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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第023話 静かなる悪意

 国立魔導学園の静謐な空気が、重苦しい湿り気を帯び始めたのは、入学式から数日が経過した午後のことだった。


 主席という栄誉と、国王エドマンド・ヴァルゼイドによる公的な擁護。それらは俺という存在を、不可侵の聖域へと押し上げたかに見えたが、実態はそれほど単純なものではない。急激な権力の推移は、必ず既存の秩序にしがみつく者たちの反発を招く。特に、国王に公衆の面前で家門の面目を潰された者たちにとって、俺は排除すべき不快な異物、あるいは自身の無能を突きつける鏡でしかなかった。


 彼らの抱く選民意識は、十歳の少年が持つ圧倒的な才能を正当に評価することを拒絶し、ただ存在を否定することにのみ心血を注いでいる。学園という閉鎖的な空間において、異端の天才は時として、秩序を乱す毒として扱われるのは世の常だろう。


 俺はその事実を冷徹に理解しており、周囲から向けられる刺すような視線さえも、最適化された未来への計算式の一部として処理する。この程度の悪意、前世において理不尽な世界の中で摩耗していた日々に比べれば、あまりにも予測の容易な事象に過ぎない。俺の魂は、彼らの矮小なプライドが引き起こす摩擦など、とうの昔に超越していた。


――――

 その日のカリキュラムは、広大な屋外演習場での対人魔法防御実習であった。

 古びた石造りの観客席に囲まれた円形の演習場には、独特の緊張感が漂っている。新入生たちが二人一組となり、教師が放つ模擬魔法をいかに効率よく遮断、あるいは受け流すかを競う。


 俺の隣には、当然のようにリーゼロッテが控えている。彼女はヴァルゼイド公爵邸での共同生活を経て、驚くほどの速度で魔力制御の精度を上げていた。母様、そしてサリア姉様という、王国最高峰の魔術師たちによる手厚い魔法教育のおかげで、その成長は著しく、周囲の生徒たちを既に遥か後方へと突き放しているほどである。

 リーゼロッテの細い指先が、緊張からか俺のローブの袖を僅かに掴んだ。彼女の繊細な感覚は、この場に満ちる不自然な魔力の淀みを敏感に察知していた。


「ユウ様、今日の演習……、何だか変ですね。空気が、ひどく濁って見えます」


 リーゼロッテが、周囲に聴かれぬよう小声で囁く。

 その視線の主は、演習の補助官として参加している三年生の一団である。彼らは学園の伝統と格式を重んじる、古臭い考えに固執した貴族の子弟であり、新参者の成功を快く思っていない。そして、冷徹な笑みを浮かべる担当教師、バルカスの眼差しは、教育者のそれとは程遠いものだった。


 左肩に宿るパサージュの鍵が、世界の因果を敏感に捉えるたび、俺の視界には人の本質が不協和音のような魔力の揺らぎとして重なって見えるようになっていた。

 バルカスの周囲を漂う魔力は、教育者としての澄んだ響きなど微塵もなく、淀んだ泥水のように濁り、不気味にうねっている。


 前世で幾多の理不尽な構造を観察してきた経験と、鍵が暴き出す彼の精神的な欠落。それらが合致した瞬間、彼が抱く醜悪な目論見は、言葉を介さずとも鮮明に透けて見えた。

 入学式で自分の姪が晒した醜態を、俺という子供を事故を装って破壊することで晴らそうとする。その魂の薄汚さが、術式の端々にまで染み付いているのだ。



 演習が進むにつれ、周囲の空気は露骨に殺気立ち始めた。

 他の生徒たちが放たれる模擬の火球や水弾を必死に防ぐ中で、バルカスは補助官である上級生たちと隠密に目配せを交わし、密かに魔力の同期を開始する。

 それは指導の範疇を遥かに超えた、悪意のネットワークの構築である。彼らは多層的な増幅陣を魔力で編み上げ、一人の少年に向けて牙を剥く準備を整えていく。補助官たちは、自身の魔力をバルカスの術式へと密かに流し込み、本来の模擬魔法とは比較にならない規模の術式を構築し始めた。


