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いくつかの事件⑨

 しかし全ての終了した現在から振り返って考えてみれば、その時の私は既に、大きな「過ち」を犯していたと言ってよい。つまり期せずして自ら、「名探偵」としての立場を手放そうとしていたということになる。もちろん当時の私はそのことに気づいてなどいなかったが、その「気づいていない」ということが、やはり「大きな『過ち』」であり、その事実を思い知らせてくれるかのように、扉を開けるより前に背後から声がかかった。

「ずいぶんと、ご機嫌、ですねえ」

 振り返ると、オオタニがいた。初めは比較的離れた位置にいたのだが、目線が合ったのを機に、廊下を踏み鳴らしながら素早く近寄って来た。勝手に風呂でも入ったのか、髪の毛が濡れていて、これまた勝手に棚の中から持ち出してきたと思しきタオルで頭を拭っている。いやだがそれよりも……「帰ってたのか?」

「はあ? 帰るって何すか? ずっとここにいましたけど、だいたい今、勤務中すよね、勝手に外に出るわけないじゃないすか」

 オオタニが怪訝そうな表情を浮かべる。それが演技なのかそうでないのか、見た目からは判断がつかない。

「……そうか、確かにそうだよな、そうだそうだ、なにも、ない……」

 私はそう言いながら、平静を装い、改めて玄関の扉を開けようとした。おかしい奴のおかしい言動に囚われず、自分のやるべきことをしようとしたわけだが、あたかもそれを阻止するかのように、オオタニが問いかけてくる。

「そんなことより、誰か来たんすか?」

「え?」

「さっき、インターフォン鳴ってましたけど、誰かが尋ねて来たんじゃないんすか?」

 私は一瞬返答に詰まった。腕時計の郵送に関して言えば、元々オオタニを避けるために時刻指定をしていたのだったから、その詳細について漏らすのは絶対に得策ではない。だが反面事実として、既に印鑑を手にしてしまっているので、下手に言い逃れをすることも、できそうになかった。

 逡巡した私は、結局折衷案として次のように返答を行った。

「宅配便、何かわからないけど、送られてきたみたい」

 我ながら、良い回答だと私は思っていた。外から見てごまかしようのない情報だけを、的確に提示できている。これなら余計な疑いを抱かせることもあるまい……。

 だが結局のところ、全ては皮算用に過ぎない。オオタニは、苦心の末に生み出された私の工夫を物ともせず、全く予期していない(できない)ことを口にした。

「襲撃じゃないですか?」

「え?」

「だからぁ、この事務所にただの宅急便が送られて来るわけがないじゃないですか、だとすると、そいつは間違いなく、宅配業者を装った襲撃」

 私は話を遮った。

「あのなあ、そんなことに、俺が気づいていないとでも思うのか? 大丈夫だよ、それについてはもう、確認済みだ」

「そうですか……、じゃあ依頼人じゃないですか?」

「え? 何? どういうこと?」

「襲撃犯じゃないんすよね、だとすると配達員を装った依頼人か、もしくは正真正銘の依頼人か、そのどちらかしかあり得ないじゃないですか」

 そう言うが早いが、既にオオタニは動き始めていた。正面からさらに距離を詰めてくる。かと思うとこちらには一瞥もくれずに私の横を通り過ぎ、玄関の扉を開くと外に出た。またすぐに扉を閉める。結果的に私はただ一人、「事務所」内に放置されることとなったわけだが……、なぜこうなるのか? たわけている、あまりにたわけていすぎる……。

 そのように、一見する限り、非常に屈辱的な仕打ちを受けた私だったが、反面冷静に分析すれば、それはある意味、千載一遇のチャンスでもあった。なぜならオオタニが「事務所」から出ていったということは、奴を締め出す機会が来たということであり、実際ただ鍵を閉めさえすれば、そのある種の大願は軽く成就を見るはずなのであるから。

 しかしそうは問屋が卸さない。

 さらに続けて別の事件が発生し、場のカオスの度合いに著しく拍車をかけてくれる。


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