盛大な返礼
いきなり移動する日になってしまいましたが、やるべきことはやっています。
午前10時。私達はミスティノフと"ヴィステラモーニャ"達、そしてデンケンと共に港街を出発した。見送りには街の住民達が総出で送り出してくれるというちょっとしたイベントになってしまった。
当然、そうなった理由がある。昨日の夜に行った私に対する歓迎への返礼としてミスティノフと共にコンサートを行ったのだが、折角なのでこの港街全体に私達の歌声を届けたのだ。旅行の最後に行うコンサートの予行演習にもなったと思う。
しかも、ただ歌声を届けただけではない。旅館の屋根の上で歌を歌うだけでも街全体に私達の歌声を届けることは十分可能だったのだが、私達のコンサートの内容はリリカレールにも見せるのだ。ただ歌を歌うだけでは彼女を十分に楽しませてやれない気がしたのだ。
そこで、私は急遽ある物を制作した。浮遊効果を持たせた、簡易的なステージである。
この簡易ステージに私とミスティノフが乗り、リガロウに引っ張ってもらって街全体をゆっくりと移動しながら歌を披露したのだ。なお、ステージには私達の歌声を収音して下部から発生させる機能を搭載させたため、歌声を届けるのに非常に役立った。
街の住民達にも非常に好評だったようで、午後9時過ぎという夜も遅い時間だったというのにコンサートが終わるまで皆して外へ出て空を見上げ続けていた。
ただ、そのせいでしばらくしたら住民達の首が軒並み痛みだしてきてしまったのはコチラの不手際だった。1時間以上上を見上げ続けていたのだ。体を鍛えている冒険者や騎士達などはともかく、一般的な人間には流石に酷だったようだ。
そこで、私はミスティノフに魔力を込めて癒しを連想させる歌を歌ってもらうことにした。
彼にとって歌声に魔力を乗せるのは初めての試みだったようだが、魔力の操作自体は可能だったようでやり方を教えたらすぐにコツを掴んでくれた。流石である。
魔力を込めて歌を歌った結果、街の住民達が全員活力に満ちて瞬く間に首の痛みは癒されていった。尤も、癒されたのは首の痛みだけではないのだが。
なんと病気や怪我、精神的な疲労にまで効果を発揮したのである。対した魔力を込めていないにも関わらずだ。
これはやはり、ミスティノフの歌唱力が非常に高かったのが原因だろうな。しかも住民達が回復するようにと思いを込めて歌っているのである。効果が出ない筈がなかった。
「ぼ、僕の歌にこんな力があっただなんて……」
「ルイーゼが言うには、一種の魔法に近いらしいよ。魔王国で私もやってみたことがあるんだけど、その時は彼女から戦略兵器か何かだって言われたね。失礼だと思わない?」
「ま、魔王陛下からですか!?そ、その…僕が意見を言うのは流石に……」
む…流石に無茶ぶりが過ぎたか。ルイーゼはミスティノフが何を言っても気にしないと思うが、彼自身が恐れ多いと思っているようだ。そう考えると、魔王という立場は人間からも非常に地位の高い存在として見られているようだな。それでは素直な感想、もっと言うならば私の意見に同調など出来る筈もないか。
別に同調して欲しいわけでもないしな。実際に失礼だと感じたわけでもない。ちょっとした冗談であり、ミスティノフをからかってみただけである。
同調するならばこのままルイーゼに対する私の考えを語り尽くしていたし、同調されないようならネタ晴らしをしてこの話は終わりだ。
「と、まぁ、私はこんな感じでルイーゼと冗談を言い合える仲だよ。いつか、彼女に対してこんな感じでコンサートを開いてあげたいものだね」
「ほっ……。冗談でしたか……。それじゃあ、戦略兵器みたいだって言うのも?」
「ん?ソッチは事実。詳細は省くけど、大規模な集団戦を行っている魔族達に魔力を込めた歌で応援したら、その歌を聞いた魔族達が全員とてつもなく強化されてしまってね」
「えぇ……。ソレ、話しちゃってよかったんですか?」
話しちゃっていいのである。
確かに、一度に広範囲の強化を付与ができるとなれば、軍の関係者や騎士などは何とか先頭に活用できないかと探るだろう。
