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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第013話 無色の価値

 ヴァルゼイド公爵家の次男、ユウが無属性であるという報せは、瞬く間に王都の貴族社会を駆け巡った。

 それは武門の誉れ高い公爵家にとって致命的な弱点であると、浅はかな野心を持つ者たちの目には映ったらしい。


 春の陽光が穏やかに差し込む中、王宮で開催された午餐会に俺は父様と母様に連れられて出席していた。

 左腕の欠損に加え、魔法の才能すら欠いた哀れな公子。

 そんな好奇の視線が突き刺さる会場で、俺は母様のドレスの裾を右手でぎゅっと握り、怯える幼子を完璧に演じていた。


「あら、まあ。これが噂の次男様ですか。左腕に続いて魔法の属性までも失われるとは、神もおいたわしい試練を与えられるものです。これでは公爵家の輝かしい系譜も、泥を塗られたも同然ですわね」

 

 背後から、わざとらしい同情を装った声が響いた。

 振り返れば、公爵家と領地を接し、長年対立関係にあるバートン子爵夫妻が、醜悪な笑みを浮かべて立っていた。


「魔法こそが貴族の証。その証を持たぬ者が、あろうことか武門の頂点たるヴァルゼイドの名を継ぐとは。他国の笑い草にならぬか、私の方が心配で夜も眠れませんよ」

 

子爵が嘲るように言えば、隣に立つ子爵夫人も扇で口元を隠しながら、勝ち誇ったような声を重ねる。


「本当に。いっそ表に出さず、奥底でひっそりと飼い殺しにされるのが、この子の唯一の幸せではありませんか?このような不良品を抱えていては、公爵家の名声に傷がつくことでしょうね。欠陥だらけの子供などヴァルゼイドの名に相応しくありませんわ。これほどまで無能な子を連れ歩くのは、もはや一種の晒し者ですわね」

 

 夫妻の言葉は、表向きは案じている体だが、その実、公爵家の血統を汚点として罵る卑劣な挑発に他ならない。

 俺はわざとらしく母様の背後に隠れ、震える振りをしながらじっと耐えていた。


「口を慎め、バートン!貴殿ら夫妻が我が息子、ユウにその汚らわしい言葉を向けたこと、ヴァルゼイド公爵家への宣戦布告と受け取らせてもらおう!」

 

 父様の地を這うような低い声が会場を凍りつかせた。

 父様の周囲には、戦場で数千の敵を屠ってきた猛々しい威圧感が物理的な熱量となって渦巻き、夫妻の薄汚い笑みを一瞬で剥ぎ取った。

 父様にとって、俺の身体的欠陥や属性の有無などは、俺という存在の価値をいささかも損なうものではない。

 むしろ、守るべき愛しき者の弱さこそが、彼の守護欲を極限まで引き出している。


「……そ、それは言葉が過ぎました。ですが、公爵閣下。事実は事実。王国の将来を担う貴族として、不具者が家系に連なることは、王国全体の恥辱……」

「黙りなさい!」

 

 母様、エレインが、普段の慈愛からは想像もつかない冷徹な声で遮った。

 彼女の瞳には、愛する我が子を傷つけられたことへの、静かな、しかし苛烈なまでの怒りが宿っている。

 母様は俺を抱き寄せ、その柔らかい掌で俺の耳を塞ぐように覆った。


「我が子ユウを侮辱することは、私がこの命に代えても許しません。バートン子爵、そして夫人。貴殿らの家系はこの瞬間からヴァルゼイド領とのすべての交易を遮断し、徹底的に経済的な報復を加えさせていただきます。不服があるのなら戦場で直接、旦那様に語るがいいわ。それとも、私の魔法でその醜い舌を二人まとめて焼き切ってあげましょうか?これ以上、ユウの耳に汚らわしい言葉を一言でも入れたら、領地ごと地図から消してあげます」

 

 家族の苛烈なまでの守護に、周囲の貴族たちは息を呑み、後ずさりした。

 ヴァルゼイド家は、俺を不憫な子として憐れんでいるのではない。

 何物にも代えがたい至宝として、全世界を敵に回してでも守り抜くと、その誇りに懸けているのだ。

 俺は母様の腕の中で、じっとその胸の激しい鼓動を感じながら、ただ静かに時を待った。


 そこへ、会場の最奥から重厚なトランペットの音が響き渡った。

 国王陛下と、その第一王子である王太子の入場が告げられたのだ。

 先ほどまでの不穏な空気を一変させるような、圧倒的な王威が会場を満たしていく。

 国王は、まっすぐに俺たちの元へと歩み寄ってきた。

 彼は膝を突き、俺と同じ目線になると、その厳格な相好を崩して優しく微笑んだ。


「ユウよ、久しぶりだな。今日は少し、騒がしい思いをさせたようだ」

「陛下、お久しぶりです。僕は大丈夫です」

 

