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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第024話 悪意の反転

 パキリ。


 硬質な音が、脳内だけに響いた。次の瞬間、物理法則を根底から嘲笑う光景が演習場に出現した。


 轟音と共に俺の直前まで迫っていた『真空の断罪』が、あたかも強固な鏡面に突き当たったかのように急停止したのだ。滞留した魔力は行き場を失い、激しく明滅を繰り返した後、物理法則を無視した角度で軌道を捻じ曲げた。反転した魔力は、放たれた時よりも遥かに高い密度を持って、教師バルカスと上級生たちの方へと逆流していく。それは単なる反射ではない。俺がパサージュの鍵を使い、魔法の因果そのものを書き換えた結果であった。


 放たれた悪意は、発動者へと戻って行く。

 それは、魔法の法則を無視して逆流する滝のような、異常極まる光景だった。自らが蒔いた悪意という種が、最悪の形で結実した瞬間であった。


「な、何だ……!?魔法が戻ってく……っ!?」


 バルカスが驚愕に目を見開いた瞬間、彼自身の放った魔法が、減衰された衝撃となって彼と上級生たちを直撃する。


 ドォォォン! という重低音とともに、演習台の上が爆ぜる。真空を支配していたはずの彼らの足元で、突如として大気が破裂したのだ。自らが放った殲滅魔法の残滓は、そのまま彼ら自身の防御結界を容易く食い破り、内側からそのプライドと共に弾け飛んだ。


 衝撃波が演習場の土を高く巻き上げ、周囲の視界を茶褐色の帳で遮る。本来なら肉体を寸断するはずの真空刃は、俺の調整によって、重厚な打撃へと変質している。

 命に別状はない。だが、その衝撃は彼らの骨を数本折り、魔力回路に深刻な過負荷を与えるには十分だった。

 悲鳴と怒号が交錯し、演習場は一瞬にして混沌へと突き落とされた。爆風が収まった後、そこには泥にまみれ、無様に地に這い蹲る教師と上級生たちの姿があった。学園の権威を象徴する教師と、その取り巻きである上級生たちが、一人の少年に手も足も出ず敗北したという事実は、あまりにも重い。


 演習場は、死を思わせる静寂に包まれた。

 俺は一歩も動かず、埃ひとつ被っていない。俺の立ち姿は、荒れ狂う嵐のあとの凪のように静謐であり、同時に底知れぬ恐怖を周囲に抱かせた。離れた所から見ていた生徒たちは、何が起きたのか理解できず、ただ呆然と立ち尽くしていた。隣のリーゼロッテすら、何が起きたのかを完全には理解できていないようだった。


「あらら。先生、ずいぶんと派手な自爆をなさいましたね」


 俺は無表情のまま、土煙の中で呻くバルカスを見下ろした。

 ゆっくりと、地面に転がる彼へと歩み寄る。一歩ごとに響く靴音が、敗北者の鼓膜を無慈悲に叩く。教師の視線が、見上げる俺の瞳と重なる。俺はリーゼロッテの肩に手を置き、安心させるように微かに微笑んでから、再びバルカスへと視線を戻した。俺の瞳には、怒りも、復讐心も、軽蔑すらもなかった。ただ、道端に落ちた石ころや、壊れた道具を眺めるような、どこまでも無機質な平穏があるだけだった。


 それが、バルカスにとっては何よりも恐ろしいようだった。人間として対等に扱われていないという実感が、彼の心を芯から凍りつかせたのであろう。


「大丈夫だ、リーゼロッテ。先生は少し、ご自分の魔法の制御を誤っただけのようだよ。主席の私に、身をもって魔力制御の難しさという良い教訓を見せてくださったようだね」


 俺の言葉は、皮肉を通り越して冷徹な宣告として響いた。


「理に合わないことをするから、世界に拒絶されるんだ」


 静まり返った演習場に、俺の声が響き渡る。それは単なる説教ではなく、この世界の真理そのものを告げる不可逆的な宣告である。

 バルカスは恐怖に顔を歪め、後ずさりしようとしたが、その身体は自らの魔法によるダメージで動かすことすらできない。崩れ落ちた彼は、自分が手を出したのは、決して触れてはならない存在であったことを、今さらながら理解したのだろう。


