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489 【ジーク】 提案する






 …………我ながら、情けない。



『彼女に会いたい。……だけど、そのためにお前が消えるのも、嫌なんだ。…………昨日まで普通に喋っていた、ほむらが、今はもうどこにもいない。お前もそうなるんだろう? そんな風に…………それが、僕は嫌で堪らない』



 フレアに会いたいと願う反面、そのためにルークがいなくなることにも怯えていた。


 頭では理解している。

 ルークはもう千年も前に亡くなった人間だ。

 今こうして会話を交わせることが、そもそも奇跡なんだから……それが、いつまでも続く訳がない。

 いつまでも続いたら続いたで、それは永遠にフレアに会えないってことになる。そんなの、それも、絶対に嫌だ。



 ただ、胸の内に巣くった黒いもやもやは、なかなか消えてくれそうになかった。


 いろんなことを考えた。

 裁判の事も気が重い。

 あいつは、またああだこうだと責められるだろう。

 フレアの時だって胃に穴が開きそうだったのに、またあんなものを見なければならないのかと思えば、ため息が止まらない。




 ……いっそ、逃がしてしまおうか。


 そんな悪い考えが頭を過ったが、馬鹿らしくてすぐに振り払った。

 僕が余計なことをするべきじゃない。

 時間はかかるが、無罪は確実だ。

 ならばこれ以上問題は起こさず、嫌なことはさっさと終わらせてしまった方が絶対にいい。



 絶対にいい、のだが…………



 うだうだと悩んでいた、そんな時、妙に機嫌のいいレインが僕の元に来た。



 だからあいつの話を聞いた時、僕は――――――――……

 








