いくつかの事件②
いずれにせよ上述の事情を踏まえれば、「14時から16時」という時間帯が「オオタニのスポーツジムへの出向」と重なり合うことがほの見えて来ると思う。「~がほの見えて来る」というか、それはもとより確かな「事実」であり、だからこそ、私は敢えてその時間帯を配達時刻として指定したわけで、だから逆に言えば、その間に宅配便が届けられないなどということは絶対にあってはならないことだった。そう、倫理的な観点(宅配業者は時間通りに荷物を届けることが職業上の使命であるということ)と実際的な観点(配達の行われる時間を指定するというのが、配達時間指定手続きの眼目だということ)の両面において、それは絶対に起こり得るはずのない「余事象」のはずだった。
もちろん私がここまで徹底してオオタニを疎外すべく動いたことについて、それを単なる好悪の感情に基づく嫌がらせの類であるなどと曲解していただいては困る。もしただの個人的な好き嫌いに身を任せる形で誰かを仲間外れにしようなどと意図したのであれば、それは「いじめ」に極めて近いあまりにも卑劣すぎる畜生の所業であり、私にとってもむしろ最も好ましく思わない類の振る舞いと言える。だからそうではなくて私の「オオタニ外し」の理由は極めて単純で、つまり先日の「マンション(=Hの根城)」での一件以来、奴がスパイであることが、紛うことなき現実としてこちらに向けて迫り出して来始めたからにほかならない。
危ういところで「封印」を免れ、何とか地上へ復帰した私に対し、くだんの「マンション」が自身の家だなどと、あけっぴろげに「自供」してくれたオオタニは、さらに続くやり取りにおいて、次のように情報の漏洩を重ねてくれた。
「じゃあ、あの『依頼人』の……シラカワ? ってのはいったい何なんだ? あいつもこのマンションに入っていったじゃないか、俺はこの目でしかと確認した、惚けることはもはや許されないぞ」
「え? ……というか暗くて気づかなかったすけど、よく見るとキクチさん、血まみれじゃないすか、大丈夫なんすか?」
「話を逸らすな、シラカワについて、述べよ」
「え……っと、ああ、シライシのことすね、惚けるも何も、簡単な話じゃないすか」
「おい、遠回しな物言いはするな、情報は常にわかりやすく端的に伝えろと、いつも言ってるだろ?」
「……わかりました、わかりましたよ、つまりシライシも、このマンションに住んでるんすよ、昔から、物心ついた時からずっと、俺たちは幼なじみで、だからこそ今回相談を受けることになったんす、ただそれだけす」
「……ほお、幼なじみとな、ということは貴様はあいつのあの意味不明な言動を、余すところなく全て完璧に理解できたということか? やるなあ」
いつも通りと言えばそれまでだが、あまりに滑らかなオオタニの弁舌には、思わず感心しそうになるほどの潔さがあった。「天敵」に当たるはずのこの私の方が「大丈夫か?」と心配になるほど、ペラペラとまくし立てくれたということだが、少なくともそのおかげで、私は少なからず救われたような気分になることができた。なぜなら取り立ててめぼしい成果が得られたわけではなく、むしろ返り討ちにあった感さえ否定できないという意味合いにおいて、表面的には概ね「失敗」に終わったようにも受け取られるHのアジトへの「電撃訪問」が、オオタニの惜しげもない情報提供により、極めて有意義なものへと転換したからだ。奴の話を聞いたことで、「オオタニ(シライシ)=Hの組織の一員」という等式が完全なる確定を見たというのが、ここで言う「転換」の内容に該当する。
……そうとわかればこうしてはいられない……。
私はその「真理把持」からほとんど時を置かずして早速行動を開始した。より具体性を期せば、「マンション」から「事務所」へ戻ってすぐ、電脳空間上の通販サイトを利用し、ある重要なアイテムの購入を図ったのである。ここで言う「重要」とは、Hの側からすれば「厄介この上ない」ということを意味し、だからこそ、その配送をオオタニに知られるわけにはいかなかった。ちなみにオオタニとはその日、「マンション」前で永遠に別れていたので、少なくとも「『重要』な物品を購入した」との事実を知る由はないはずだった。そう、ただ一つ、「配送」の場面に偶然に遭遇する以外に。
長々と述べて来てしまったが、普段基本的に穏やかさを手放すことのない私が、珍しく苛立っていたということの根本にある事情については、これで十分理解できたことだろうと思う。もう一度だけ繰り返しておけば、オオタニの不在を狙って敢えて時間帯を指定したというのに、その時間帯を過ぎても商品の届けられる気配がなかったということ、それが私の気分を極限まで害していた、最大にして唯一の要因であった。




