第103話 礎の断罪
王都中央広場の石畳の上に引きずり出されたバルト伯爵の姿に、かつての豪奢な暮らしと傲慢な権勢を誇った面影はない。支給された粗末な囚人服は脂汗で汚れ、王都の民衆が見守る前で、その顔は恐怖と憤怒が入り混じった土色に歪んでいた。
壇上の傍らには、父様が、その巨躯を漆黒のマントに包んで泰然と立っている。戦場を幾度も潜り抜けた父様の放つ威圧感は、それだけで広場の空気を押し潰すかのようだった。
その隣には、俺、そして冷徹な視線で伯爵を射抜くゼノン兄様、さらに魔導の輝きを瞳に宿し、指先で不可視の魔力を弄ぶサリア姉様が並び、逃げ場のない審判の時を待っていた。
「バルト伯爵。貴様の罪状はもはや、空間の横領や脱税といった生ぬるいものでは済まぬ。王都が禁じた奴隷売買、そして国を揺るがす軍事情報の秘匿……。貴様が邸宅の地下に築いたのは、王都の健全な発展を食い物にし、腐敗を撒き散らす癌細胞そのものだ」
父様の低く地を這うような重厚な声が広場に響き渡る。その一言一言が、伯爵の罪を断罪する楔となって打ち込まれていく。
伯爵はガタガタと歯の根を鳴らし、膝を震わせながら、縋るように叫び声を上げた。
「お、お待ちください!私がいなければ、王都の物流の半分は滞るのですぞ!私を殺せば、経済が混乱し、民が飢えることになりますぞ!ヴァルゼイド公爵、貴方ならわかるはずだ。清濁併せ呑むのが貴族の務め。私にはまだ、使い道があるはずだ……!」
「使い道ねぇ」
俺が一歩前に出ると、伯爵は毒蛇を間近で見たかのような目を剥き、激しい憎悪を剥き出しにした。
「貴様のような不具の小童に何がわかる!測量だの設計だの、小賢しい遊びで私を追い詰めおって……!その欠けた左腕と共に、大人しく部屋の隅で震えていればよかったものを!」
「ハハハハ、小賢しい遊びか。お前が家畜のように檻に閉じ込め、泥水を啜らせていた者たちの目には、僕たちの設計こそが明日への道標に見えているんだよ。お前が私欲のために不当にねじ曲げ、隠蔽し続けた王都の構造を、僕たちは建築よって正しく組み直す。その過程で、お前という不純物を排除するのは当然の帰結だ!」
俺の冷徹な宣告に、周囲の近衛兵たちさえ息を呑む。
「黙れ!餓鬼が私を教育するなど、一万年早いわ!」
伯爵が狂ったように吠える。その見苦しい醜態を見つめていたサリア姉様が、優雅な足取りで壇上の中央へと進み出た。彼女の白い指先が虚空をなぞると、どす黒い魔力が糸のように紡がれ、瞬く間に伯爵を取り囲む複雑な魔法陣を形成していく。
「死を与えるのは、あまりに慈悲が過ぎるというもの。貴方のその濁った声も、醜い欲望も、すべて無機質な沈黙の中に閉じ込めてあげましょう。この街の風景の一部として永遠にね」
サリア姉様の鈴を転がすような、それでいて芯まで凍り付くような冷ややかな声が響く。
「なっ……永久固定だと!?よせ、サリア様!やめてくれ!それは肉体を石に変え、意識だけを永久に閉じ込めるという呪いではないか!だ、誰か陛下、陛下をお呼びしろ!公爵、頼む、領地も爵位もすべて譲る!命だけは、自由だけは奪わないでくれ!」
「見苦しいな、バルト」
ゼノン兄様が吐き捨てるように言う。
「貴様が地下に繋いでいた男女が、どれほどの間、自由を求めて叫んでいたか考えたことがあるか?貴様は彼らの絶望を無視し、娯楽のように扱った。今度は貴様の番だ。どれほど内側で叫ぼうと、外には何一つ漏れはしない。……サリア、始めてくれ」
サリア姉様が口角をわずかに上げ、扇を広げるような仕草で魔力を解放した。
「ええ。最高の彫像に仕上げてあげるわ。一生、壊れることのない美しき不変を」
姉様が指を弾くと、伯爵の足元から、這い上がるような鈍色の光が溢れ出した。
「やめろ!離せ!貴様ら、私が誰だと思っている!私は伯爵だ!この国の血脈を握る高貴なる一族だぞ!ユウ・ヴァルゼイド、貴様を呪って――」
