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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第014話 泥濘に沈む家

 王宮の煌びやかな午餐会場から、衛兵によって無残に引きずり出されたバートン子爵夫妻が辿り着いたのは、華やかな社交界とは対極にある、冷たく湿った石壁の牢獄であった。

 つい数時間前まで、彼らは最高級の服を纏い、他者の欠落を嘲笑う特権階級側にいた。金色のカトラリーを操り、芳醇なワインの香りに酔いしれながら、自分たちより劣ると断定した存在を攻撃することに、何の躊躇も抱いていなかった。

 しかし今、その身を覆うのは屈辱と、信じがたい現実に直面したことによる際限のない恐怖しかない。


「何かの間違いだ! 私は、私はただ、王国の将来を憂いて進言したに過ぎないのだぞ! 王室の血を引く公爵家に、あのような欠陥品が居座り続けることの危うさを説いただけだ! 出せっ! 今すぐに開放しろっ!」


 バートン子爵は、錆びた鉄格子の冷たさに爪を立て、喉を枯らして叫び続けていた。

 かつて高慢にユウを不良品と呼び捨てたその口は、今はただ見苦しく震え、汚れた泡を吹いている。

 その隣の独房では、子爵夫人が泥に汚れた扇を握りしめたまま、うつろな瞳で虚空を見つめていた。その美しいはずのドレスは引き裂かれ、もはや高貴な身分の面影はどこにもない。


「あんな、あんな片腕の、魔力も持たない子供一人のために……。どうして我が家が。どうしてこの私が、こんな家畜のような扱いをされなければならないの……」


 夫人の呟きは、もはや正気を保てぬ者の呻きに近かった。

 彼女たちには、最後まで理解できなかったのだ。ヴァルゼイド公爵家の次男という存在が、王家にとっていかに侵すべからざる聖域であるか。そして、実の兄弟である国王と公爵ガルドの関係が、どれほど強固な絆で結ばれているかを。

 彼らはただ、魔法の才能の有無という、自分たちが信奉する浅はかな物差しで世界を測り、眠れる獅子の喉元を全力で踏み抜いたのである。



 バートン夫妻が獄中で絶望に暮れている間、バートン子爵領ではさらに苛烈な清算が進行していた。

 公爵家当主、ガルド・ヴァルゼイドの怒りは単なる個人への処罰では収まらなかった。ヴァルゼイド家の誇りである獅子の軍旗は、正式な領地没収の勅命を待つことさえ拒み、バートン領の境界線に黒い鉄壁のような陣を敷いた。


「バートン家の息の根を止めろ!我が息子を侮辱した報いだ。一粒の穀物、一枚の金貨、一滴の水さえ、あの腐った血筋に流れることを許すな。奴らの権利をすべて剥奪せよ」


 ガルドの冷徹な命令は、軍の精鋭たちによって即座に実行された。

 バートン領へと続くすべての街道は物理的に封鎖され、物流は完全に遮断される。

 さらに、母親であるエレインが個人的に雇用している特級魔導師部隊が、バートン家の唯一の収益源である鉱山周辺の地脈術式をことごとく書き換えた。

 

 昨日まで黄金を産んでいた地層は、一瞬にして硬質な岩塊へと変質し、生産不能の状態に追い込まれる。

 これはもはや報復という言葉すら生温い。一つの家系を、歴史の表舞台から、そして人々の記憶から物理的・経済的に消滅させるための組織的抹殺である。



 バートン家の長男は、王都の別邸でこの凶報に接した際、あまりの恐ろしさにその場で腰を抜かしたという。

 彼はすぐさまヴァルゼイド家へ、額が割れるほどの土下座を伴う謝罪の書簡を送ろうとしたが、その使者は公爵邸の重厚な門を潜ることすら許されなかった。


「ご子息様を傷つけた罪は、お前たち一族の血の一滴、領地の土一塊をすべて捧げたところで償えるものではない。貴様らの謝罪など、ユウ様の耳を汚すだけのゴミに等しい。失せろ!」


