487 説明する
「ッ……ん……」
目がぐるぐる回って、立っていられない。
私はその場に崩れ落ちた。
熱い。心臓が苦しい。義勝たちの声がどこか遠くに聞こえる。何言ってるかわからない。
て言うかこれ、超早く効くやつだっけ?
わあどうしよう大変だ。
そういうことすら、頭の中からすっぽ抜けていた。
「そのまま――――何考え――――破片を……込ん――――……」
あ、レインの声がする。
途切れ途切れだけど。多分すごく怒ってる。
でもその声に応えることができない。
ぎゅっと目を瞑って、毛布にくるまったまま体を丸くして、やがて私はおずおずと顔を上げた。
ぼんやり開けた視界に、まず映ったのは鮮やかな青。
「…………レイン」
ちょっと擦れた声は、低い。
私は恐る恐る自分の喉に触れた。……喉仏さん、こんにちは。久しぶり。
はらりと何かが髪から滑り落ちてきたと思ったら、義勝に貰ったあの青い髪紐だ。
髪が短くなったせいで、落ちてきたんだろう。
私は髪紐を手に見つめながら、ひたすら感心していた。
つくづくすごい薬だ。前世の自分の姿になってしまうなんてまだ信じられない。
髪さえも縮んじゃうってどうなってるんだ?
もしかしてただの薬じゃなくて、何らかの魔法が加えられているのかな?
レインが魔術に精通しているというのは聞いたことがないけれど、何となくそんな気がしてきた。
だって本当に凄まじい効果なんだもの。
「……ルーク様」
レインは困ったような、不安そうな、ほっとしたような……いろんな感情がぐっちゃぐちゃになったような顔で、私を見つめていた。
体調はどうか、違和感はないか、額や喉に手を当てられながら、矢継ぎ早に質問される。
「大丈夫だよ、問題ないない。ガラスも飲み込んでないし……熱もない」
「ならいいですが……違和感を感じたら、すぐに医者に診せてくださいね」
ほっと息を吐いた後、レインは私の首筋をじっと見つめた。
熱い視線に、遅れて気づいた。……そこは、さっき彼に深く口づけされた場所だ、と。
カッと熱くなって思わず手で隠すと、私の反応に、レインが僅かに微笑んだのがわかった。
「……すぐに消えますよ、そんな“執着”は」
「え?」
「さようなら、ルーク様。お元気で」
さらりと告げられた別れの言葉を理解する前に、レインは身を翻し、私を置いてあっという間に走り去ってしまった。
「え……え?」
急に逃げるようにいなくなってしまった理由がわからず、私はただ戸惑って呆然としていた。
傍にいてほしい、と言っていたのは、君ではなかったか?
やはりあれは幻聴だったのか?
後を追いかけるかと悩んだが、今の私が彼に追いつけるだろうか?
そうしてうだうだ考え込んでいると……
「ほむら……これは、一体……」
顔を上げてぎょっとした。刀士郎がわなわなと震えている。
その目に、はっきりとした怒りを滲ませて。
あ、これはやばい。
私は必死で口を動かした。
「ええと、あの、刀士郎、その、……これは何と説明したらよいものか」
「あのクソ医者……!! 一体何を飲んだんだ!? どうしてこんな……ほむら、今すぐぺってするんだ! ぺって!!」
「いやあ……ははは。もうやっても遅いと思うなあ」
「あいつを捕まえてくる!! 待っていてくれ、ズタズタに引きずり回しても解毒剤の在処を吐かせ――――」
「待てぃ」
私は思わず刀士郎の手を掴んだ。今にも駆け出しそうだった刀士郎の体が、ガクンと揺れる。
おお……袖から伸びる私の腕はまさに男性のそれだった。
さっきまでフレアの体だったからか、違和感がすごい。……て、こんな感心してる場合じゃないな。
「俺は大丈夫だ。こうなることはわかっていたんだから」
「わか……どういうことだ? どうして…………まさかあの医者に脅されてるのか!?」
「え?」
「ゆ、許せない。すぐ連れてくる。ここで待っ――――」
「待って待って待って」
「何か脅されているんだろう!? ほむらの優しさにつけ込んで……許さない……!!」
なぜそうなる。
刀士郎の目は殺意に燃えている。
あまりの憎しみに私の言葉が届かないらしい。
突っ走りすぎだぞ刀士郎。昔の君はこんなじゃなかったろう。
義勝、どうか刀士郎を止めてくれ。
助けを求めて義勝の方を見ると、なんとびっくり懐から短剣を取り出したところだった。
「よ、義勝……?」
「刀士郎、これはお前が持っていろ。ここぞという時はこの短剣を使え」
「わかった」
「待て待て待て待てぇい!!」
お前もか!!て言うかお前の方が酷い。