 俺はそれを冷ややかな眼差しで見つめていた。あらゆる事象を論理的に分解する観察眼は、彼らの稚拙な連携の綻びを容易に見抜く。バルカスの魔力循環には、焦りと高揚が混じった不規則なノイズが混じっている。それは魔導師としてはあまりにも三流の挙動であったが、その背後に渦巻く殺意だけは本物であった。

 しかし、俺は表向きはただの物静かな公子として、静かにその時を待っていた。左肩の奥で、万象の扉を支配する『パサージュの鍵』が静かに脈動しているのを感じながら……。


 既に演習を終えた生徒たちは、異様な魔力の高まりにざわめき始め、演習場から離れて行く。

 

「おい、あれは……、模擬魔法の範疇を超えていないか?」

「バルカス先生、本気でやるつもりなのか? あの魔力、尋常じゃないぞ」


 ひそひそ話が広がる中、俺はただ静かに、パサージュの鍵を意識していた。それは、前世で培った構造解析の知識と、この世界の神秘的な感覚が融合した、俺だけの特異な視界であった。


 ついに俺とリーゼロッテの番が回ってきた。中央の演習台に立つ二人に、周囲の全生徒の視線が集中する。好奇、嫉妬、そして憐憫。

 バルカスは杖を構え、その瞳に底暗い悦楽を宿した。

「では、ヴァルゼイド君の実力、改めて拝見させてもらおうか。主席の名に恥じぬ防壁を見せてくれることを期待しているよ。さあ、受け取るがいい!」


 バルカスが杖を振り下ろした瞬間、演習場を包む大気が悲鳴を上げた。

 放たれたのは、新入生向けの模擬魔法などではなかった。衝撃魔法『真空の断罪』。本来、この魔法は周囲の酸素を奪い、不可視の真空刃を音速で放つ対人殲滅魔法である。さらに、背後の補助官たちが魔力を上書きし、多層的な増幅陣を重ねたことで、その威力は致命的なレベルまで引き上げられていた。

 教師と生徒が結託して放つ、明白な殺意を孕んだ暴力。演習場にいた他の学生たちから悲鳴が上がる。


 回避は不可能。防御結界を張ったとしても、通常の新入生なら構造ごと粉砕され、再起不能の重傷を負う。それがバルカスの描いた結末のはずだった。

 だが、彼が対峙しているのは、世界の仕組みそのものを掌握しつつある怪物であることを、彼はまだ知らない。



 俺は動かなかった。

 迫り来る魔力の奔流。俺は自身の左肩にある空白、すなわち『パサージュの鍵』の権能を意識の深層へと差し込んだ。俺の精神は、現実の演習場から一気に世界の深淵へと潜行する。そこには、万物の因果を司る巨大な歯車と、それを繋ぎ止める無数の扉が存在していた。


 今回俺が選択したのは『観測者の特権(オブザーバーズ・アイ)』。この世界の肉体として未完成である俺は、事象を内側からではなく、外側から操作できる。鍵を回し、世界の裏側に手を伸ばしたその瞬間に俺の視界は一変した。

 

 パサージュの鍵がもたらす世界により、迫り来る魔力の奔流は、穴だらけの脆弱な設計図として露わになった。

 真空を生み出すはずの気圧操作の接続部はあまりに甘く、無理に魔力を詰め込んだことで強度が著しく損なわれている。衝撃波を指向性にするための魔力軸は、上級生たちの雑多な干渉によって歪み、構造そのものが崩壊の予兆を孕んでいた。


 俺の目には、その未熟な術式のすべてが、剥き出しの臓物のように視える。

 流れる魔力の偏り、同期のズレ、そして術者が抱く負の感情がノイズとなって、魔法という現象そのものの整合性を内側から破壊している。バルカスたちは、自らがどれほど不安定な火薬庫の上に立っているかさえ理解していない。

 俺はただ、パサージュの鍵を回すだけでいい。その権能により、扉の出口と入口を反転させ、かつ、その出力の門を半分ほど閉ざすことで、死に至る刃を鈍い打撃へと減衰させる。


 俺は静かに、心の中で鍵を回した。


 カチッ。


 世界の裏側で噛み合った歯車が、確定したはずの因果を無慈悲に書き換えていく。

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