 門番にすらそう吐き捨てられ、バートン家の威信は完全に地に落ちた。

 王都に住む他の貴族たちも、手のひらを返したようにバートン家との縁を絶った。国王陛下自らが、午餐の席でユウを『私の最も愛おしい甥』と公言し、その場で処罰を決定したのだ。バートン夫妻に味方することは、ヴァルゼイド公爵家のみならず、王権そのものに叛旗を翻すことと同義だったからである。



 数日後、不敬罪および反逆予備罪として、国王からの正式な沙汰が下された。

 バートン子爵家の爵位剥奪。

 全財産の没収、および血族全員の王都からの永久追放。

 そして、首謀者である夫妻に対しては、自らが『飼い殺し』を提案した皮肉を返すように、王立鉱山での終身労働という、死よりも過酷な罰が言い渡された。


「あ、あああ……っ! そんな、そんな殺生な! 陛下、陛下ぁ! 私はただ、忠義から申し上げただけなのです!」


 判決を聞いた子爵の悲鳴が王宮の回廊に虚しく響いたが、それに応える者は誰もいなかった。

 彼らが『不自由な身を案じて』と嘯きながら提案した残酷な言葉は、呪いのように自分たちの運命へと返ってきたのである。彼らが無能と嘲笑ったユウは、今この時も、最高級の羽毛布団に包まれ、家族の愛に守られて安らかに眠っているというのに。



 バートン家の豪奢な屋敷が差し押さえられ、代々の家財が塵のように運び出される様子を、遠くの丘から冷ややかに見守る視線があった。

 ヴァルゼイド家の嫡男ゼノンは黒い軍馬に跨り、没落していく家系の末路をその鋭い瞳に焼き付けていた。


「ユウを傷つける不浄は、たとえ塵一つであってもこの世に残してはならない。父様も母様も、これでもまだ甘すぎるほどだ。追放など、数十年経てば忘れ去られる。それでは不十分だ」


 ゼノンの呟きには、もはや騎士としての誇りを超え、狂気すら孕んだ守護の意志が宿っていた。

 彼はバートン家の残党や傍系が、数十年後の将来において、万が一にもユウの脅威にならぬよう、密かに自身の『影』の部隊を動かしていた。追放された者たちが国境を越える前に、事故や病、野盗の襲撃といった名目で、その血筋の根絶を完遂しようとしていたのである。


 サリアもまた、自らの得意とする広域結界魔法を用いて、バートン領の主要な水源を封鎖した。彼女が編み上げた術式により、その地の水はバートンの血を引く者にだけは決して喉を潤さぬ毒となる魔法であった。


「あんな汚らわしい言葉をユウに吐きかけた唇が、清らかな水で潤うなんて許せないもの。奴らには、自分の過ちを乾きの中で後悔し続けてもらわなきゃね」


 こうして、王都にその名を連ねていたバートン子爵家は、わずか数日のうちにその存在をこの世界の理から消し去られた。

 人々の記憶に刻みつけられたのは、公爵家の不憫な子に手を出した者が、どのような惨鼻な末路を辿るかという、血塗られた教訓だけである。



 その日の夜、嵐のような粛清が外で行われていたことなど微塵も感じさせない、ヴァルゼイド公爵邸。

 何も知らないユウは、母親の膝の上で、幸せそうに微笑んでいた。


「ユウ、今日はぐっすり眠るのですよ。嫌なことは全部、父様と母様が遠くへやってあげましたからね。明日からはもっと、素敵なことだけが待っていますよ」


 母様は優しくユウの銀髪を撫で、その小さな耳に愛の言葉を囁き続ける。

 ユウの周囲に築かれた、過保護という名の絶対的な聖域。

 その外側で、一つの家系が泥濘に沈み、断絶したことなど、この楽園の住人たちが気にする必要は微塵もない。


 銀色の月光が窓から差し込み、不自由な右手を握り返すユウを、家族たちはただ慈しみ、崇めるように守り続ける。

 不憫な子を巡る狂おしいほどの情愛は、これからも彼を害する可能性のあるすべての事象を容赦なく踏み潰すことだろう。


 こうして、ヴァルゼイド公爵邸には、今日もまた深く、静かな夜が訪れる。

 ユウが再び目覚める時、そこには彼を傷つける言葉も、悪意に満ちた視線も、何一つ残っていない。家族の愛によって完全に洗浄された世界だけが、彼の前に広がっているのだった。

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