短剣で私の可愛い弟子を脅すつもりか? そんなことこの私が許さんぞ。
「二人とも落ち着いてくれ! とにかく、俺の話を――――――」
その時、慌ただしい声が耳に届いた。
建物の方からだ。
目を瞑り、気配を探る。ぱたぱたと、急いだ様子でこちらに向かってくる……多分カノンたちだ。
このまま彼らと合流してしまった方がいいか、それとも…………考えている間に、体が動いた。
まずは、この二人にいろいろ説明するのが先だ。
でなければ、私が目を離した隙にレインの後を追ってとんでもないことをやらかしそう。
「あらよっと!」
「ッ!?」
「ぐッ……!?」
右腕に義勝、左腕に刀士郎。
私は俵のように二人の体を抱え上げて走り出した。
――――――――――
――――――――――――――――
「…………ッ、ほむら、そろそろ下ろせ!」
「ああ、下ろしてやるからちょっと待て」
私は使われていない屋敷の一室を開けた。
中は昔物置にでも使われていたような場所で、埃っぽく、物が雑多に詰め込まれていた。
その僅かに空いていたスペースに、義勝と刀士郎を下ろして、静かに扉を閉める。
二人は葬儀でもあったのかと縁起でもないことが頭に浮かぶ程、沈痛な表情をしていた。
「……おい、大丈夫か?」
「ほむら……」
私を見上げた刀士郎は、なぜか涙目になっている。
「むりやりそんな姿にされて……なのに、どうしてそんな……優しい顔を……」
「? 落ち着け。だからわかっていてこうなったのだと……。この姿、そんなに酷いか?」
かなりショックなんだが。
小さくため息を吐くと、刀士郎はぶんぶんと首を横に振った。
「そんなことはない! そういうことじゃない……。ほむらは……ええと、それは、その……男性、に、なっている、のか?」
「ああ。確認する?」
「かッ……し、しない!! そうじゃなくて……その姿を否定している訳じゃなくて……でも嫌だろう? こんな……こんな勝手に体を変えられたら……ほむらが嫌な思いを……」
「それは大丈夫だよ。これは私の元々の姿だから問題ないんだ。本当に」
「元々の姿……? それは、どういう……」
刀士郎はぱちくりと瞬いた。
私はその困惑した表情に微笑みかけながら、そう言えば刀士郎と再会した時には、もうフレアの……つまりほむらの姿だったんだな、とぼんやり思い出した。
この国に来た当初は、ルークとして、西支部の方に厄介になっていたのだ。
それがノアの嫌がらせやらなんやらでいろいろあって、刀士郎は私の本当の姿を知らないまま。
最初からこの姿で再会していれば、刀士郎をここまで混乱させてしまうことにはならなかっただろうか?
しかし、と義勝の方へ顔を向ける。
義勝はやはりお通夜みたいな顔をしていた。
こいつは私の、ルークの姿を知っているはずだが、どうしてこうもショックを受けているのか。
「お前も大丈夫か? 義勝」
「……大丈夫、だ。俺は。ただ、お前が…………」
義勝の視線は、私の首筋へ向けられて、それからすぐに逸らされた。
……もしかして、義勝の怒りというのは……私がルークの姿になったこと、と言うよりも……
思い出すと顔が熱い。
私は咄嗟に首筋を隠しながら顔を逸らした。
「と、とにかく、話をしておこう! おっと、その前に何か男物の服に着替えておきたいな。……うーん、この物置小屋、何か着れるものはないか……」
フレアと私はそんなに身長が変わらないから、服が破けるなんて面白いことにはならないが、フレアと同じ服を着ていたのではいろいろ怪しまれてしまうだろう。
そう思って物を漁り始めると、刀士郎の顔が青ざめた。
「こんな場所に放置された物を着るなんてやめた方がいい! 俺が今すぐ用意するから、待っていて!」
悲鳴のような声と共に、刀士郎は止める間もなく廊下に飛び出た。
そしてその僅か数分後……多分この数分の間に購入したのだろう、いかにも高そうな上着やらシャツやらを抱えて戻って来た。……さすが金持ちは違う、と言ったところか。
男同士だし、そもそも私たちは過去に風呂で裸の付き合いをしたもの同士。
私は刀士郎に感謝し、その場で服に着替えながら、自分の過去を彼らに話した。
ルークとして千年前のこの世界に転生したこと。
そこでレインと出会ったこと。
ルーナのこと。
もちろん、ジークが神様として千年も生きていることだとか、シノノメとの因縁だとか、私の最期については伏せている。
そうして、あらかた話し終えた後だった。
「全く…………お前は、どれだけ人を誑し込めば気が済むんだ」
義勝の第一声は、それだった。