 俺が答えると、国王は満足げに頷いた。

 だが、彼が視線をバートン夫妻へと転じた瞬間、その眼差しは真冬の氷のように冷たく研ぎ澄まされた。


「バートンよ。余は先ほどの会話は、すべて聞き届けている。貴殿らは、余の弟であるヴァルゼイド公の息子を不良品と呼び、王国の恥辱と抜かしたか。その夫人に至っては、()()()()とまで口にしたな。余の甥を辱めることは、すなわちこの王室の血筋そのものを否定することと同義である」

「へ、陛下……それは、王国の魔法至上主義を鑑みての進言で……まさか、そこまで……」

「黙れ!ユウは、余が直々にその類まれなる知性を認めた特別な甥である。左腕なきことも、魔力なきことも、この国においては何ら損なわれるべき価値ではない。貴殿らのような、卑小な物差しでしか人を量れぬ者が王宮にのさばることこそ、余にとって耐え難い恥辱である。バートン夫妻共々即刻この場から失せよ。貴殿の爵位と領地については、本日をもって没収とし、極刑に値する不敬罪として沙汰を下す。二度とその不愉快な顔を余の前、そしてユウの前に見せるな!」

 

 王族の怒りは、国家という巨大な重みを伴ってバートン夫妻を圧砕した。

 実の兄である国王が、弟である父親と、その息子である俺を侮辱されたことに文字通り激怒したのである。

 夫妻はその場に膝から崩れ落ち、顔面蒼白となって震える声で許しを請うたが、国王の決断が覆ることはない。

 衛兵たちに引きずられていく夫妻の叫び声は、冷徹な王威によって即座にかき消された。

 王太子ウィンザーもまた、冷ややかな視線を夫妻の背中に投げかけながら、俺の右手を優しく握った。


「ユウ、君を不自由にさせるものは、この国には存在しない。君を傷つける言葉を吐く者は、従兄である僕が一人残らず排除しよう。君はただ、その聡明な瞳で僕たちの未来を見守っていてくれればいい。あのような愚か者の言葉に、心を痛める必要など微塵もないのだよ」

「ありがとう、ウィンザー兄様。僕は気にしてないよ」

 

 王族からのあまりにも過保護な言葉に、会場にいたすべての貴族が悟った。

 ヴァルゼイド公爵家の次男は、たとえ何一つ魔法が使えず、腕がなくとも絶対に触れてはならない。この国の王権そのものが守護する絶対の存在なのだと理解する。

 俺は周囲の畏怖に満ちた視線を感じながら、母様の温かな胸の中で、ただ静かに息を吐いた。



 午餐会が終わり、馬車で家路につく道中、母様は俺をずっと膝の上に抱いたまま離さなかった。


「ユウ、怖かったわね。あんな醜い言葉、二度と耳に入れさせません。ユウを傷つける者は、たとえ誰であろうと私たちが地獄の底まで追い詰めてあげますからね」

「うん、母様。でも怖くなかったよ。だってみんながいてくれたもの」

 

 俺がそう言って微笑むと、父様もゼノン兄様も、サリア姉様も、皆一様に安堵の表情を浮かべた。

 彼らの愛は、俺にとって心地よい守りの檻であり、同時に最高の隠れ蓑だった。

 魔法が使えないという欠点があるからこそ、彼らは俺を全霊で守り、俺の自由を保証してくれる。


 今回は、俺がパサージュの鍵を使うまでもなかった。

 俺を囲む過保護の壁は、すでに一つの暴力的なまでの巨大な力となって、俺の敵を勝手に排除してくれたのだから。


 邸宅に戻ると、俺は自室で一人、窓の外に広がる星空を見上げた。

 左肩の奥にある力を使わなくとも、世界は俺を中心に、俺を守るようにして回り始めている。

 俺が望めば、誰の手も汚さずに平和を享受できる。


 だが、今の俺が感じるのは、守られるだけの子供としての充足感と、その裏側にある、何物にも代えがたい家族の愛の重みだった。


(温かなスープの味と、母様の柔らかな手の感触。それらを守るためなら、この世界の因果さえも自らの手で書き換えてやろう)

 

 独り言は夜の闇に吸い込まれ、俺の心は穏やかな充足感に満たされた。

 俺を無力な御子として崇め、守り抜こうとする家族たちの過保護は、今日もまた穏やかに加速していく。


 俺は自身の右手を、何も存在しない左肩にそっと添えた。

 そこにはかつて失った絶望の象徴ではなく、今や世界そのものを改変することができるパサージュの鍵が宿っている。


 魔法を持たぬ不憫な息子。

 その評価こそが、俺を世界の監視から遠ざけ、平穏を育むための完璧な揺り籠となるだろう。


 不自由であることの幸運を、俺は心の底から噛み締めながら、深く静かな眠りについた。

 すべては、この愛おしい過保護の日々を永遠にするために……。

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