第021話 主席の栄誉と静かなる断罪
国立魔導学園の正門前に掲げられた巨大な掲示板には、新入生たちの命運を分かつ入学試験の結果が貼り出されていた。合格者の氏名が並ぶ中、最上段に刻まれたその名を目にした受験生たちは、一様に言葉を失い、自身の目を疑った。
第一位、ユウ・ヴァルゼイド。
第二位、リーゼロッテ・フェルトン。
王国最強の守護柱でありながら、魔力を持たぬ『不憫な公子』として知られていたヴァルゼイド公爵家の息子。そして、つい先日まで零落の危機に喘いでいた田舎貴族、フェルトン家の令嬢。この二人が並み居る名門貴族の子弟を抑え、試験のトップを独占したという事実は、瞬く間に学園中、そして王都の社交界を震撼させる衝撃波となった。
数日後、春の柔らかな陽光が降り注ぐ中、学園の大講堂では厳かに入学式が執り行われようとしていた。新入生席の最前列に座る俺の背には、後方から無数の刺すような視線が突き刺さっている。それは祝福などではなく、ドロドロとした妬みや、到底信じがたい不正を疑うような、湿った悪意の混じったものだった。
俺の隣で背筋をピンと伸ばして座るリーゼロッテは、緊張からか、あるいは周囲の視線の痛さからか、膝の上で白くなるほど拳を固く握りしめている。
彼女の耳にも、周囲の貴族子弟たちが隠そうともせずに漏らす、毒を含んだ囁き声が届いているのだろう。
「おい、見たかよ。あの公爵家の出来損ないが主席だとさ。金で順位を買ったに決まっているに違いない」
「全くだ。魔力測定の水晶を壊したのだって、本当は魔力がなさすぎて測定不能になった不細工な結果を、公爵家が裏から手を回して隠蔽したんだろうな?」
「次点のフェルトンとかいう女も怪しいものよ。ヴァルゼイドの腰巾着として、一緒に点数を下賜されたに違いないわ。田舎の男爵風情が、公爵家に媚を売って子爵の地位を手に入れただけのことはあるわよねぇ」
コソコソと、しかし確実に耳に届く音量で繰り返される侮蔑の言葉。彼らにとって、自分たちが積み上げてきた努力や血統の優位性が、俺たちのような異端に塗り替えられることは耐え難い屈辱であり、それを認めるくらいなら、ありもしない陰謀論を信じる方が楽なのだろう。
俺は表情を変えず、ただ静かに前を見据えていた。理を解する俺にとって、彼らの放つ言葉は単なる空気の振動、あるいはノイズに過ぎない。
だが、隣で震えるリーゼロッテの魔力が、その悪意によって波立ち、濁り始めているのが分かった。彼女の純粋な『育む魔法』は、周囲の感情に過敏に反応してしまう特性がある。
俺は彼女に気づかれないよう、左腕の『パサージュの鍵』を意識の層から引き出し、周囲の空間に漂う負の波動を『無』へと逃がす道を作った。途端にリーゼロッテの肩の力が抜け、彼女は不思議そうに瞬きをして俺を見た。俺は微かに微笑み、今はただ式典に集中するよう視線で促した。
――――
その時、壇上の来賓席。
特別ゲストとして招かれていた国王エドマンド・ヴァルゼイドは、退屈な式次第を前に、あえて一つの仕掛けを施していた。
彼は近年、特権階級に甘んじて傲慢さを増す若き貴族たちの現状を深く憂慮していた。次世代の指導者候補たちが、真に実力ある者を正当に評価できているのか。それを確かめるため、彼はあえて学園側に命じ、壇上の演台に設置された拡声用の魔導具に、広域の音を拾い上げる『集音魔法具』を連結させていたのだ。
それは本来、広大な会場で壇上の声を届けるためのものだが、エドマンドは密かにその機能を反転させ、会場内の微細な私語を壇上の彼の手元にだけ届くよう調整させていた。
「さて……今年の芽は、どれほど腐っているのか」
国王は冷徹な好奇心を胸に、集音魔法具から流れ込む音声に意識を集中させた。
するとどうだ。聞こえてくるのは、将来国を背負うべき少年たちの口から出るとは思えぬ、汚濁に満ちた嫉妬と罵倒の嵐であった。特に、ヴァルゼイドの名門と、その恩恵を受けたフェルトン家に対する侮蔑。その醜悪な本音が、魔導具を通じて国王の耳を汚していく。エドマンドの威厳に満ちた貌は、修復不可能なほど冷酷に歪んでいく。
