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欠落の聖遺物(レリック) 〜神の鍵束は、僕の左腕に宿る〜  作者: スフィーダ


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第098話 礎の街 ~国王エドマンド視点~

 着工から一週間。かつては、王都の掃き溜めとまで呼ばれたスラムは、今や一つの巨大な生き物のように力強く脈動していた。

 そこら中に転がっていた瓦礫は、もはやただのゴミではない。ユウが定めた細かな役割に従って、大きさごとに分けられ、石を砕く機械によって粒を揃えられた後、新しい街の土台を固めるための大切な材料に生まれ変わっている。


 雨が降るたびに足を取られていた泥沼の上には、何層もの砂利が厚く敷き詰められ、水が溜まらない工夫が凝らされている。その上を覆う重い石板は、一分の隙間もなく並べられ、余の愛馬が力強く踏みしめてもびくともしない。かつての死に場所と呼ばれていた場所は、今や王都で最も頑丈で、最も使い勝手の良い道へと作り替えられつつあった。


 だが、そのあまりに整いすぎた光景を、『気味が悪い』と見て、震え上がる者たちがいる。


 余の視察についてきた文官たちだ。彼らにとってのスラムとは、汚れた弱者が地面を這い、憐れみを乞いながら食べ物を待つ、どうしようもない場所でなければならなかった。彼らの考えでは、体の不自由な者に価値などなく、ましてや国を作る戦力になるなど、あってはならない不吉な光景だったのだ。

 しかし、彼らが目にしたのは、王宮のどの役所よりも無駄がなく、恐ろしいほど正確に、そして黙々と動く集団の姿であった。


「……あり得ない。なぜ、あのような連中が、これほど見事に動いているのだ。まるで魔法で操られた死人の列を見ているようだ」


 一人の文官が、顔を青くして呟いたのを余の耳は拾った。

 広場を見渡せば、ユウの部下である証の『銀の腕章』を巻いた住人たちが、一言も喋らずにそれぞれの持ち場で一心に作業をこなしている。

 一人が重い石を置けば、次の者がすぐにそれを引き継ぐ。その動きには一切の迷いも、サボろうとする心もない。スラム全体がユウという一人の男の頭脳に操られ、一つの大きな道具になったかのように感じるほどだ。

 その完璧すぎる美しさを、自分たちは賢いと思い込んでいる文官たちは、人間味のない恐ろしいものと感じ、本能的に拒絶していた。


 そして、その異様な空気を、余もまた、重い沈黙の中で見つめていた。


「……ユウよ。これは、あまりに酷ではないか?」


 重厚な外套を揺らし、余が愛馬から降り立つと、ユウは淡々と、決まり通りの深い礼をした。だが余の心のモヤモヤは晴れない。余の視線は、現場で動く道具の一部と化した住人たちに突き刺さっていた。余は、目の前を通り過ぎようとした一人の男を指し示した。


 その男の背は、長年の苦しい生活のせいで曲がったまま固まっている。さらに、右の足は付け根から失われていた。

 普通の街であれば、道端に座り込んで小銭を恵んでもらうしかない終わったはずの身体だ。だが彼は杖もつかず、ユウが作らせたという背の低い台車に身を預け、必死に、それでいて確かな速さで重い石を運んでいる。失った足の代わりに、上半身を揺らす勢いだけで台車を自由自在に操り、力強く坂を駆け上がっていく。


 その必死な姿は、余の目には救いではなく、『死ぬまで部品として使い潰される、呪われた奴隷の労働』に見えてしまった。


「ユウよ、お前の才能は信じている。だが、これほど傷ついた者にこれ以上の重労働をさせるのは、余の心が許さない。彼らにはゆっくり休める場所を与えよ。この工事は、元気な王宮の兵士たちに任せるべきだ。お腹いっぱいの食事と清潔な寝床を与え、静かに余生を過ごさせる……。それが、国が彼らに与えるべき本当の優しさであり、彼らにとっても幸せなはずではないか?」


 これは王としての責任であり、そして一人の伯父としての、純粋な優しさのつもりであった。

 だが、余の言葉が広場に響いた瞬間、現場の空気が一気に凍りついた。


 ハンマーを叩く音が止まり、滑車のきしむ音が消える。

 銀の腕章を巻いた住人たちが、一斉に動きを止めた。彼らの瞳に、暗い感情が広がっていくのが見えた。



 その沈黙を破り、ユウのそばにいたリーゼロッテが、震える手で任命書を握りしめ、一歩前に出てきた。


「……あ、あの、陛下……。それは、その……」


 彼女は最初、消え入りそうな声でおどおどとしていた。余の放つ王としての重圧に負けそうになっているのか、あるいは王に逆らうという恐ろしい行いに足がすくんでいるのか。彼女の細い膝はガクガクと震えていた。指先は、紙が破れるほど強く握りしめられ、視線は地面を泳いでいた。

 周りの文官たちが、『何を言い出すんだこの小娘は』と馬鹿にしたような顔をする中、彼女は喉を鳴らし、深く息を吸い込んだ。


 だが、彼女が顔を上げた瞬間、その瞳に宿ったのは、かつて見たこともないほどに強く、燃えるような決意の光であった。


「いいえ、陛下!それは本当の優しさではありません!彼らから生きる誇りを奪う、何よりも残酷なことでございます!」


 彼女の声は、だんだんと力強くなり、最後には広場全体に響き渡る叫びとなった。


「陛下は、彼らがユウ様の設計にどれほど救われ、どれほどのやる気で働いているかをご存じないのです!彼らが求めているのは、かわいそうだと言ってもらう施しのパンではありません!自分の手で、この不自由な体でさえ、国を支える土台になれるという実感なのです!それを奪うことが、本当に王様の優しさだというのですか!」


