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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第015話 泥濘の残滓

 我が愛しき息子、ユウ。魔族属性が皆無という衝撃的な報せは、瞬く間に王都の貴族社会を駆け巡り、好奇と嘲笑を孕んだ衝撃の波紋を広げた。だが、他人の無責任な同情や、背後で囁かれる無能の烙印など、私にとっては羽虫の羽音よりも価値のない雑音に過ぎない。


 魔法こそが万物の価値を決め、存在の重さを測るこの世界において、魔力を欠いて生まれてきたその幼き魂。それは私にとって、誰に汚されることも、誰に触れられることも許されぬ、至高の純潔そのものであるのだ。魔法という力を持たぬがゆえに、ユウは濁った世界の理に染まることのない、唯一無二の光なのだ。


 だが、その光を飲み込もうとする影が、未だ泥濘の底で喘いでいる。

 バートン子爵家。

 かつて栄華を誇り、そして愚かにも我がヴァルゼイドの威光に泥を塗ろうとして、私の手で完膚なきまでに叩き潰された一族。もはや地図の上にも、王室が厳重に管理する貴族名簿の片隅にさえその名は存在しない。徹底的な破壊と抹殺の果てに、歴史の塵へと消えたはずの死に損ないどもが、復讐という狂気に身を委ね、この静謐なる公爵邸の周囲に潜んでいることを、我が家の精鋭たちは敏感に察知したようだった。


 発端は、定期的に領地境界を回る巡邏兵が発見した、不自然な踏み荒らされ方をした地面であった。

 報告を聞くや否や、私は軍馬を駆って現地へと向かった。そこには、魔法的な残留痕こそなかったものの、隠蔽工作の節々に、かつて数多の戦場を渡り歩いてきた私の直感が殺意を嗅ぎ取った。鋭利に刈り取られた下草の切り口。それは、湿り気を帯びた刃の気配だ。

 

 狙いはユウだ。

 その確信が、私の胸の内で冷たく、それでいて業火のごとき怒りを点火させた。魔力を持たぬ、あの愛らしくも無力な我が子に、その汚らわしい殺意を向けたというだけで、この地上に彼らの居場所は一寸たりとも残されてはならないのだ。



――――

 その日の午後は、異様なほどに静まり返っていた。

 私は軍装を整えながら、窓の外、庭園の東屋でエレインやサリアに囲まれて過ごすユウの姿を遠目に確認する。魔力を持たぬがゆえに、外の世界に対してあまりに無防備な、我が家の至宝。ユウが古い書物に目を落とし、時折ふと顔を上げて微笑むその光景を守るためなら、私はこの国を灰にし、歴史を書き換えることさえ厭わない。


「ユウ、今日は少し肌寒いわね。お部屋の中へ戻りましょうか」

 エレインの言葉に、ユウは素直に、そして何より愛らしく頷いた。

「うん、母様。僕、お部屋で新しい本を読みたいな」


 手を取り合い、屋敷へと戻っていく二人。

 左腕もなく、魔法も持たぬ不憫な息子を守らねばならないという極限の義務感。その背中を見送りながら、私は静かに踵を返した。


 愛しき息子の読書を邪魔する羽虫どもを、一匹残らず圧殺する時間が来たのである。



――――

 同時刻、ヴァルゼイド領の北方に位置する鬱蒼とした森の中では、凄惨な武力衝突が幕を開けようとしていた。

 潜んでいたのは、バートン子爵家の生き残りである嫡男と、彼が没落の際に隠し持っていた私財を投げ打って雇い入れた冒険者崩れの賊ども。彼らは復讐という病に取り憑かれ、公爵家の警備網を力尽くで突破しようと、獣のごとき濁った眼光を向けていた。


「ヴァルゼイドの欠陥品を殺せ!あの不具者の子供さえいなければ、我が家が没落することはなかったのだ!」


 バートンの嫡男が、怨嗟に満ちた声を上げて剣を振るう。その言葉のすべてが、私の逆鱗を、そしてヴァルゼイド家の誇りを苛烈に踏みつける。


 森の影から、私は黒い軍馬と共に現れた。国王の弟にして公爵家当主、その威厳を漆黒の鎧として纏い、冷徹な瞳で眼下の賊を見下ろす。


「ユウを傷つけるために、その汚らわしい剣を抜いたか。バートンの残党よ、その不敬、万死に値する」


 私が低く呟くと、彼の周囲の空気が物理的な重圧となって膨れ上がった。それは武門の頂点たるヴァルゼイド家の血がなせる、戦神の威圧だ。逃げ場のない圧力に、賊たちの心臓は早鐘を打ち、彼らが跨る馬さえも恐怖に硬直して動くことを忘れているようだった。