「………………何をしている」



 扉を開けると、ルークは飛び上がらんばかりに驚いた。



「ややっ!! ジーク、違うんだ、これはその……」

「何が違うのか知らないが、説明なら必要ない」



 レインから事情は聞いていた。

 自分がまた毒を盛ったのだと、あいつは嬉々と話していたのだから。



 僕は改めて、上から下までルークを眺めた。

 話の通り、どこからどう見ても完璧なルークだ。

 なぜいかにも高そうな服を着ているのかは聞かないでおくか? こんな埃っぽい倉庫にあんな服があったとは思えない。



 彼らが隠れていた部屋を見つけたのは、偶然のことだった。

 鈍くさい僕が、カノンやルベルより先にルークを見つけられたのは、奇跡みたいなものだろう。


 話し声がすると思って近づいてみれば、中での会話も少し聞こえた。




 そして、一つの決心をした。




「取りあえずこれからのことを考えよう。案ならある」

「え!? うーん、うん……あれ? ジーク、怒らないのか……?」

「なぜ僕が怒ると思った?」

「いやぁ、だって裁判とかいろいろあるのに、この姿では……ほら……」


 ルークは僕の顔色を窺い、明らかに怯えている。




 ……怒る訳が、ないじゃないか。

 だって僕は、お前を逃がそうかとまで考えていたんだぞ。



 いつかいなくなってしまうなら、今だけでも、好きなように過ごしてほしかった。



 僕はため息を吐いて、取りあえず部屋に入り、扉を閉めた。

 それから、おどおどしているルークに向き直った。



「事情はわかっている。裁判に関しては一つ、良い考えがある」

「考え?」

「ああ、今、アグニに命じて捜させている」

「捜させて……? 一体、誰を?」



 アグニが僕の命令を素直に聞いたのは、正直意外どころじゃなかった。

 どうやら子供二人に妙に懐かれて戸惑っているらしい。

 だからアカツキに戻れるならどんな理由でもその方がいい、と。

 あの死神のような男に人間らしい感情があることには驚いたが、おかげで随分扱いやすくなったように思う。




「お前が……いや、フレアがおはぎと名付けた兵器のことを、忘れた訳ではないだろう?」




 ルークは僅かに息を飲んだ。

 どうやらすっかり忘れていたらしい。



「あいつは何にでも見事に変身する能力がある。唯一の取り柄だ。つまり、フレアの姿になることも容易い」

「ま、まさか……」

「そのまま裁判を受けさせてしまえば、お前がのんびりしている間に、いつの間にか裁判は終わるだろう」



 我ながら最悪の提案だとは思った。

 案の定、ルークもドン引きしている。


 誰よりも法を守らねばならない、王太子という立場の人間が口にすることも許されないような話だということは僕だってよくわかっている。


 わかっていて、提案したんだ。



「……そんな顔をするな。いつの間にか終わるだろう、というのはさすがに冗談だ」

「あ、なんだ冗談か」

「だが、お前がフレアに戻るまでくらいなら、誤魔化すことはできる」

「え?」


 ルークが、いつまで自由でいられるかはわからない。

 でも、きっとお前は、そう遠くない未来にいなくなってしまう。


 それは長い裁判が終わるより、前に。


 だから、お前がお前でいる間は、せめてそういうものから遠ざけてやりたい。

 僕のエゴかもしれないけれど。



「いいか、このままフレアが失踪したことになると、彼女の立場が悪くなる。それだけは避けるべきだ。きっと彼女は、裁判を前に逃げ出したと思われるだろう。かと言って誘拐された、というのもまずい。まず最初に疑われるのはカイウス皇子だ。ずっと一緒にいたところをいろんな人間に見られている」

「そ、それは……」


 ルークはサーッと青ざめてカイウスの方を見た。

 カイウスの方には動揺がない。いや、あまり顔に出ないタイプだから、案外心の中では動揺しているのかもしれないが。


「ヴェントゥス公爵の力がまた暴発したことにしてもいいが――――」

「やめてあげてくれ。さすがに可哀想だ」

「だろう。だからこそ身代わりが必要だ。おはぎは一度女王に見破られているが、それはあいつにある程度の自由を認めてしまったことが原因だった。およそ僕がやらないようなことを……ナンパだとか、そういうことをしまくっていたからバレたんだ。こちらがきっちり監視して自由を与えなければ問題ない」

「だ、だが……裁判を代わりに? それはおはぎちゃんがちょっと可哀想なような……」

「どこが可哀想だ。あんな兵器に同情するなんてお前くらいだぞ」

「そうかなあ……。しかし、逃げ出して今はどこにいるかわからないのだろう? すぐに見つかる訳でもないだろうし……身代わりなんて……」



 確かにいつ見つかるかはわからない。

 アグニに捜させる前から一応捜索はしていたのだが、相手が相手だけになかなか居場所は掴めなかった。



「つまり、身代わりの身代わりが必要、ということになる」

「え?」

「おはぎが見つかるまでの間の身代わり、だ」

「はい?」



 ぽけん、と目を丸くしたルークを一瞥した後、僕はカイウスたちの方へ顔を向けた。



「裁判が始まる前に、必ずおはぎは見つけ出す。ほんの数日間だ。それまでの身代わりとして、フレアと背丈、雰囲気、顔立ちの似ている女性が必要だ。外見だけじゃない、今回のことに賛同して動いてくれる女性となるとかなり難しいだろう。絶対的な信頼関係が必要だ。お前たちの知り合いに誰か適任はいないか?」



 僕自身はと言うと、こんなことを頼める女性の知り合いなんていない。

 そもそもアカツキの人間がやればすぐにバレるだろう。

 だからシノノメの人間がいいのだが…………



 しばらく沈黙が流れた。

 やはり無謀か、と思った時、ふとローガンを見ていて気づいた。



 身長といい、髪の長さといい……勿論髪の色は違うけれども……どことなく漂う雰囲気といい……


 あれ? こいつ、ちょっとフレアと似ているような……?


 そう言えばれっきとした従兄弟だったな。

 ならば雰囲気が似ているのは当然のことかもしれない。



「……ローガン」

「…………何だ」

「試しに貴様が女装してもいいんだぞ」

「!?」




 落雷のような衝撃が走った。


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