な顔で震えていた。彼女が誇る緻密な魔導障壁すら、この因果の逆流という理の外の現象を遮断することはできなかった。


「嫌……何、これ……?怖い、怖いわ……。誰かが、私の腕を焼いているの……?」


 母様がうわ言のように呟き、震える手で俺の身体を探るように抱きしめた。彼女の指先は冷たく、しかし彼女が感じている熱は、まるで骨の髄まで炭化させるような錯覚を伴っていた。

 父様もまた、自分の左腕を砕かんばかりに握りしめ、何か言い知れぬ不吉な予感に突き動かされるように、貴賓席を見渡した。


「あぁぁ。この……吐き気を催すような、理不尽な痛み。まるで、我々の知らないところで誰かが永劫に焼かれ続けているような……」

「ああ……。イザベラ、お前もか。これは一体、何の呪いだ。学園の結界を抜けて、我々の魂を直接蝕むような……この悍ましい熱」


 国王陛下も、王妃イザベラ様も、そして王太子ウィンザー兄様も、一様に左腕に走る説明のつかない不気味な苦痛に戦慄していた。

 彼らはそれが俺の放った力だとは気づかない。ただ、目の前のセレシアがもたらした邪悪な気配が、この場にいる最も守られるべき、欠損を抱えた存在である俺に呼応し、何らかの呪詛として溢れ出したのだと……。


 俺が今も受けている苦しみの、その破片を共有させられたのだと、強烈な誤解を伴う恐怖として解釈したのだ。


 そして、その因果の発生源である中庭のセレシアたちは、より悲惨だった。

 彼女が俺に向けた支配したいという執念のエネルギーが、すべて倍加されて自分自身の左腕へと返ってきたのだ。


「あ、ああ……っ。嫌……こんな、こんな恐ろしい感覚……!私は何を、何を呼び起こしてしまったの……!」


 セレシアは、自分の左腕にこびりつく死の予感と、耐え難い焦熱に耐えかね、涙を流して崩れ落ちた。

 彼女にとって、俺を奪うことは美しい悲劇の完成だった。しかし今、因果の逆流によって彼女が触れたのは、甘美な悲劇などではなく、触れれば魂ごと燃やし尽くされる本物の地獄の筈であろう。

 自分が愛を囁こうとした相手が、これほどまでに悍ましく、底知れない呪いの塊であるという錯覚。その生理的な拒絶感が、彼女の歪んだ独占欲を一瞬で粉砕した。


「ごめんなさい……もう、関わりたくない……っ。こんなもの、人間の耐えられる痛みじゃないわ!撤退、撤退よ!!」


 セレシアは自責と恐怖に半狂乱になりながら、私兵団に撤退を命じた。

 彼女には、もはや俺を奪う気力など一欠片も残されていなかった。ただ、自らの振る舞いが何か触れてはならない神域の呪いを暴いてしまったのだという、拭い去れない後悔だけを抱えて、暗い闇の中へ逃げるように去っていった。



 静寂が、毒のように中庭へ広がっていく。

 撤退するセレシアたちの足音が遠のいても、残された俺たちの間に安堵が訪れることはなかった。家族たちの顔には、得体の知れない恐怖と、それを塗り潰そうとする凄絶なまでの防衛本能が刻まれている。


 「……陛下。もはや、この学園を単なる学び舎として存続させるのは不可能です」


 沈黙を破ったのは、父様ガルドだった。

 父様は、自分の左腕を砕かんばかりに握りしめたまま、冷え切った眼差しで国王エドマンド陛下に向き直る。その瞳には、一国の公爵として、そして一人の親としての、容赦のない決断が宿っていた。


 「今、我々の身を焼いたあの忌々しい焦熱。あれは、カスティールの小娘が放った呪いでありましょう。あの支配の銀鎖の害意が、我が息子の持つ未知の拒絶反応に弾き飛ばされ、周囲に飛散した毒そのものだ。ユウという清廉な存在に、あのような汚泥を叩きつけた報い……。だが、これほどの熱に曝される地を、これ以上無防備にしておくわけにはいかぬ」


 父様の言葉に呼応するように、ゼノン兄様が痛みをこらえながら立ち上がった。

 兄様は剣を抜いたまま、まるで獲物を探す獣のような鋭い視線で、周囲の闇を睨みつける。その言葉は、父様の決断を実行に移すための”牙”そのものだった。


 「父様の仰る通りだ。俺がこの剣でどれほど不逞の輩を斬り伏せようと、学園という解放された空間そのものが、ユウへ呪いを流し込む裂け目となっている。陛下、ゼノン・ヴァルゼイドとして上奏いたします。今すぐ、この国立魔導学園の全機能を王室の直轄に置き、外界から完全に遮断された要塞へと作り変えるべきです」


 兄様の剣先が、まだ祝祭の灯火が揺れる校舎を、沈黙の檻として指定するように指し示す。


 「警護の増員などという生温い段階は終わった。ここは、ユウ以外のすべてを拒絶し、あらゆる害意を物理的に遮断する、王家の絶対聖域とならねばならない」


 その言葉を受け、国王エドマンド陛下が深く頷いた。陛下もまた、自身の左腕に刻まれた、セレシアの呪いの残響とも呼べる焦熱に戦慄し、王としての威厳をかなぐり捨てた執着を瞳に宿していた。


 「……ああ。ガルド、ゼノンよ、余も同じ心地だ。国王としてではなく、ユウを慈しむ者として命じる。ただちに王宮の近衛を呼び寄せ、この学園を囲む結界を強化せよ。外界からの不純な干渉は、例え風の一吹き、光の一条たりとも許さぬ。この学園は本日を以て、ユウを護り抜くためだけの聖なる学園となるのだ」


 王妃イザベラ様が、涙を拭いながら俺の頬を撫でた。その指先は凍えるように冷たい。

 「ええ……。ユウ、怖かったわね。でも、もう大丈夫よ。私たちが、この場所を貴方だけの楽園にしてあげる。貴方はこの学園の中で、外の穢れた空気も、卑しい者たちの視線も知らず、私たちの愛だけを感じて生きていればいいのよ……」


 王太子ウィンザー兄様も、次期国王としての権能を冷徹に行使し、即座に控えていた騎士たちへ指示を飛ばす。

 「本日を以て、学園の全生徒、全教師の身辺を洗い直せ!ユウの安寧を脅かす不確定要素は、一人残らず排除する。ここを、誰も何者もユウに指一本触れることのできない高貴な場所とするのだ!」


 サリア姉様は、感情を失った人形のような瞳で魔導杖を掲げ、不気味なほど緻密な術式を展開し始めた。

 「ええ。学園の空気を、ユウに害をなさない特別な粒子で満たしましょう。外界の穢れた音も、愚かな者たちの嫉妬も、すべてこの私が遮断する沈黙の庭に変えてあげるわね」



 空には精霊祭の花火が上がっていたが、それは俺を狙ったセレシアの殺意を想起させる不吉な火花として断じられ、即座に中止命令がなされた。


 俺の物語は、誰にも真実を理解されないまま、しかし誰にも侵されない、学園という名の静謐な牢獄の中へと収束していく。


 パサージュの鍵がもたらした痛みは消えたわけではない。

 けれど、この歪な愛によって要塞化された学園こそが、俺が望んだ設計図の一部だったのかもしれない。

 俺は家族たちの狂おしい執着に抱かれ、残酷なほどに美しい聖域へと沈んでいくのだった。

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