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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第034話 過保護の檻

 異端審問軍の不当な介入を退けてから一夜が明けた。国立魔導学園の朝を告げる鐘の音は、かつてないほど重苦しく響き渡っている。一見すれば平穏を取り戻したかに見えたが、俺の日常は、その根底から徹底的に、暴力的なまでの愛によって塗り替えられようとしていた。


 本来、学園は次代の魔導師を育成するための聖域であり、自由な学び舎のはずだ。しかし今、俺の視界にあるのは、学園の歴史ある石造りの壁ではなく、ヴァルゼイド公爵家の家紋が刻まれた漆黒の盾と、家族たちのあまりに鋭すぎる眼光だった。


 今朝、公爵邸を出る際も異様だった。装甲馬車の前後を騎馬兵が固め、学園の正門を潜る際も、学園側の衛兵を文字通り押し退けて俺の私兵たちが敷地内へと雪崩れ込んだのだ。

 

「ユウ、もう少し左だ。そこの校舎の柱は死角になっている。不審な影が、あるいは不可視の魔術刻印が潜んでいる可能性を否定できない。おい、そこの生徒!ユウの進路を遮るな、下がれ!」

「そうよ、ユウ。もしものことがあっては大変だわ。姉様が夜通し編み上げた特製の多重結界を展開してあげるから、絶対にこの範囲から出ないでね。たとえ同じ学び舎の生徒であっても、信じてはいけないわ」


 馬車を降りた瞬間、左右をゼノン兄様とサリア姉様に挟み込まれた。兄様の鋭い眼光は、まるで獲物を狙う猛禽のように廊下の隅々を射抜き、姉様の展開する目に見えない魔力の障壁は、俺の肌を微かにチリつかせるほどの密度で周囲を拒絶している。

 校門から講義棟までのわずかな距離が、今の俺にとっては最前線の塹壕に等しい。実際、柱の影にいたのはただ迷い込んだ学園の飼い猫を追いかけていた年下の生徒だったが、兄様がそちらへ向けた殺気だけで、その生徒は悲鳴も上げられずに腰を抜かして逃げ去っていった。


 

「兄様、姉様。……流石に、学園の中でここまでの警戒は少しやりすぎではないでしょうか。他の生徒たちも怯えています」

()()()、ではない、ユウ。これしきの警戒で、お前のその白い肌に、その脆い命に傷がつかないのであれば、安いものだ。教団の息がかかった者が、この学園のどこに紛れているかわかったものではないからな」

 兄様は一切の冗談を排除した真顔で、俺の口から出かけた異議を完膚なきまでにねじ伏せた。

 

「そうよ、ユウ。貴方は何も考えなくていいの。汚いもの、醜いもの、悪意に満ちた言葉……そんなものは全て、姉様たちがこの学園から掃除してあげる。貴方はただ、綺麗に整えられた中庭の花だけを見ていればいいのよ」

 姉様の指先が俺の頬をなぞる。その感触はどこまでも優しく、同時に『絶対にこの箱庭から出さない』という冷徹な執着を帯びている。



 学園の食堂に到着した俺を待っていたのは、更なる異様な光景だった。

 いつもなら多くの生徒たちの喧騒に満ちているはずの空間が、墓場のような静寂に支配されている。それもそのはずだ。俺のために確保された中央の特等席を囲むように、漆黒の軽装鎧を纏ったヴァルゼイド家の私兵たちが、幾重にも壁を作って立ち並んでいたからだ。

 学園の備品である木製のテーブルや椅子は隅へと追いやられ、そこはさながら要人の警護車列か、あるいは籠城戦の最中の玉座の間を彷彿とさせていた。


 

「この学園の警備権は、今日から我々ヴァルゼイド家が事実上占拠……、もとい、引き継ぐことになった。父様が国王陛下から内諾を得ている。教団の犬どもに、二度とお前の影さえ踏ませるつもりはない」


