いくつかの事件⑧
要するに、帽子をかぶったその若者(以下、Wと記載)は、言葉を額面通りに受け取るならば、どうやら宅配業者の配達員ということらしかった。確かによく見ると、茶色の紙で覆われた小包のようなものを左手で掴んで持っている。だがもちろん、そいつの話を馬鹿正直に鵜呑みにしてしまうというわけにもいくまい。むしろ「配達時間のおかしさ」という点からすれば、そいつが偽物である可能性は十分に考慮されておかなければならない。つまり今この場に「配達員」が現れることは、むしろ逆にそいつが本物の配達員でないということの証明となるということだ。
そしてもちろんここで言う「本物の配達員でない」とは、「襲撃犯である」ということの裏返しとしてある。つまり、やはり、ついに来た、というわけだ……。
私が正体を看破していることに気づいていないのか、少なくとも表面上は呑気なことに、Wはさらに同じ文言をゆっくりと繰り返した。
「え……っと、だから受け取り印、いただけますか?」
相手の出方を窺うため、私もまた、一応話に乗ってやることにした。
口調を変えて強めに追求してみる。
「今更いったい何の用だ? 今何時かわかってんのか?」
するとWは早くも「配達員」の演技に嫌気が差したのか。即座に土下座して地面に額を擦り付けて顔面を血塗れにしながら必死の謝罪を試みる代わりに、小さめの紙?か何かに視線を配りながら、逆にこんな世迷言を吐かし始めた。
「え? ……でも、16時から18時までの希望じゃなかったすか? そう書いてありますけど……」
「……」
相手が「襲撃犯」であることを確信したのは、恐らくそのタイミングだったかと思う。
ぐうの音も出ないほど完璧に自分が悪いにも拘らず、申し訳なく思う様子を全く見せず、それどころか、わずかに言葉に険を含ませながらむしろ居直って来さえするというキップの良さが、まさしく「新人類」という表現を私に思い起こさせたのは言うまでもないが、決定的だったのは、私の「間違い」を指摘しようというその所作自体である。なぜなら本物の「名探偵」は基本的に間違えないものであり、逆に言えば「間違い」を重ねるたび、その立場は必然的に、大きく揺らぐことを余儀なくされるからだ。つまり「間違い」を指摘することは、明確に私への攻撃として機能する。
しかも殊に私に関して言えば、本当に間違えることはもちろん絶対にあり得ないが、その事実もまた、ここでは取り立てて有効には機能し得ない。「事実として」どうかではなく、ただ世間に「(私が)間違った」との情報が広まりさえすれば、それだけで十分すぎるほど事足りるからである。
それゆえ私はほどなくして、「ああ、印鑑ね、ああ、そういうこと、ああ、そうだそうだ、よくわかりました、わかりましたよ、ハハハ、ハハハハハハ……」などと呟きながらいったん屋内に戻った。そしてうがい手洗いをして気持ちを落ち着かせると、台所へ赴き、包丁を手に取り、改めて玄関へと引き返した。午後5時17分のことである。