 あまりに激しく、そして余の考えを真っ向から否定する彼女の言い草に、ついてきた文官が顔を真っ青にして叫んだ。


「リ、リーゼロッテ様、陛下に対して失礼だぞ!身体の不自由な者たちを甘やかし、決まりを乱すなど、王家の名に傷がつく!これ以上の不敬は許さない――」


「黙れ文官!これは余と、余が認めた監察官の話だ。お前が口を挟むな!」


 余は、リーゼロッテを睨みつけた文官を、一瞬で黙らせるような目つきで一喝した。

 余はこの娘の性格を、小さい頃からよく知っている。内気で、いつもユウの後ろに隠れていた少女だ。だが、今の彼女は違う。王という逆らえない相手を前にして、逃げるどころか正面から余の喉元に噛み付いてみせたのだ。

 余は、その驚きと嬉しさを噛みしめるように、少しだけ口の端を上げた。


「文官よ。自分の立場を守るためにペコペコし、口先だけで調子を合わせる者より、自分の信じることのために死を覚悟して声を上げる者の方が、余は信じられる。違うか?」


 余に直接叱られた文官は、蛇に睨まれた蛙のように固まって地面に伏せた。

 余は再びユウと、まだ少し肩を震わせながらも、まっすぐ前を向いて立つリーゼロッテに向き直り、穏やかに微笑みかけた。


「さて。未来の親戚にここまで言われては、余も王としての意地を張るわけにはいかないな。……よかろう、ユウ。お前たちが信じる結果とやらを、余に見せてみろ。口先の説明ではなく、この現場の真実でな」


 ユウは静かに頷き、余を現場の奥深く、最も厳しく、そして最も皆の力が一つになっている心臓部へと案内してくれた。

 そこで余が目にしたのは、王宮の書斎では決して見ることのできない命の爆発であった。


 目が見えない老人が、冷たい岩壁に耳を当てている。彼は地下を流れる水の微かな震えを音で聞き分け、どこを掘ればいいのか的確に指示を出していた。

 脚が動かない男たちが、ユウが作った坂道と車輪を見事に使いこなし、何人もの兵士でなければ運べないような大きな石を、指先一つの操作で目的地へ滑らせている。

 そこには、自分の不自由さを嘆いている者など一人もいなかった。彼らはそれぞれの欠けた部分を、この大きな街を作り上げるための、自分だけにしかできない役割に変えていたのだ。


「陛下。ここでは腕力だけが価値ではありません。私の考えを理解し、少しの狂いもなく持ち場を守るという強い心。それこそが、この場所を作る一番の材料なのです。彼らは今、王様の助けを待っているのではありません。自分の手で陛下を、そしてこの国を助けているのです」


 ユウの言葉を聞きながら、余はしばらく何も言わず、銀の腕章を光らせて働く住人たちの姿を見つめ続けた。

 その額に光る泥混じりの汗も、岩に削られて血が滲んだ指先も、すべてが王都の未来を支える、何よりも尊い土台に見えた。


「ユウよ、余を広場の中央へ連れて行け。この場にいる者すべてを集めるのだ」


 余の命令に、ユウは静かに頷き、合図を送った。

 すぐに作業の音が止まり、広場には数千人もの銀の腕章を巻いた者たちが集まった。

 手足がない者、顔に大きな傷がある者、かつてはスラムのゴミと呼ばれた者たちだ。彼らはみんな緊張し、また王様から追い出されるような言葉を言われるのではないかと、息を呑んで待っている。


 余はユウを右に、リーゼロッテを左に立たせ、目の前の民たちを見渡した。

 そして、腹の底から響くような大声で宣言した。


「みんなに問う!この場所を何と呼ぶべきか!これまでは馬鹿にされてスラムと呼ばれてきた。だが、お前たちの働きを見て、余は確信した。ここはお前たちが自分の誇りで勝ち取った、聖なる場所であると!」


 余は腰の剣を抜き、冬の太陽の光を反射させて高く掲げた。


「ユウ、そしてここに集まった戦友たちよ!この場所を、王都を、そしてこの国を支える変わることのない土台……、『礎の街』と名付ける!この名は余一人が決めたものではない。お前たちの流した汗と、ユウの知恵、そしてリーゼロッテの勇気が導き出した当然の名前であるのだ!」


 余の声が広場に響き渡ると、一瞬の静けさの後、地面が揺れるような大きな喜びの声が上がった。

 男たちは泣き、お互いの不自由な体を引き寄せ合って抱き合い、空に向けて汚れた拳を突き上げた。彼らは今日、初めて”かわいそうな人”としてではなく、この国を支える”大切な一人”として王に認められたのだ。


 彼らの吠えるような声を背中に受けながら、余は確信した。

 このスラムは、もうスラムとは呼べない。ユウとリーゼロッテ、そしてこの民たちが、足りないところを補い合いながら作り上げる、我が国で最も強い心臓なのだ。



「……あぁ、計画通りだ」


 ユウが小さく呟いたのを、余は聞き逃さなかった。

 この甥、やはりただ者ではない。国王である余をここまで動かすことすら、彼の設計図に含まれていたというのか。

 余は満足げに頷き、再び馬に跨った。礎の街。その名に恥じぬ未来を、余は特等席で見届けさせてもらうとしよう。

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