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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第016話 公爵夫人の審美眼

 ヴァルゼイド公爵家の次男、ユウを巡る環境は、もはや伝説的なレベルの過保護へと突入していた。


 周辺の貴族たちは、剣による威圧を避けるためか、より洗練された、そして何とも気の抜ける外交という名の武器を持ち出してきた。すなわち、子供同士の交流という名目の茶会である。


 表向きは『魔法を持たぬ不憫な公子に、同年代の友人を』というお節介な親切心だが、その実は公爵家の俺に恩を売り、あわよくば将来のコネクションを築こうという魂胆が丸見えだった。


 午後の光が差し込むサロンで、俺は母様の横で、次々と運ばれてくる招待状の山を眺めていた。母様の掌は優しく俺の頭を撫でているが、招待状を一通手に取るたびに、背後に立つ侍女たちが凍りつくような冷気を放っている。

 

「まあ、ユウ。また新しいお誘いが来ているわね。他家のご令息が、あなたと一緒に庭園で遊びたいそうですけれど。どう、お外の方々と交流してみたい?」

 

 母様はふんわりと微笑んでいるが、その指先は招待状の角をピリッと微かに破いている。母様にとって、俺の平穏を乱す可能性のある子供は、無邪気な天使ではなく、俺の時間を奪う小さな外敵に他ならないのだと思われた。


「母様、お気遣いありがとうございます。ですが、今はまだ外の方々と過ごすよりも、母様や兄様、姉様と教養を深める時間の方が、僕にとっては大切なんです」

 

 俺が母様の目を見つめて静かに答えると、彼女の表情は一瞬でとろけるような慈愛に染まり、招待状はそのままゴミ箱へと投げ捨てられた。

 

「ええ、その通りだわ。あなたの繊細な心を守るためには、騒々しい子供たちと無理に付き合う必要なんてないもの。ユウはただそこにいて、私たちに甘えていればいいのですよ」

 

 母様の全肯定ぶりに癒やされていると、部屋の扉が勢いよく開き、父様とゼノン兄様が乗り込んできた。


「ユウ、明日は少しだけ客人を招くことにした。お前を無能と嘲笑う愚か者たちに、公爵家の公子がどれほど愛されているかを直接見せつけてやらねば気が済まん!」

 

 父様の言葉は、社交というよりはもはや敵陣への殴り込みに近い。あまりにしつこい交流の打診に対し、公爵家の至宝がいかに手の届かない存在かを分からせて、二度目はないと釘を刺すつもりらしい。


「ゼノン、準備は万全だな?」

「もちろんです、父様。ユウの髪一本にでも触れようとする無礼者がいれば、僕の威圧で泣き崩れさせてやりますよ。これは交流ではなく、ユウに近寄る資格のない者を排除するための試験なのです」

 

 ゼノン兄様の瞳が怪しく光る。家族の会話はすでに、お茶会ではなく軍事演習のブリーフィングのようだ。



――――


 翌日、公爵邸の庭園には、特別に豪華な屋外サロンが設置された。そこには、アトウッド伯爵家、魔導具の権威であるチェスター家、名門文官のロウェル家など、領内でも力を持つ貴族の親子連れがひしめき合っていた。


 そして、その華やかな顔ぶれの端に、ひっそりと身を寄せている親子がいた。地方の貧乏貴族、フェルトン男爵家の令嬢リーゼロッテだ。彼女のドレスは丁寧な手入れがされているものの、他家の豪奢な衣装に比べればあまりに質素で、他の子供たちの嘲笑の的になっていた。

 

「見て、あの古臭いドレス。あんな貧乏人が公爵家のお茶会に来るなんて、場違いも甚だしいわね」

 チェスター家の令嬢が扇子で口元を隠し、聞こえるような声で嘲笑う。

 アトウッド家のレオも、鼻で笑いながらそれに応じた。

「おい、聞いたか?フェルトン家の魔法と言えば、せいぜい作物の育ちを数日早める程度の『農夫の魔法』だろう。魔法も家柄も持たぬに等しい者が、そんな矮小な力でユウ公子に何を献上するつもりなんだ?泥の付いた野菜でも持ってきたのかい?」

 

 周囲の子供たちがクスクスと下卑た笑い声を上げる中、リーゼロッテはただ静かに俯き、その屈辱に耐えていた。だが、その様子を高い場所から見下ろしていた俺や母様とサリア姉様の瞳が、氷よりも冷たく凍りついたことに、彼らは気づいていなかった。


 俺が父様に連れられて姿を現すと、広場に静寂が訪れる。

 

「ヴァルゼイド公爵家次男のユウだ。今日は挨拶だけにしておけ。ユウを疲れさせるような長話は、私が許さんぞ」

 

 父様の冷徹な第一声に、貴族たちは一様に肩を震わせた。


 まず最初に、アトウッド家のレオが勝ち誇ったような顔で前に出た。

「ユウ公子、お近づきの印に、我が家の秘蔵品である高純度の魔石を加工した玩具をお持ちしました。これさえあれば、魔法の使えない方でも、光と音の魔法を……」

 

 だが、レオがその魔石を差し出した瞬間、横に控えていたサリア姉様の手が動いた。


 パキィィィィンッ!


