いくつかの事件⑤
私はそこで不意に一つひらめいたことがあり、弾かれたように動き出していた。
毎日のように出勤し、熱心に職務を遂行している場所なので、もとより隅々まで知悉しているはずだったが、それでも意識的に隈なく、異常がないかを見て回っていく。
そしてほどなくして、とんでもないことに気が付いた。
それは私がうろつき始めるより前にもとより想定していた状況と「種類」こそ同じものの、「程度」という点では遥か上方に位置付けられるべきものだった。より端的に言えば、「あまりにヤバすぎる」ということである。
ここで「事務所」の間取りを簡単にご紹介いたして差し上げよう。
まず玄関から廊下が真っ直ぐ伸びている。ここは短い一本道だ。そして突き当たりで廊下が左右に分かれる。右に行けばリヴィングと仕事場とが、そして左に行けばやはり仕事場と書斎とが、それぞれ設けられているはずだった。2つの「仕事場」が離れているのは、視界内に物が多いと私の集中力が格段に低下するためであり、だからリヴィング側の部屋の方はほとんど何も置くことなく、殊に「思索」に特化した空間に仕上げてあった。対照的にもう片方は資料の類で溢れ返り、ほとんど物置であると言ってよい。また「書斎」というのは何となく響きが格好いいので一応最後に余った部屋をそれ用に割り当てておきはしたのだが、「しばらく使われた形跡がない」というのが率直な現状だった。最後にいつ足を踏み入れたのかさえ、覚えていない。
もちろん助手であるオオタニに命じて徹底的に綺麗にさせているので、「不潔だ」などという糾弾は、表面的にさえ当てはまらない。だがお言葉を返すようで恐縮であるが、反面私は、掃除を助手の仕事であると思い込み、他人の仕事に首を突っ込むのは組織としてよくないという固定概念に囚われ、その結果、長いこと室内を覗いてさえいなかったという点で大いに間違えていたようだった。
「……おいおい、冗談だろ?」
久々に書斎の扉を開いた私は、そう声を漏らしてしまった。要するに、滑稽で芝居じみた所作に、滑稽で芝居じみていると知りながら、手を染めてしまわざるを得なかったわけだが、反面少なくとも、それは無駄な行動などではなく、むしろ極めて当然で普遍的に正当な反応である。
なぜなら目に飛び込んできたのは……、壁際に立ち並ぶ大きなタンス、木製の棚、小学生用の勉強机、ゲーム機、積み木やミニチュアの車といった玩具、野球のグラブ、小学校の卒業アルバム……などで、つまりそこは、いつか目にしたあの「封印領域」そっくりの様相を呈していたからだ。
……どういうことだ? いったいなぜ、こんなことが起こった? ……いや、どうもこうもない、原因など一つしか考えられない、オオタニだ、奴の仕業だ、単純な消去法だ、この俺でないのだから、容疑者も犯人も、もとより候補は一人しか存在しない……、しかしあの野郎、俺の不在の隙をついて、PCにアクセスして情報を抜き取るだけに飽き足らず、部屋の模様替えまで行ってくれるとは……しかもこの俺のトラウマを抉るような仕方で……、ますますいい度胸と言わざるをえまい、……そろそろ馘を宣告すべきなのか? それとも、もう少し、泳がせておいた方がよいのだろうか……?