だが、この場にいるのは私とミスティノフだけである。ステージを引っ張っているリガロウの耳にも入っているだろうが、この子は既に知っている話なのだ。何も問題は無い。
勿論、彼には外部の音を収録、録音して他所へ届けるような機能を持った魔術が施されているわけでも、そういった効果を持った魔術具を身に着けているわけでもない。そして彼の人となりならば自分の歌を徒に悪用したりはしないだろう。彼は自分の出す音に誇りを持っているからな。
だが、この音楽に魔力を乗せるという手法は確実にミスティノフを助ける力となる。知っておいて損はない技能だろう。
後になって他にどのような現象を引き起こせるのか問い合わせが殺到しそうでもあるが、そうなったら私の出番だ。[無粋な真似はするな]と一蹴させてもらうとしよう。いざとなれば彼をこの国、ひいてはこの大陸から連れ出すことも辞さない。まぁ、本人の意思関係なく行動するつもりはないが。
とは言え、そこは場合による。
もしもミスティノフに対して私が酷く不快に感じるような行為をこの大陸の人間達が行うのであれば、私はミスティノフを強引にでも連れて行く所存だ。そしてミスティノフを気に入っているリリカレールに動いてもらうとしよう。なお、その旨を人間達に伝えるつもりはない。
とにかく、私とミスティノフが行った夜のコンサートは大成功を収め、港街の住民達を大いに感動させたのである。その結果が、今も私達の耳に届いて来る声援であり歓声だ。
もう港街がミスティノフ達からはほとんど見えなくなっているというのに、彼等は私達を称え、そして歓声を上げているのである。
〈うむうむ。殊勝なことであるな。あの街の人間達は自分達がどう振る舞うべきなのかをしっかりと理解しておるようで感心しましたぞ〉
〈昨日のご主人凄かったもんね~!〉
〈当然だね。そのために私も頑張ったんだから!〉
そう。昨晩のコンサートは、何も普段通りの格好で行ったのではない。フレミーが昨晩のコンサート用に専用の衣装を制作しくれたのだ。素材は人間達の間で普及している素材ではあるが。
それでも、超が付くほどの一流の仕立て屋であるフウカが認めるほどの裁縫技術を持つフレミーが手掛けた衣装だ。その出来栄えは言わずもがな。私達が歌を歌わなくとも衣装姿を見ただけで魅了された者が現れたほどである。
断言するが、昨晩のコンサートが大成功を収めた理由は、フレミーの活躍も間違いなくあったのだ。
素敵な衣装を着て好きな音楽を奏でて好きなように歌う。それで多くの者を感動させられたのだから、私にとってもミスティノフにとってもとても素晴らしいコンサートになった。きっと、"オルディナン・リョーフクェ"の最奥から映像を見ていたリリカレールも喜んでくれたに違いない。
と思ったら私の元にリリカレールから『通話』が届いた。
〈ノアー!!!素敵過ぎよー!!!早速あんな映像を見せてくれるなんて!本当にありがとう!!私、何もしてないけどいいの!?〉
〈いいんだよ。その様子なら、昨晩はとても楽しんでくれたようだね。何よりだよ。後でミスティノフにも貴女がとても喜んでいたと伝えておくよ〉
〈そうしてもらえる?どうせなら直接感謝の言葉を伝えたいのだけど、こうして遠距離で思念会話をすることって人間にはできないのよね?〉
〈道具を使えばできる者もいるけど、完全に魔術だけ、という意味では極少数を除いて無理だろうね。突然連絡を取ったらおどろせてしまうのは間違いないよ〉
それをわかっているから、リリカレールは最初からミスティノフには『通話』を行わなかったようだ。昨日の興奮が今もまだ続いているようではあるが、それでもミスティノフを気遣える辺り、本当に彼のことを気に入っているようだな。なんだかんだ、私が出会ったことのある領域の主というのは思慮深い者達である。かくいう私も人間や魔族達からは思慮深いという評価をされている。もしかしたら、領域の主というのは総じて思慮深いのかもしれないな。その分、暴走してしまった時の対処が大変なのだろうが。
私が怒りで暴走してしまった時など、一体誰が私を止めてくれるのだろうな?
