488 約束する
「た、誑し……なんて?」
「誑し込めば気が済むんだ、と言ったんだ」
「何のことだ? 人を詐欺師みたいに言うなよ」
深いため息が聞こえた。
「確かに騙した訳ではないだろうが……騙されたと怒りをぶつけられる分、いっそ詐欺師の方がまだマシかもな」
「何と?」
意味がわからず、義勝の後頭部を凝視した。
私が着替え始めてからと言うもの、二人ともなぜか壁に向かってこんにちわをしている。
もうとっくに着替えは終わったんだが。
義勝は壁に向かって話し始めた。
「お前が施したのは、言わば無償の愛のようなものだ」
「む、無償の愛? 何のこっちゃ」
「よく知りもしない子供のために、貴族の身分を放棄して、国外逃亡して国興しまでしたんだろう? しかもこれまた死にかけの医者を助けて世話を焼きまくった訳だ」
「うーん、まあそういうことになるが……。仕方ないだろう、俺が貴族なんてガラじゃないのはよくわかってるじゃないか。けっこう楽しかったし」
そう、結局は自分のための行動ばかりで、無償の愛とはほど遠いんだが。
「あり得ない。そんな無償奉仕聞いたこともない」
「だから無償じゃないって。俺自身のためだ。それにお前の言い方だと何かすごいことをしたみたいに聞こえるが、実際は全然大したことでもないし……」
「お前にとっては大したことじゃなくても、普通の人間にとってはそうじゃない。苦境に立たされて絶望にいる人間が、見返りもなく救いの手を差し伸べられたらどうなる? 愛に飢えた人間ほど、大事にされると忘れられなくなるものだ」
「はあ」
「……それがお前の良いところでもあるが。だが、あまりそういうことばかりしているとお前だっていろいろと大変なことに……」
「はあ……」
何をそんなに心配しているのかわからず、私は首を捻った。
それにしても意外だったな。
よくもまあ、転生が二度目だという話をこうもすんなり理解してくれたものだ。
もっと混乱すると思っていたのだが。
義勝は「まあ一旦それはおいとくか」と、もう一つため息を吐いた。
「取りあえず、お前が突然元の姿に戻ったのは驚いたが、これでよかったと言えばよかったか」
「ん? うん……」
「いつ戻るつもりか気になっていた。いつもはフレアとして女装しているんだろう? 今のお前は何と呼べばいい? ほむらはまずいか? あ、そうだ、ルークと呼べばいいんだよな? それが本当の名前なのか?」
「んん? えっと……何言ってるんだ? 義勝」
本当に何を言っているんだ?
ルークに“戻った”? フレアに“女装”?
まるで意味がわからない。
「今世では、本当は男なんだろう? それが我慢できなくて、フレアと名前を変え、世間的には女性ということにしているんじゃないのか?」
「あんん?」
「となるとルーク・フィリアというのも仮の名前か? ……そうだな、ええと、ほむらの後に転生した時はルークという名前で生きたんだよな? そしてまた転生して、また男だったから嫌気が差してフレアと名乗っている、というところか? じゃあ本来の名前は別か?」
「……ほほぉ?」
な~るほど……。
かなりややこしいが、義勝がとんでもない勘違いをしていやがるということはよくわかった。
此奴、フレアが男だと思い込んでいるんだな?
まさかそんな面白い勘違いをしたままだったとは……。
フレア・ローズ・イグニスとは私のことだと打ち明けた時点で、さすがにルークの姿の方が偽りと言うか男装と言うか……気づいてほしかったんだが。
何ともまあ……頭が良いのか悪いのか……
いや、そう言えば昔から思い込みの激しいところもあったような……?
今世では確か、パーティーか何かで偶然再会したんだ。
フレアにはまだ私の記憶はなかった。
男の姿になってサクラとダンスがしたいとか何とか、そういうわけでパーティーに潜入したのだ。
そして、フレアは自分の姿について、義勝の誤解を解くことはなかった。
“いろいろ説明するのもややこしいし? こいつにはまたどこかでフレアとして会うこともあるかもしれないけれど、う~ん……まあその時でいっか。昔とそっくりな姿でビックリした顔を見るのもなかなか面白そうだしね、ケケケ。”
フレアはそんなことを思っていたようないなかったような……。
おかげで勘違いはそのままになってしまった。
はてさて、どうしたものか。
誤解を解いてもいいのだが……
「……ちょっと待ってくれ。俺は……娘だと聞いているが、それは……」
ずっと黙っていた刀士郎がとうとう口を開いた。
もちろん壁に向かってこんにちわ状態だから、こちらからは表情が見えない。
「娘ということにしているんだろう。そうだろう? ほむ……ルーク」
「いや、うーん……」
「俺が最初に出会った時はこの姿だった。この国に来た時もだ。その後、ノアの毒だか何だかで女性の姿にされてしまったんだ」
「そうだったのか」
そうだったんじゃないのだが。
刀士郎、素直なのは変わらないようだが、義勝が相手だからとすんなり信じるのは如何なものか。
まあそれだけ心を開きつつあるということで良い兆しだろうか?