伯爵の叫びが、物理的な衝撃となって大気を震わせる。だが、サリア姉様の術式は完璧だった。足首が石に変わり、膝が固まり、腰が冷たい無機物へと変質していく。
「暗い。冷たい。なぜだ、なぜ体が動かぬ!嘘だ、こんなことがあってたまるか!お前さえ、お前さえ現れなければ……!その欠けた左腕と共に地獄へ落ちろ!呪ってやる、末代まで呪ってやるぞぉぉ!」
最後に首筋が石に覆われ、喉が硬直した瞬間、伯爵の怒号は物理的に断絶した。広場の中央には、天を仰いで絶叫するポーズのまま、一滴の涙さえ石に変わった、無残な男の石像だけが残された。
サリア姉様は満足げに微笑み、その石像の頬を冷たく、慈しむように撫でた。
「いい表情ね。……さあ、ユウ。この極上の素材をどう使うのかしら?」
「ええ。最高の学校の最高の礎になってもらいます」
それから数ヶ月後。
かつての伯爵邸跡地には、白亜の壁と美しいアーチを持つ『礎の教育院』が、俺の設計によって完成していた。
その正門の足元には、一つの奇怪な境界石が据えられている。
広場で絶叫していた伯爵の石像は、術の再構成によって建材へと無残に加工された。彼は門の通過口を塞ぐように、腹を地面に密着させた屈辱的な四つん這いの姿勢で、半分ほど地面にめり込んだ状態で固定されている。
彼の両肩と両膝の上には、教育院の重厚な鉄門を支える巨大な支柱が、関節を粉砕するような重圧を伴って垂直に深く打ち込まれていた。
さらに、地面からはみ出していた後頭部から背中、臀部にかけての肉厚は、周囲の石畳と完全に面を合わせる高さになるまで、水平に、かつ冷酷に削り取られている。
今や彼は、門をくぐる者が必ず踏み抜く敷居の一部と化していた。石畳の中に、人の顔の輪郭や背中のラインが、断面として地面に張り付いているその異様な光景は、登校する生徒たちの間で門番の石像さんとして親しまれるようになっていた。
「貴様ぁ……ユウ・ヴァルゼイド……!私を地面に埋め込み、体の一部を削り取って道にするなど……!重い、この支柱が関節を抉る!なぜだ、なぜこんな汚い靴底が私の顔面を、背を、絶え間なく踏み荒らしていくのだ……!」
石の中に閉じ込められた伯爵の意識は、己の肉体を直撃する無数の足音に狂いそうになる。視界はほぼ失われ、ただ門から伝わる絶望的な重量と、後頭部を蹴り上げるような衝撃だけが彼の世界を構成している。
やがて、朝を告げる清らかな鐘の音が王都に鳴り響いた。
「おはよう、石像さん!」
「今日も一日、頑張ろうね!」
元気な子供たちの声が頭上で反響する。
かつて彼が”家畜”と呼び、檻に閉じ込めていた者たちの遺児や、貧民街から通う若者たちが、ピカピカに磨かれた靴で、地面に張り付いた伯爵の顔や背中の断面を力強く踏み締め、笑顔で門をくぐっていく。
「あ、この石像さんのところ、昨日雨が降ったから少し泥がついてるね。ゴシゴシ洗ってあげようよ」
「いいよ、どうせ丈夫な石なんだから。みんなで踏んづけて綺麗にしようよ。ほら、ここが一番ツルツルしてて踏みやすいし!」
「掃除だと!?洗うだと!?貴様ら、ゴミ虫風情が私の顔の上を歩き、私の背を土足で踏み荒らすな!殺してやる、その足を噛み切ってやる……!あぁ、なぜ動かぬ、なぜ私の口は石畳の一部となって開かぬのだ……!」
石になった伯爵は果てしない屈辱に身を悶えさせる。だが、彼がどれほど内側で呪詛を吐こうとも、子供たちの靴にその声が届くことはない。
自分が見下していた者たちのための礎となり、彼らの未来の足音を全身で受け止め、繁栄を最底辺から支え続けなければならない。
門の向こう側では、若き生徒たちがノートを広げ、新たな知識を吸収し合っている。
その活気に満ちた、希望溢れる光景こそが、伯爵にとっては何よりも残酷な終わりのない処刑だったのである。
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