「化け物……、貴様、何をした……」


 かすれた声で問いかけるバルカスに、俺は感情の欠片もない微笑を返した。


「自分たちが何を扱っているのか、もう一度学び直すといい。次は、反転だけでは済まないかもしれないからな」


 その言葉に含まれた絶対的な断絶に、バルカスは震える唇で何も言い返せなかった。彼らにとっての魔法は、他人を屈服させるための力であったが、俺にとっては、ただの真理の断片、あるいは世界の記述に過ぎない。その圧倒的な格差を、彼らは魂の深部で、そして細胞の一つ一つで理解したようだった。

 もはや、彼らが俺に牙を剥くことは二度とないだろう。恐怖という名の枷が、彼らの精神を永久に縛り上げたのだから。



 実習は中断され、学園側は対応に追われることとなった。緊急招集された救護班が次々と負傷者を運び出していく中、俺は左肩の鍵を静かに収めると、呆然と立ち尽くす他の教員たちを尻目に、リーゼロッテの手を引き、騒乱の場を後にする。


 学園の回廊を歩きながら、リーゼロッテがようやく、詰めていた息を吐き出すように口を開いた。彼女の頬は興奮で赤らみ、その瞳は純粋な憧憬の色で満ちている。


「ユウ様、私、あなたがいれば、この世界に怖いものなんて何もないような気がしてきました」


 彼女は周囲に人がいないことを確認し、囁くように言った。それは、彼女が俺という存在を、単なる貴族の子息としてではなく、自身の世界の中心として認識し始めた証だろう。俺もまた、彼女のその変化を静かに受け入れていた。


「大袈裟だよ、リーゼロッテ。僕はただ、理不尽なものを正しただけだ。不純な動機で歪められた因果を、あるべき形に戻したに過ぎない」


 俺は前を見据えたまま答える。

 十歳の少年の身体には不釣り合いな、あまりにも完成された横顔。窓の外を見上げれば、雲が静かに流れていく。学園という小さな世界で起きる波風など、俺が描く壮大な大図面の前では、些細な誤差に過ぎない。俺の覇道、その歩みを止める雑音は、こうして一つずつ、因果の鎖によって自滅させてやろう。



 教師すらもグルになったこの一件は、学園という組織そのものが腐敗している証拠に他ならない。しかし、それは俺にとって不都合なことではなかった。壊れた理は、直すよりも新しく構築する方が容易いからだ。

 俺の左腕に宿るパサージュの鍵は、既存の法則を嘲笑うかのように熱を帯びている。これから俺が歩む道には、さらなる悪意や、国家規模の策略が待ち受けているだろう。だが、その全てが俺を真理へと近づける踏み台となる。


 ヴァルゼイドの名の元に、そして俺自身の為に、この学園は生まれ変わる。俺が求める、完璧なる秩序の世界へと。物語の歯車は、今、加速を始めたのだ。


 俺はこの世界の美しさを知っている。父様の深い慈愛、母様の温かな眼差し、そしてヴァルゼイドの領民たちの素朴な笑顔。だが、それ以上に醜さも知っている。

 前世の自分がどれほど言葉を尽くしても届かなかった正義が、今、この手にある鍵一つで実現していく。この万能感は、かつての俺が最も忌み嫌った傲慢そのものかもしれない。それでも、俺は構わない。俺を愛する家族を、そして俺を信じて隣を歩くこの少女を護るためなら、俺は喜んで世界の理を蹂躙する怪物になろう。それは、佐々木優真として死に、ユウ・ヴァルゼイドとして生を授かったことへの、俺なりの報恩であろう。


 粉砕された石畳が巻き上げた、焼けた石の匂いと湿った土の香りが鼻腔を突く。俺は新たな覚悟を胸に刻んだ。ヴァルゼイド公爵邸に戻れば、また家族による過保護な歓迎が待っている。学園での事故は、彼らの耳に入れば瞬く間に火種となる。バルカスという教師が、明日以降も教壇に立っている保証はない。公爵家の影たちが、既に彼の身辺を洗っているはずだ。


 復讐は俺の役割ではない。父様が、その怒りに任せて処理するだろう。俺の役割は、ただこの世界をあるべき姿へにすること。

 そのためのパサージュの鍵。

 そのためのヴァルゼイドだ。


 俺は進む。誰も見たことのない、理の極致へと。

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