式が始まり、学園長による型通りの挨拶が続く中、会場の空気が一変した。
国王エドマンドはゆっくりと立ち上がり、演台へと歩み寄った。会場全体が、王の放つ凄まじい神威に圧倒されて息を呑む。だが、国王が口を開く前に向けた視線は、新入生たちの後方、先ほどまで下卑た噂話を繰り広げていた者たちへと一直線に向けられていた。
「……静粛に」
低く、しかし地を這うような重圧を伴った声。それだけで、新入生たちの間に冷たい緊張が走った。
「余は先ほどから、この国の未来を担うべき若き貴族たちの口から、耳を疑うような言葉をいくつか耳にした。自身の未熟を棚に上げ、正当なる結果を汚そうとする醜悪な嫉妬。それが、諸君らが学び舎に持ち込んだ最初の心得か?」
国王の言葉は、まるで鋭い刃のように、囁き声を上げていた者たちの心臓を貫いた。先ほどまで得意げに俺を嘲笑っていた少年たちは、顔を青白くさせ、ガタガタと膝を震わせ始めた。
エドマンドはさらに一歩前へ出、手元の集音魔法具を指し示した。
「諸君らは気づかなかったようだが、この演台には会場全ての音を拾い上げる魔法具が仕込まれている。余の耳には、諸君らが隠しているつもりの醜い本音が、一言漏らさず届いていた。ユウ・ヴァルゼイドの主席、そしてリーゼロッテ・フェルトンの次席。この結果は、学園の最高責任者のみならず、王宮の魔導技師たちも立ち会った厳正なる審査の結果である!」
国王の瞳に、苛烈な光が宿る。
「特に、ユウ・ヴァルゼイドが試験で見せた魔力制御と構造理解は、もはや学生の域を遥かに凌駕し、魔導の真理に肉薄するものである。それを『金で買った』と断じた者は、審査に携わった者、そして、王家の威信をも愚弄していると心得よ!」
講堂内は、水を打ったような静寂に包まれた。国王自らが、一学生である俺の能力を公式に、かつ絶対的なものとして保証したのだ。これは、これまでの『不憫な公子』というレッテルを根底から覆し、王家の加護という新たな装甲を俺に着せる宣言であった。
「名を挙げよ。先ほど、フェルトン子爵令嬢を『腰巾着』と呼び、公爵家を嘲笑った者は誰だ。証拠は全て、この魔導具に刻印されている」
国王の冷徹な追及に、後方の席にいた数人の生徒が、耐えきれずにその場に崩れ落ちた。彼らは、自分たちが侮辱した相手が、単なる公爵家ではなく、王家そのものが認めた至宝であることの重みを、今さらながらに理解したのだ。
エドマンドは、冷めた目で彼らを見下ろした。
「後ほど、学園長室へ出向くがいい。貴公らの家門が、どのような教育を施してきたのか、改めて余自らが精査せねばなるまいな。学びの場を穢し、真実から目を逸らす者に、この国の未来を語る資格はない!」
それは、単なる学園内の罰を超えた、家門そのものへの社会的な処刑宣告に等しかった。
国王は再び、最前列に座る俺へと視線を戻した。その瞳に宿っているのは、先ほどまでの怒りではなく、深い慈しみと、どこか探るような期待の色だった。
「ユウ・ヴァルゼイド。そしてリーゼロッテ・フェルトン。諸君らの才能が、この閉鎖的な学園にどのような風を吹き込むか、楽しみにさせてもらおう。諸君のような者が正当に評価される学園であれと、余は切に願う」
国王は短くそう締めくくり、席へと戻った。式典は再開されたが、会場の空気はもはや先ほどまでとは別物になっていた。俺に向ける視線は、侮蔑から戦慄へと変わり、リーゼロッテを見る目は、軽視から畏敬へと塗り替えられていた。
俺は静かに、左肩の『パサージュの鍵』を閉じた。
これから始まる初等教育の一年間。この学園という箱庭で、俺は自らの目的を果たすための礎を築いていく。震えるリーゼロッテの手に、俺はそっと右手を重ねた。
「大丈夫だ、リーゼロッテ。僕たちは僕たちの道を行けばいいだけさ」
「……はい、ユウ様。どこまでも、お供いたします」
彼女の瞳に宿る決意の光が、新入生代表として挨拶に向かう俺の背中を、温かく、力強く押し出していた。
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