「生かして帰すな!ユウの耳に、奴らの断末魔すら届かぬよう、徹底的に静かに片付けろ。血の一滴さえも、我が領地の土を汚すことを許さん!」


 私の冷酷な命令と共に、彼が率いる精鋭騎士たちが風のように動く。魔法による強化を施された鋼の刃が、賊の喉を次々と、呼吸を止める暇もなく切り裂いていく。

 ヴァルゼイド公爵家の騎士たちは、ユウという守るべき弱者を守るという至上命題を与えられており、その使命感はもはや一種の狂信、あるいは信仰に近い域に達している。彼らにとって、ユウに牙を向く者は、神を冒涜する悪魔に他ならない。


 森の奥で剣戟の音が響き、魔力の余波が木々をなぎ倒していく。だが、その凄惨な破壊の音さえも、我が魔力によって周囲から遮断し、ユウのいる邸内には届かせない。バートンの嫡男は、仲間が次々と屠られる光景に、ついに理性を失って叫んだ。


「貴様ら、狂っている! たかが無能な子供一人のために、当主自らが出向くとは!」


 ()()()、だと?

 私は無表情のまま、戦場を統べる愛剣を抜いた。


「たかが、だと?貴様らには理解できまい。ユウは、私にとっての世界そのものだ。その輝きを守るためなら、私はこの国を灰にすることさえ厭わない。我が子を欠陥品と呼ぶその舌、根元から引き抜いてくれる」



 一閃。


 私の振るった剣筋は大気を断ち切り、バートンの嫡男が手にしていた重厚な大剣を、まるで紙細工のように両断した。続けざまに、彼の身体を袈裟斬りに切り裂く。血を吐き、無残に崩れ落ちる敵を、私は情け容赦なく、底冷えするような眼光で見下ろすのだった。



――――

 夕刻。

 激しい戦闘の痕跡は、私の指示によって、事後の清掃部隊の手で跡形もなく消し去られていた。なぎ倒された木々は整えられ、掘り返された地面は魔法によって修復された。森には再び平和な静寂が訪れ、立ち込めていた血の臭いは風が運び去った。


 私は返り血を浴びた甲冑を脱ぎ捨て、汚れ一つない衣装に着替え、何事もなかったかのような顔でユウの元へと戻ってきた。図書室のソファーで寛ぐユウを、私は壊れ物を扱うように丁寧に膝の上に乗せると、いつものように穏やかな声で問いかけた。


「ユウ、今日は一日、楽しく過ごせたか?何か怖い思いはしなかったか?」


 私の大きな掌が、ユウの小さな背中を優しく、包み込むように撫でる。その手には、先ほどまで戦場で敵を屠っていた冷酷な鋼の感触など微塵も残っておらず、ただ深い息子への愛の熱だけが宿っていた。


「うん、父様。今日はとっても静かで本がたくさん読めたよ」


 ユウが微笑んで答えると、私は安堵したように息を吐き、この宝物を壊さぬよう、それでいて離さぬよう強く抱きしめた。


「そうか、そうか。お前が穏やかに過ごせているのなら、それが一番だ。ユウ、お前を脅かすものは、たとえ何物であっても、私が、そして兄上たちが許しはしない。お前はただ、我が家の至宝として、幸福に笑っていればいいのだ。お前の行く手を阻む石ころ一つまで、私がこの世から消し去ってやろう」


 ユウを狙ったバートン家の生き残りは、今やこの世界のどこにも、歴史の記録にさえ存在しない。彼らが抱いた復讐心も、積み上げた憎悪も、ヴァルゼイド家当主という私の前に、一瞬で圧砕されたのだから。


 私は、腕の中で静かな寝息を立て始めたユウの温もりを感じながら改めて誓う。

 この可愛い息子を、死を賭してでも守り続けよう。魔法を持たぬ不憫な次男、その評価が世間に広まれば広まるほど、私はこの子をより厚く、より高い壁の内側に隠し、愛という名の檻で守り続けることができる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 何も持たぬ存在であるからこそ、ユウは誰にも邪魔されず、我が家の全霊を懸けた愛を享受し続けることができるのだから。


「おやすみ、ユウ。明日も、その次も……、お前が望む平穏な世界を、私が必ず用意しよう」


 夜、窓の外に広がる静かな月夜。そこには、先ほどの戦場の狂乱など欠片も残っていない。すべては、この愛おしい日々を永遠にするために。私はユウを寝台へと運び、頭を一撫でしてやった。

 

 明日になれば、またゼノンやサリアが競うようにユウを案じ、エレインが慈しむだろう。

 この完璧に守られた中で、私は、我が至宝の幸福な日々を守り続けるために、その扉の前に立ち続けるのだ。

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