「うーん、そのぅ……まあ……」
「ノアは“女性にしてしまう毒”みたいなのをお前に使ったんだろう?」
「うーん……いや、あのな義勝、あれは“前世”の姿にしてしまうという薬で……」
勘違いのままというのもな。
ここらでしっかり正しておこう、そう思ったのだが――――……
「どういうことだ? 前世? だがお前はさっきまで女性の姿で…………あ、ほむらの姿にしたということか? 前前世の?」
勘違いはよりややこしい方へ転がり始めた。
「いや、その、それは……」
「そして今は前世の姿ということか? 前世の若い頃に姿を変える……? 薬一つで性転換も大概だが、そんな薬があるわけないだろう? 意味がわからん」
「あー……」
それは私も思うけども。
こんなとんでもない薬がこの世界にあるのは事実なんだから。
それに、そもそもあの前世の薬は、若い頃というより多分死の直前くらいの姿だ。
つまり義勝がもし使えば爺さんになるし、この姿の私が使えばより前世の、つまりお婆ちゃんほむらの姿になるのだと思う。
「違う違う。そうじゃなくて、前世に生きた姿……若い頃というより、死ぬ前くらいの姿に戻ってしまって……ああ、そこはあまり重要じゃないか。とにかくこれは今の姿というより前世の、ルークの姿で……」
「前世がルークという男性だったことはわかっている。今世も男性なんだろう?」
「いや、それは――――」
「待て。となると…………何だ? 今の姿が前世の最後の姿とするなら…………お前は…………そんな、若くして…………?」
義勝の声が震えていた。
隣の刀士郎も、ハッとしたように肩をビクつかせている。
二人とも未だに壁に顔を向けているから表情は読めないけれど、相当ショックを受けているだろうことは、簡単に想像がついた。
まさかそんな考えに及ぶなんて、思わなかった。
私は確かに短命だった。
正確なところは覚えていないが、大体20代後半くらい。
27とか8とか、多分その辺りで命を終えた。
それも、自分の手で。
……そんなことを、二人には話したくない。
「いやぁ……はっはっは、違う違う。そうなんだよ、ええと、性別を変える?薬をノアに飲まされてさ。それでレインが解毒……剤?を処方してくれたんだ。それで元に戻ったってところ。しかし困ったな、うん、何が困ったかって……ええと、何だっけ。そう、私……俺は、急に男性に戻ることになって……いつも女装、してるから、バレたく、なくてだ。はっはっは……俺、今何を言ってる?」
若干しどろもどろになりながら、私は必死で言葉を紡いだ。
「そう、と、とにかくだ、レインは私のためにいろいろやってくれてたんだ。だからあの子を責めるのはやめてくれ。私の大切な弟子だから。これからは仲良く仲良く。ね?」
「……………………」
「……………………」
二人は黙っている。
私は我慢できなくなって、二人の間に飛び込んだ。背後から二人の肩に腕を回して、抱き寄せる。
「ぐえッ」
「な、何をするほむ……ルーク!」
「仲良く仲良く! いいな? レインは優しい子なんだ。頼んだぞ」
義勝は顔をしかめ、私から視線を逸らした。
「……お前は、長生きしたのか?」
「え?」
「長生き、したんだな? ルークとしての、人生も」
……声が、また震えている。
泣きそうになった。
泣きそうになって、むりやり笑顔を作った。
「……ああ、もちろん! よぼよぼの爺さんになるまで生きたさ。俺は体が丈夫だからな。当然だろう!」
嘘を吐くのが苦手、と言ったのは、誰だったか。
そんなことはない。私はけっこう嘘を吐くのが得意なんだ。
事態をややこしくしてしまった罪悪感はある。
フレアにいろんなしわ寄せがいってしまうのは本当に申し訳ない。
けれど、私は嘘を通してしまった。
今この時、ただこの時だけでも、二人に自分の死について語りたくないという、そんな理由のために。
必死でにこにこしていると、やがて刀士郎が「……医者には、確かに世話になった面もある」とぽつりと零した。
「あれが心桜殿の前世の兄だなどと、正直まだ信じられないが……」
