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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第027話 真理の鏡を欺く指先

 昨夜の粛正劇が残した残響は、一夜明けた国立魔導学園の隅々にまで恐怖という名の沈黙を染み渡らせていた。

 かつて教壇に立ち、卑屈な笑みを浮かべながら俺とリーゼロッテを嘲笑っていたバルカス。その男が、家門ごと王都の地図から物理的に消去された事実は、学園内に残る教師たちにとって、己の首筋に常に鋭利な刃を突き立てられているのと同義だった。


 そんな日常に、新たな楔を打ち込むかのように現れたのが、バルカスの後任として王宮魔導師団から派遣されたカサンドラ・クロムウェルだった。

 燃えるような赤髪を一筋の編み込みにまとめ、銀縁の眼鏡の奥に怜悧な知性を光らせる彼女は、王宮随一の鑑定官としての異名を持つ。彼女の赴任は、単なる欠員補充ではない。ヴァルゼイド公爵家の公子が見せた異常な魔導の断片を、王宮魔導師団が正式に調査し始めたことを意味していた。



 ある晴れた日の午後、陽光さえも刺すような鋭さを持った演習場で、カサンドラは凛とした声を響かせた。


「生徒諸君!これまでの旧態依然とした指導は忘れなさい。魔法とは力任せにねじ伏せるものではなく、世界の仕組みを読み解く対話です。今日はその第一歩として、一人ひとりの魔力適性を『真理の鏡』を用いて再鑑定いたします」


 彼女が掲げたのは、対象の魔力波形を寸分違わず可視化し、隠された才能や欠陥さえも暴き出す王宮魔導師団の魔導具だ。生徒たちは戦々恐々としながら列を作り、次々と鏡の前に立たされていく。鏡が放つ白銀の光が、彼らの浅薄な虚栄心を剥ぎ取っていくのを、俺は最後方から静かに眺めていた。


 俺の隣で、リーゼロッテが細い指先を自らの胸元で固く結んでいた。


「ユウ様……。あの鏡、恐ろしいほどの密度を感じます。もし私の、力が知られてしまったら……。王宮魔導師として、無理やり連れて行かれてしまうのではないでしょうか」


 彼女の瞳には、かつてないほどの切実な拒絶が浮かんでいた。洗練された彼女の魔力特性が王宮魔導師団の目に留まれば、それは『国家の資産』として徴用される口実になり得る。俺の隣から、無理やり引き離される未来。俺は彼女の肩にそっと手を置き、左腕のない肩口を隠すようにして微笑みかけた。


「心配いらないよ、君をどこへも行かせはしないさ」



 いよいよ、俺の順番が回ってきた。

 カサンドラが探るような視線を俺の左肩へと向ける。


「ヴァルゼイド公子。あなたの腕に宿る魔力の残響は、記録にある不全の定義とは少し異なると報告を受けています。消えたバルカスが、最期に王宮へ送りつけた遺言とも呼べる告発状には、こうありました。『公子の欠損部位からは、この世の物理法則を無視した不気味な揺らぎが放出されている。あれは単なる不全ではない、何かおぞましい異物の胎動だ』……とね」


 その言葉に、周囲の空気が凍りついた。バルカスは破滅の直前、自らを追い詰めた俺の正体を暴こうと、ありったけの恐怖を込めて王宮へ情報を流していたようだ。

 カサンドラの瞳には、研究者特有の渇望が宿っていた。


「さあ、その真の姿を、この鏡に見せていただきましょうか」


 俺は一歩、教壇の前に進み出た。

 カサンドラが『真理の鏡』を起動し、眩いまでの白銀の光が俺の全身を透過していく。

 その瞬間、鏡を覗き込んだカサンドラの目が見開かれ、その表情から血の気が引いていくのがわかった。


 鏡面に映し出されたのは、生命の輝きでも魔力の奔流でもなく、あまりにも徹底した『無』である。肩口で魔力の回路がプツリと途切れ、その先には情報の残滓一つ落ちていない。どれほど鑑定の精度を上げても、そこにあるのはただの空洞。一人の少年が背負うにはあまりに痛ましい、ただの『徹底した欠損』という事実だけが、鏡にこびりついていた。


(……これ以上、彼女に深追いさせる必要はないな)


 俺は思考の奥底で、静かにパサージュの鍵を回した。

 意識の深淵で展開するのは、パサージュの鍵の中でも情報の改竄に特化した権能『偽証する記述(フェイク・デコード)』だ。


 これは観測者や魔導具に対し、この世界を構成する情報そのものを書き換えることで、本来の真実とは異なる偽りの事実を真実として強制的に認識させる力だ。物理的な幻惑ではない。根源的な因果のレベルでの偽装であるため、いかなる高度な鑑定魔法であっても、これを破ることはできない。


 瞬時に、カサンドラの視界の中で、鏡が映し出す虚無のデータが、極めて精巧な『偽りの真実』へと上書きされていく。パサージュの鍵が放つ銀色の残響が、鏡の術式に干渉し、彼女が望む解答を捏造していく。


「……っ!?これは、そんな……」


 カサンドラが絶句する。

 彼女の眼に見えているのは、パサージュの鍵の正体ではない。俺が用意した解答『先天的な欠損により、周囲のマナを底なしに吸い込み、霧散させてしまう、救いようのない虚無の孔』という悲劇的な欠陥のデータだ。

 それは理論上はあり得るが、魔導師としては致命的な、まさに『不憫な公子』を再定義する完璧な偽装だった。


「……ごめんなさい、ヴァルゼイド公子。あなたの身体は……。想像以上に、過酷な宿命を背負っているのね。魔力を生み出すどころか、周囲から奪い続けなければ維持できない。それで、これほどの知性を保っているとは。バルカスの言っていた『異物の胎動』とは、彼自身の妄言に違いないようですわ」


 彼女の瞳から探究心が消え、代わりに深い憐憫が浮かんだ。王宮の最高鑑定官が、俺の仕掛けた偽りの事実に完全に乗った瞬間だった。


「ユウ様……、大丈夫でしたか?」


 駆け寄るリーゼロッテに、俺は微かに頷く。



 演習の終わり、カサンドラは王宮への報告書をまとめながら、俺たちの元へ歩み寄った。


「ヴァルゼイド公子、そしてフェルトン嬢。あなたたちの強い絆を、私は見誤っていたようですわ。過酷な欠損を抱えた主と、その痛みを分かち合い、傍らで献身的に支え続ける少女。今日の鑑定結果は、そうした痛ましくも気高い事実として王宮へ報告しておきます。安心して、これからも研鑽に励みなさい」


 それは、彼女が俺たちを『王宮の脅威ではない』と断定した宣言でもあった。

 俺たちは丁寧に一礼して、夕暮れに染まり始めた演習場を後にした。



 学園の回廊を歩きながら、俺はパサージュの鍵がさらに深く魂に馴染んだのを感じる。

 昨夜の粛正で学園長を事実上の傀儡とし、今また王宮魔導師の目さえも欺いた。この場所はもはや学び舎ではなく、俺の調律を待つ完璧な箱庭へと変貌を遂げたのだ。


「ユウ様、見てください。あんなところに、もう蕾が」


 リーゼロッテが指差した先、石垣の隙間から小さな花が顔を出していた。

 俺は、花を愛おしそうに見つめる彼女の横顔を眺めながら、静かに心の中で鍵を戻した。

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