表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
197/199

浸食・融解・循環⑦

「でもあたしに黙って勝手に外部と通信しようだなんて、やるじゃない、やってくれるじゃない、子どもが親に盾を突く、どうなるか、わかってるんだよね?」

「……」ようやく少しずつ事情が呑み込めてきた私は、しかしそれによってむしろ余計に強い焦燥感に駆られ始めた。察するに、どうやら私は風俗店からの通知が来たことに興奮しすぎ(しかも「不採用通知」とも知らず……)、封筒を屋上から落としてしまっていたらしいのだ。それがよりにもよってエントランスの隅にひっかかり、母親の目に留まることになったわけだが、いったいどんな偶然なのか!? ……確かに糊付けされた封入口の部分を食い破ったのち、封筒をどこにやったのか、全く記憶がないが、だからと言って、よりによって目の前のコイツに拾われるだと……? エロイエロイレマサバクタニッ(わが神、わが神、なぜ私をお見捨てになったのですか?)! エロイエロイレマサバクタニィッ! 

 だがそれは結局のところ済んだ話で、受け入れるよりほかどうしようもない。そんなことはもとより、自明なことだ。

 だからここでの私の焦りの要因は、確かに母親に封筒を発見されたことに由来してはいるものの、真に厳密性を求めるのならばさらに局所的に範囲を限定した形で捉え返されなければならない。そう、問題は「封筒」ではなく、むしろ本体である「手紙」の方にこそ存する。なぜなら私はわざわざ屋上までのぼって自宅から距離をとってやったにもかかわらず、結局そのある種の「逃避行」による成果を全く得ることができなかったどころか、大事な封筒を落とすことまでしてしまったとの事実は、端的に私がシュレッダーにかける間もなく、その中にかつて納まっていた本体=手紙の存在を、自ら母親に開示してしまったのも同然だということを意味するからだ。まさしく「頭隠して尻隠さず」というわけである。

 そしてこれまでの経験、及び今現在の話しぶり兼憤りっぷりから察するに、ほどなくして屋上で開始され出し始めるのは、まず間違いなく、「身体検査」だろうと容易に推測がついた。言うまでもなく、まだ他に私が何か「秘密」を隠し持っていないかどうか、母親が全身をくまなくまさぐり、調査をしてくださるのだ。そうして仮に手紙本体が見つかりなどしようものなら、容易に想像つく通り、万事休すだ。なぜなら部屋の扉を閉めることすら許されない一家にあって、自分一人だけが抜け駆けで外界との結びつきを求めようとするなど、まさしく「言語道断」だからだ。大げさでなく、「死刑に該当する」のだと、敢えて名状してやってもよい。封筒を落としたことは、そのくらい、致命的なミスだというわけである。

 それゆえ私は相変わらずダラダラと管を巻き続ける母親をよそに、何とかして手紙をシュレッダーにかけ、証拠の隠滅を図ることができないものだろうかと、密かにアンテナを張り巡らせて機を窺っていた。

「まあでもバチがあったのね、私になんも言わずに、許可を得ることもしないで勝手にやるものだから、こういうことになるのよ」

「……」手紙の内容は既に完璧に理解できていた。もっともここで言う「完璧」とは、「一言一句過たないように」というのとは少し意味を異にする。むしろ表面上「不採用通知」の体裁をとったその手紙が暗に含み持つ、真の意味に気づいていたと言うべきか。

「いい? いつも言ってるでしょ、あんたは一人じゃ何もできないの、あたしの言うことにちゃんと従ってればいいの、迷ったら報告連絡相談する、社会人の基本でしょ……、あ、社会人じゃなかったか、ナハハハハ……」

「……」ポイントは、「手紙」が指摘するところの欠陥の二つ目、すなわち「タイトル」である。手紙によれば、風俗店側はそれを「Tの終焉」と読み取ったらしい。だが、そうではないのだ。

「おい、何とか言えやコラッ! 知らない不審者が隣の建物の屋上にいるって、何も言わずに通報してやってもよかったんだぞ、つまりこうしてわざわざ足を運んでやったのは完全にあたしの慈悲だ、なのに無視だと? ……屈辱だ、『飼い犬に手を噛まれる』とはまさにこのことか……」

 今一度思い返してみてほしい。私が自らの応募原稿に着けたタイトル、それは「人の終焉」のはずだった。『Tの終焉』だなどとは、一度たりとも書いたためしがない。逆に言えばその誤認は、私の原稿を受け取った者が、つまり「AIでない人員の募集を行っている」と謡って従業員を募っている雇用主の側が、既にAIに対して集団としての統治権を移譲してしまったのだということを意味する。つまり私の手書きの文字を、AIの画像認識プログラムは正確に読み取ることが出来ず、「人」の文字を形の似た「T」へと変換して理解した、早い話がそういうことだ。

 ……要するに、既にこの世界にはAIに支配されていない職種はないということなのか……。

 私はそう考え、ほんの一瞬希死念慮に駆られかけたが、すぐに頭を振ると、こわばり、指の奇妙にねじ曲がった手で不採用通知を握りしめ、そのまま口の中に放り込んだ。咀嚼する咀嚼する咀嚼する……飲み込む。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