ルイーゼやヴィルガレッド?動いてくれはするかもしれないが、現状のままでは難しいな。怒りのままに暴走するということは、確実に物理的な破壊行為をするだろうから、彼女達では実力的に難しい。
ならば五大神か。一番可能性は高いかもしれないが、私は既に五大神の力を完全に上回ってしまっている。進化前ならばまだしも、現状では私を止めようとしても多少の時間稼ぎ程度にしかならないだろう。
『自律幻形』はどうだろうか?と思ったが、論外だな。私の意志に関係なく動く幻だと言っても、結局は私が生み出した幻なのだ。その気になれば消去することも容易なのである。
ではウチの子達?しかしこの子達は皆して私の行いを肯定するだろう。
いや、私も皆から説教されたりするが、それは反発あってのことではない。純粋に、慕ってくれているからこそ出る言葉なのだ。私に仕えてくれてからというもの、ウチの子達は私に対して悪感情を抱いたことは一度もない。そもそもゴドファンスやラビックは仕える前から慕ってくれていたしな。私が本気で怒りのままに行動しようとしたら、多分何も言わずに私を見守っているんじゃないだろうか?
〈ノア様が本気で怒るような状況って…それこそ私達も怒るような状況じゃないかな?もしそんなことになったら、積極的にかせいするか、ノア様の邪魔になっちゃうからなにもしないかのどっちかじゃないかな?〉
フレミーの予想に皆して大きく頷いている。リガロウ含めである。まぁ、ウチの子達は大体こんな感じだ。
そんなわけで、現状私が怒りの感情のまま暴走してしまった場合、非常に拙いことになる。下手をしたらアグレイシアの手助けをすることになりかねないのだ。
……理性を保つ訓練が必要だな。
なにも、怒りの感情を捨てる必要があるというわけでは無い。その感情は大事だ。だが、感情に囚われるような事態は避けたい。
烈火の如く激しい怒りの感情を抱いていても、理性を失わずに私に怒りの感情を抱かせた者に相応の報いを。それが理想だな。今日からでも理性を保つための訓練は始めてしまった方が良いのかもしれない。
現在、遠慮なしに非常に物騒な考えに物耽っているが、本来ならば人間が傍にいる状態でこのような思慮はすべきではない。が、今はそれが可能である。人間達には私の姿が見えていないのだ。
一緒にスーレーン王国の首都に向かう人間達の移動手段をどうしようかと思ったのだが、私は過去に非常に便利な物を制作していたのである。ソレをもう一度制作させてもらった。
そう、私が製作し、現在はニスマ王国のヒローが所有者となっている竜車である。アレを再び製作する日がこうして訪れるとは……。やはり人間の生活圏で活動しているとどういった未来が訪れるのか想像などできるものではないな!実に面白い!
さて、今回製作した竜車なのだが、当然ながら以前製作した車両よりも性能は向上させてある。あの時と比べて私の技量も上がっているのだから、当然だ。どうせ作るのなら良い物を作るのだ。
そしてその竜車は気密性、断熱性、防音性に優れているだけでなく、内装も凝らせてもらった。特に椅子。
座り心地は、ティゼム王国で乗せてもらった魔導車両を参考にしている。私が乗り物で座った椅子の中で、あの椅子が一番座り心地が良かったのだ。ミスティノフ達人間組は、さぞ快適な旅を経験していることだろう。現に、彼等は外に音が漏れないと知り、私の前では離せないようなかなり踏み込んだ内容の会話をしている。
どんな話をしているのか?言わずもがな、ウチの子達について。そして私の正体についてである。
彼等がどのような予測をしようとも、私には関係のない話だ。結局のところ、私が答えなければ予測止まりだからな。今のところは私が黙っている限り、真実には到達できないのである。
さて、色々と考え事をしていたら目的地が見えてきたな。
スーレーンの首都、ワークモスに到着である。
街に入ったら、早速デンケンに案内してもらって街の代表の元に顔を出すとしよう。
ついでにミスティノフのスポンサーにも会えたなら万々歳である。
果たして作中で理性を失うほど激怒するような展開が訪れるのでしょうか?
次回は9月28日の0:00に更新予定です。