 乾いた音と共に、伯爵家の家宝とも言える魔石が、無慈悲にも粉々に砕け散り、ただの光らぬ砂へと成り果てた。

 

「あら、ごめんなさい。あまりに貧弱な魔力しか感じられない石ころだったから、私の指先が勝手にゴミだと判断してしまったみたい」

 

 サリア姉様は一切の悪びれもなく、冷ややかな微笑を浮かべてレオを見下ろした。贈り物そのものを、存在してはいけない不純物として粉砕するその苛烈さに、レオは顔を真っ青にして絶句した。


 続いて、チェスター家の令嬢が、震える手で最高級の刺繍が施されたハンカチを広げた。

「こ、こちらは、我が家に伝わる魔力銀の糸で編んだ……」

 

 言い切る前に、彼女の持つハンカチが、まるで内側から爆ぜるように真っ二つに裂けた。 ゼノン兄様が腰の剣に手をかけた刹那、放たれたのは鋭すぎる一閃。いや、視認することさえ叶わぬ超速の抜刀だった。

 切り裂かれたハンカチの断面からは、ゆらりと紫煙が立ち上り、そのまま音もなく灰になってしまう。

 鞘に納まる微かな金属音だけが、今の斬撃が幻ではなかったことを証明していた。

 

「ユウの肌に触れるものに、これほど下俗な呪力を含んだ糸を使うとは。我が弟を暗殺するつもりか?」

 ゼノン兄様の低く冷徹な声が響く。令嬢は悲鳴を上げ、その場にへたり込んだ。


 ロウェル家の少年が、自慢げに差し出した重厚な装丁の詩集。だが、彼が口を開くより早く、その書物は内側から噴き出した不可視の圧力によって激しく震動し始めた。


 次の瞬間、詩集は爆ぜるように四散し、無数の紙吹雪となって夜の庭園に舞い踊った。ゼノン兄様の抜刀を待つまでもない。母様が優雅に扇を動かした刹那、放たれた高密度の魔力が、物理的な質量を持ってその詩集を塵へと変えたのだ。


「ユウに文字を読ませ、視力を疲れさせるつもりかしら。我が子の瞳に映してよいのは、もっと価値のあるものだけよ。無礼にも程があるわね」


 舞い散る紙片は、母様の手のひらから漏れ出た紫の魔力に焼かれ、地面に落ちる前に虚空へと消えていく。母様の微笑みは、向けられた少年が恐怖で心臓を止めてしまいそうなほどに、冷酷で美しかった。

 

 贈り物という名の媚びを、ことごとく物理的・精神的に破壊していくヴァルゼイド家の面々。選民意識に凝り固まった貴族の子らが泣きべそをかく中、リーゼロッテが震える足取りで前に出た。

 

「ユウ公子……、フェルトン男爵家、リーゼロッテにございます。私のような者が、このような尊い場に伺った無礼、どうかお許しください。私には攻撃魔法も立派な家系もございませんが、領地の畑で今朝採れたばかりの、公子のお顔のように愛らしいひまわりの種を持ってまいりました」

 

 彼女は質素な布袋を差し出し、真っ直ぐに俺の瞳を見つめた。

 

「これを煎って、ご家族皆様でお召し上がりいただければ、心身ともに健やかになれると領民の間で評判なのです。魔法は植物を慈しむことしかできませんが、公子の健やかなご成長を願う気持ちだけは、この種に込めてまいりました」

 

 その瞬間、それまで彼女をバカにしていた貴族たちが『そんな安物を!』と騒ぎ出そうとしたが、それを制したのは母様の凛とした声だった。


「静かになさい!あなたたちの下品な嘲笑の方が、よほどこの場を汚しているわ」

 

 母様はゆっくりとリーゼロッテに歩み寄り、その小さな布袋を自らの手で受け取った。サリア姉様も隣に並び、優しく彼女の頭を撫でる。

 

「素晴らしいわ。他の誰もが自分たちの家柄や魔法の自慢ばかりする中で、あなただけがユウの身体を気遣ってくれたのね。魔法なんて、ユウを愛する私たちが使えれば十分なのよ」

「その通りよ。この種からは、とても清らかな愛情を感じるわ。ヴァルゼイドの次男に必要なのは、虚栄心ではなく、このような純粋な献身なの」

 母様と姉様がリーゼロッテを絶賛し、まるで本当の家族のように彼女をサロンの特等席へと招き入れた。


 

(ほう、他の家を徹底的に突き放すことで、彼女の謙虚さがより際立つわけか)


 

 俺は内心で彼女の幸運を称賛した。リーゼロッテをバカにしていた令息や令嬢たちは、公爵家の最有力者である二人に完全に睨まれ、もはや顔を上げることもできない。

 

「サリア姉様、母様。僕、彼女からその種の上手な食べ方を教えていただきたいです。大地の恵みの話は、本で読むよりもずっと楽しそうです」

 

 俺が静かに提案すると、二人は大喜びで頷いた。

 

「ええ、もちろんよ、ユウ!リーゼロッテさん、あなた今日からユウの特別なお友達として、いつでもこの邸に来てちょうだい。あなたがユウのために持ってくるものなら、何でも歓迎するわ」

 

 母様の言葉は、フェルトン男爵家にとって絶対的な後ろ盾となった。他の貴族親子が、嫉妬と絶望に満ちた顔で這々の体で追い返される中、リーゼロッテだけが温かな紅茶と最高級の菓子に囲まれ、俺たち家族との時間を過ごすことになった。

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