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いくつかの事件①

 月の変わり目から台風の発生がお茶の間の話題に上り始め、この街にもその日の深夜に最接近するとの知らせが盛んに報じられていた。とは言え、夕方の時点で風はそれほどでもなく、また雨の方も時折思い出したように激しく降って辺り一面を滝つぼそっくりの状況に変えるほかは、大人しく小康状態を保ち続けていたので、個人的には拍子抜けの感が強かった。

 翻って考えれば、だからその時私が珍しく苛ついていたのは、悪天候のせいではない。

 その日、私は宅配便を時間指定で受け取ることになっていた。14時から16時の間にである。しかし16時を過ぎても、荷物の届けられる気配が一向になかったのである。

 正直言ってこれには恐れ入った。非常に恐れ入らされた。

 だがしかしこう言ったからと言って、私を、40歳を間近に控えた所謂「いい大人」のくせに、幼児性が抜けてない、かつこらえ性のないロクデナシだなどと短絡して中傷していただいては困る。自分で言うのも何だが、私はどちらかと言えば我慢強い方で、というよりも人並み以上の「我慢強さ」は「名探偵」としての必要条件なのであるからして、むしろ「忍耐力」の権化であると讃嘆されても何ら褒め過ぎではない。その証拠に、私は一日にだいたい3時間程度しか寝ないという生活を、20代半ばの頃からもう15年近く続けている。もちろんこの睡眠時間の制限には、「名探偵」にとって警戒心の類を全て手放してアホ面下げて眠りこけることが死に直結するとの事情が関係しているのだが、いずれにせよ、生理的な欲求さえ自らの意志次第で制御できるというのが私の本性なのだから、ただ単に配送の時間が遅れたということだけで苛つくなどということはあり得ない。もちろんプロ意識に欠けるという点に関しては看過してやるわけにはいくまいが、それでも担当の業者に30秒おきに延々電話をかけ続けてやることぐらいで矛を収めてやることは十分可能である、はずだった。

 ではその時私はなぜ苛ついていたのか? 

 簡単に言えば、配達の事実をオオタニに悟られることが耐え難かったためである。

 平日朝9時までに出勤し、夜は仕事がなくなるまで退勤してはならない、ただしどれだけ暇であっても、午後5時までは勤務を続けなければならない……。

 それが採用時、オオタニに対して示した条件だった。先に述べた通り、私は「助手」など要らなかったので、敢えて厳しめの条件を突き付けたわけだが、当のオオタニは不平などを漏らすこともせず、概ね従順に仕事に励んでいたと言ってよい。ただしこれは感心な心がけなどではなく、スパイとしてはむしろごく当然の振る舞いでしかない。つまり私を監視するためには、まず私と可能な限り生活の時間と空間をともにする必要があったということだが、加えてオオタニは、「退勤」こそしないものの、勤務時間中に白昼堂々、長時間席を外すことがあった。本人によれば、「スポーツジムに通っていて、定期的に身体を鍛えている」とのことだったが、どこまで真実なのかはもちろんわからない。と言うかどう考えても、ジム云々は建前で、実際にはHと接触し、定時連絡を行っているとしか思えなかった。

 だが反面、いったん「身体を鍛えるため」という名目を振りかざされてしまったとあっては、私としては正直「お手上げ」に近かった。注意して嫌われるのが嫌だったのではない。もっと単純な話だ。要するに、勤務を始めてすぐのオオタニに対し、いつ何が起こっても対応できるよう、常に身体を鍛えておけ、と助言してやったのは、何を隠そう、まさしくこの私だったのである。


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