いくつかの事件⑥
ここまではっきり述べてしまえばもはや皆まで言わずとも明らかだろうが、先に私が「ひらめいた」ことというのは、要するにこの「事務所」のどこかに、盗聴か盗撮か、何かその類の目的のための機器が仕掛けられている可能性である。腕時計の配送が遅れている件についても、それで完全に説明がつく。つまり検索履歴だけに限らず、日常的な所作を含めた全てがHに筒抜けになっており、だからこそ私が品物を手に入れようとすれば、即座にそれを妨害する何者かに出現を許してしまうという帰結が齎されたわけだ。もちろんこれは今はまだ「可能性」にすぎない。だがもし「本当」にそうだとすれば、腕時計が正常であるか否かという点自体がそもそも特に大きな問題ということではなくなる。私が「ひらめいた」のは、要するに、そういうことだった。
だが蓋を開けてみれば、事態は既に私の「ひらめき」を遥かに超えた大きさへと膨れ上がっていたと言ってよい。何しろ、単に人目を避けるようにこっそりと、密かに情報収取のための機器が設置されているどころか、実際には一つの部屋の内装そのものが丸々入れ替えられていたのだから。「開いた口がふさがらない」というのはまさしくこのような事態にこそ用いられてしかるべき表現であろう。
……いや、だがどういうことだ? いったい何が起こり始めている……?
「名探偵」としては一刻も早く「事の真相」を導き出したかったが、しかしさすがにあまりに情報が足りなさすぎたのか、「灰色の脳細胞」はここではいかなる天啓をも齎してはくれなかった。だから私は仕方なく、ひとまず結論を先延ばしにすると、もう少し「書斎」の中を見て回ることにした。こう言うと何やら「軽い道楽」のようだが、実際にはただそこに存在しているだけで、喉の奥に質量の非常に大きな何かを詰め込まれたような感覚に襲われるほど、その「書斎」は十全にストレスフルな環境だった。つまり「「書斎」の中を見て回る」ことは、「軽い道楽」どころか、ごく控えめに言って、「極めて負担の大きい難業」だったわけである。
しかし結局のところ、どれだけそこら辺をうろつこうと、どれだけそれによって時間が経過しようと、私を取り巻く「現実」に変化はなかった。そこは少なくとも「見た目」という点において、間違いなく「書斎」よりも「封印領域」の方に近接していた。ただ一つ、以前に入室した時と異なっていたのは、机の上に何やら見慣れぬ物体が置かれていたことである。
全体的に乳白色で、一見すると岩石の類に近いのだが、目を凝らしてじっと見てみると、表面が非常にきめ細かいということがわかった。いや、「きめ細かい」というよりも、「きめが無い」とした方が正確だろうか? わからないが、目で見るだけでも、手で触れることをしてみても、いずれの手法を通じて接近を試みてみて、変わらず妙にツルツルとした感覚が脳内に伝達されてきた。職業柄、様々な「物品」(もちろん「死体」も含む)を目にしてきた私だが、殊にその石?に関しては、同じようなものを目にした記憶がなく、また類似物を連想することさえできなかった。
だがそれでも、繰り返しになるがオオタニが何かを仕掛けてきたらしいというのは明らかであり、そのせいで激しい怒りとコメカミの辺りの強い鳴動とに同時に襲い掛かられた私は、強く手を握りしめ、歯を食いしばった。掌に爪が突き刺さり、若干ではあるが、皮膚が破れたのを感じる。そのまま力を込め続け、やるかたない憤懣を発散し続けたかったが、それがどのような類のものであれ、「自傷」行為に手を染めなどすれば、それこそHの思う壺なので、目を閉じて、深呼吸を繰り返し、精神的な平穏を取り戻そうとした。その最中だった。
インターフォンのチャイム音が室内に明朗に響き渡った。
いつかも聞いたような、そしていつ聞いた時も耳障りと感じられるようなあの高音が、間延びして響いてさらに苛立ちを増させる。たがもちろん、その「間延び」した感じに騙されるわけにはいかない。