 昨夜、父様が激昂しながら手配した私兵団が、こうして学園の治外法権を蹂躙している。公爵家の権力と怒りの前には、学園の自治など塵芥(ちりあくた)に等しいということか。



 一方で、学園の正門の向こう側では、聖教団の工作員たちが俺を社会的に抹殺するための『毒』を懸命に流布していた。

 彼らは匿名性の高い魔法通信や、巧妙に洗脳した協力者を通じて、学園内の生徒たちに疑念と恐怖を植え付け、俺を孤立させようと躍起になっている。

 

 ――ユウ・ヴァルゼイドは、生まれながらにして他者の不幸を糧とする悪魔の子だ――


 だが、教団のその目論見は、皮肉にも俺の家族の過保護という物理的な壁によって、完全に頓挫しようとしていた。


 

「ねえ、聞いた?あのユウ様って、本当は人を呪う悪魔の子なんですって……」

 廊下で、教団に買収されたのであろう一人の生徒が、勇気を振り絞って声を上げた。しかし、周囲を歩く他の生徒たちは一様に引き攣った笑いを浮かべるか、あるいは耳を塞いで足早に立ち去るだけだった。


「……馬鹿!大きな声を出すな。悪魔の子かどうかなんて、俺らには関係ない。それよりあそこの角を見ろよ。ヴァルゼイド家の監視役が、不敬な言動をした奴がいないか一人一人チェックしてるんだぞ。下手にあの噂を口にしてみろ、ゼノン様やサリア様に学園から消されるぞ」

 

「そうだよ。悪魔の呪いなんて実体のないものより、ヴァルゼイド家の逆鱗に触れる方がよっぽど現実的で恐ろしい。()()()()()()()()()()()()()()()。それがこの学園で卒業まで生き残る唯一のルールだよ」


 生徒たちは皆、教団の流すオカルトめいた噂に怯える余裕などなかった。それ以上に、学園内にまでその圧倒的な支配力を持ち込み、俺を守るためなら学園ごと焦土にしかねないヴァルゼイド家そのものを、不可抗力の天災として恐れ、敬遠していたのだ。


 

「ユウ様、パンのおかわりはいかがですか?あ、これは学園の厨房ではなく、私が今朝邸で厳選し、毒物検知を百回繰り返した後に焼き上げたものですから、どうぞご安心を」


 食堂の円卓で、リーゼロッテが甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。彼女の献身的な笑顔は美しいが、その瞳の奥には、俺をこの椅子から一歩も動かしたくないという、底知れぬ独占欲が渦巻いて見える。

 周囲の生徒たちが俺を避けるのは、俺が呪われているからではない。単に、俺に干渉すれば、この美しくも狂った家族たちに排除されるからだ。


 この窒息しそうなほどに甘美で、窮屈な学園内の檻。これこそが、今の俺にとっての戦場だった。

 教団は焦っているはずだ。精神的な孤立を狙った作戦が、家族の力によって逆説的に俺を『学園内の不可侵な神域』として祭り上げる結果になってしまったからだ。追い詰められた鼠は、次にはもっと強引で、もっと見境のない罠を学園に仕掛けてくるだろう。


 俺は、左腕のあった場所に、冷たい感覚が走るのを感じた。

 パサージュの鍵が、意識の底で静かに疼いている。

 家族にはこの力は伏せたままだ。

 知らせるのは、まだ先の話だ。

 もし今、これが知られれば、彼らは『やはりユウは一人では抱えきれない重荷を背負っている』と考え、俺を学園にすら通わせず、日光さえ届かない地下離宮へ一生閉じ込めるだろう。


 俺は、静かに瞼を閉じた。

 次に俺が鍵を回すとき、学園の平穏はどう塗り替えられるのか。そして、俺を愛する家族たちは、その時、どのような顔をして俺を見るのだろうか。

 

 幻の左腕が、学園の窓から差し込む陽光を拒絶するように、虚空でかすかに震えた気がした。

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