「そうか? 綺麗な顔立ちは案外似ているところもあると思うが……」
「似ていないにも程がある」
「そうかな……」
レインは前髪が長いからわかりづらいが、本当はそれはそれは綺麗な顔をしている。
勿体ないなあと思うのだが、レイン自身はあまり自分の顔が好きではないらしい。
「だが、悪かった。後で謝る。言い過ぎた所は確かに、ある。……俺は、ほむらの事になると、頭に血が上ってしまう」
「うんうん、素直だな。いいことだ。刀士郎はレインの良い友達になれそうな気がする」
「それはどうかな……」
「頼んだぞ」
私はほっとした。
刀士郎の頭を撫でて、それから二人を離した。
「さてどうだ、男の俺もなかなか格好良いだろう?」
刀士郎の持ってきてくれた服はぴったりだ。
高級な仕立てのスーツで、いかにも貴族という感が出てしまっているけれど。
義勝は私を見て「はいはい」と言わんばかりの顔をしている。予想通りの反応だが、刀士郎の方は――――――……
「ああ。ほむらは男の姿も綺麗だ。世界で一番格好良い」
「お、おう……?」
「素敵だ。よく似合ってる。まるで天使みたいだ」
「あ、ああ、ありがとう……?」
キラキラした目でそこまで褒められるとは思わなかった。
どうしたんだ、刀士郎。
熱っぽい目で「天女」と呼ばれた一番最初の頃を思い出す。ちょっと怖いぞ。
「ええと……ごほんっ、と、取りあえず俺のことはルークと呼んでくれ。ここではそれで通ってる。それで、うん……フレアのことは前世の妹ってことになっていてだ」
「ああ、そう言えばアクアの人間だったか……そんなことを言っていたな。訳がわからなくて放置しておいたが」
「そこはいろいろ複雑な事情があってさ。まあ、女装なんてほら、公にできないし? とにかく話は適当に合わせてくれよ。それと……」
これだけは伝えておこう、と思っていたことを、伝えた。
「怪我や病気をした時は、俺を呼んでくれ。絶対に」
治癒と無効化。
この世界で手に入れた力について、私は簡単に説明した。
伝えておけば、もしかしたら救えることがあるかもしれない。ルーナの時のような絶望は、もうこりごりだった。
義勝も刀士郎も、驚きに目を瞠っている。
「普通はこうペラペラと言っちゃいけないんだが、お前たちだから話すんだ。くれぐれも他の人間には内緒にしててくれ」
「あ、ああ」
「二人にも、かつての俺と同じように長生きしてもらわなくっちゃあな。だから何かしらあった時には連絡してほしい。俺はきっとそれに応える。ただ、もしかしたら……」
一度言葉を止めて、私は二人を見つめた。
緊張が張り詰める。
迷いはあったが、その懸念については伝えておいた方がいいかもしれないと、思った。
ただの予感だ。予感だが、私の予感はよく当たる。
「―――――――――――――。」
二人の表情が強張った。
それでも私は言葉を続けた。
前世が短命だった事と同じくらい伝えづらいことではあったけれど、これについては誤魔化すべきじゃない。
だってこれは、もしかしたら起こりうるかもしれない、未来の話だから。
「――――――――でも、この先、何があっても、俺たちは友達だ。……そう、だよな?」
最後は縋るような言い方になってしまった。
けれど、私の言葉に、二人は深く頷いてくれた。
「約束だ。お前との縁は、この先も絶対に切れはしない」
「俺も約束する。……いつか約束したように。俺はずっとほむらの友達だよ」
二人は、嘘を吐かない。
きっと何があっても、このまま友達でいてくれる。
ほっと安堵して、私はふにゃっとだらしない笑みを浮かべた。
温かいものが広がっていく。……よかった。本当によかった。
あの頃とは違うけれど、私たちは今も確かに友達なんだ。そして、この先も。
夢のような、優しい約束。
「約束だからな! ずっと……ずっと……!」
嬉しさのあまり二人に飛びついて抱き締めた、その時――――――……
「………………何をしている」
突然扉が開いて、静かな声が掛けられた。




