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486 爆発する




「レ、レイン……?」

「俺の、師匠に、近づく、な」



 憎しみさえ混じったような声音だった。


 レインは背後から私を抱き締めていた。

 横顔を恐る恐る見上げると、牽制でもするように義勝たちを睨み付けている。

 殺意の塊のような、禍々しい気配だった。



「……ほむらから離れろ」


 それを受けてか、刀士郎まで黒々としたオーラを纏い始める。


「あ、あの、刀士郎さん? レインさん? 二人とも落ち着い――――」


「ほむらから手を離せこの変態」

「煩い消えろチビ」

「切り刻まれたいか」

「やれるものならやってみろ」


 おおおおう……。バチバチと火花でも見えそうな睨み合いだった。

 この二人はこんなに仲が悪かったのか?

 どうやら私の声も聞こえていないようだ。


 私は前も後ろも殺意に挟まれて動けなくなってしまった。

 何なんだこれは殺意のサンドウィッチか? ……我ながら全然笑えないな……。



「二人とも落ち着け。刀士郎、ほむらが困っているだろう」

「ッ…………すまない」


 そこに助け船を出してくれたのは義勝だった。

 さすがだ義勝!! お前まで冷静さを失っていたらどうしようかと思った。

 だてに政府の高官やら皇子やらを務めているわけではないのだな。


 義勝のおかげで、少しばかり空気が落ち着いた。

 私はほっと胸を撫で下ろして、背後のレインに声を掛けた。


「さあさあレイン、君も落ち着いて。私は大丈夫だから、ちょっと離れ――――」

「嫌です」

「え?」

「……嫌です……」


 レインの力が強くなった。ぎゅっと私を抱き締めて、首元に顔を埋める。

 青い髪が肌を擽るのと同時に、彼の熱が伝わった。





「俺の傍に、いてください……」





 聞き間違いかと、まず耳を疑った。




「レ、レイン……?」

「お願いします……ずっと、傍に」





 私は言葉を失った。

 表情は見えない。見えないからわからないんだが、一体どうしたんだレイン。


 これじゃまるでジークじゃないか。


 まさかこれも自白剤というものの副作用か?

 何て危険なものを服用してしまったんだレイン。て言うか何てものを作ってるんだ君は。


「レ、レイン、だ、大丈夫大丈夫。私はここにいるから。ね?」

「…………」


「ほむら、そいつは危険な男だ。弟子だからって油断しちゃだめだ。ほむらの優しさにつけ込んで、何をするかわからない。早く離れた方がいい」


 刀士郎の空気がまた重く黒くなる。


「いや、そんな……レインはあの、今ちょっと調子が悪くてだ……」

「さっきの瓶も、そいつから渡されたんだろう? 絶対ヤバいものが入ってる。間違っても飲んじゃだめだ。ほむらは知らないかもしれないけど、そいつはヤバい解剖だとか実験だとか、そういうのを笑いながらやるような……とにかく、概ねヤバい奴なんだ!」

「はっはっは、まっさかぁ。うちのレインは心優しい真面目なお医者様だぞ?」

「ほむら、現実を見るんだ」

「え?」


 刀士郎ってば何を言っているんだ。

 そんな鬼気迫った顔で……。


「とにかくレインは良い子なんだ。そうだ、まだレインと話したいことがあるから、先に食堂に戻っていておくれ。後で必ず向かうから」

「だめだ。放っておけない」

「いや、だが――――――」


 私は困って義勝へ視線を移した。

 さっきのように私の気持ちを察して、何とか刀士郎を連れて戻ってくれないかと期待したのだが……。



 今度は動いてくれなかった。

 何か思案するように、じっと私たちの方を見つめている。


 まさか義勝までレインを疑っているのだろうか?

 困った。どうしてお前まで。


 確かにこの薬は、自分の責任を放棄するために飲もうという、あまりよろしくないものであることは間違いないけれども……決して悪意があるわけではない。

 レインは私のためを思ってこれを作ってくれた。

 この子は本当に優しい子なのに、どうしてなかなか伝わらないのだろう。




「うーん……よしわかった!」




 私はぽん、と手を叩いた。


 まずはレインのことを深く知ってもらおう。

 三人に仲良くなってもらおう。

 大好きなこの子が、大好きな友人たちとギスギスしているのはとても悲しい。

 前世回帰薬のことは一旦置いといて、まずはこの子の良さを知ってもらうのが先ではないか?



「義勝も刀士郎もレインのことを誤解しているようだ。この子がどれだけ素晴らしい子か、私がじっくりたっぷりゆっくり説明するから、そうすればひとまずその誤解は解けるだろう。今すぐ彼のプレゼンをするぞ! アカツキに戻る前に! それが何よりも優先すべきことだ!」


 私の素晴らしい提案に、義勝も刀士郎も『それは楽しみだ』と言わんばかりにぽけんと目を丸くしている。

 何だ、もしかしたら二人ともレインのことを知りたくてうずうずしていたのかな?

 それならそうと早く言ってくれればいいのに、シャイなものだ。


「よしレイン、私はささっと資料を作ってくるから、一旦離してくれないか?」

「資料……?」


 レインが僅かに顔を上げた。

 長い前髪に隠れて、表情はよくわからない。


「私は頭があまりよくないからね、原稿をきちんと作って資料を見てもらいながらの方が、きっと皆に伝わるだろう。君がどれだけ良い子か、私が責任を持ってアピールする。そしたら仲良くなれるんじゃないかな」

「仲良くなる必要なんてないです。絶対やめてください、そういうの」

「え。いやだが……」



 誤解を、誤解のままにはしておきたくないし、三人には仲良くなってもらいたいし……何より



「私の言葉で、君のことを伝えておきたいんだ」



 私は、消えてしまうから。



「君と旅をした、あの素晴らしい時間は私一人のものだ。フレアのものじゃない。そうだろう? 私は君の良いところをたくさん知っている。だから、私という存在がいなくなってしまう前に――――――」

「やめてください」

「でも、このままでは少し心配だ。本当の君を知る人が、一人でもいてくれる方が――――」

「やめてください!」


 レインは大声を上げて、また私の首元に顔を埋めてしまった。

 熱い息が、肌にかかる。



「もう、それ以上……俺の心を、揺さぶらないでください」



 泣きそうな声に、言葉が詰まった。

 私は迷った末、手を伸ばして、彼の頭をゆっくりと撫でた。……昔、そうしたように。


 レインは、ぎゅっと私を抱き締めた。


「……貴方は消える。そんなことわかってる。俺の心配なんてやめてください。ご自分のことだけを考えて下さいよ頼みますから」

「レイン……」

「俺のことをガキ扱いしないでください。俺は、貴方がいなくても……生きて……いけ……」



 自白剤のせいで苦しいのか、レインの声が途切れ途切れになった。

 ああ、まずはベッドだな。この子をベッドに寝かせて、資料を作って義勝たちにプレゼンして、薬のことはその後に考えよう。



「わかってるよそれは。ただ、愛しい弟子を自慢したくて堪らないんだ。君は本当に可愛い子だから」

「そういうのが…………ガキ扱いって言うんですよ」



 苦しそうな声だった。まるで、何かが爆発する寸前のような。

 激しい不安に襲われた。

 私はまたこの子を傷つけてしまったんだろうか。


 そんなつもりは……と言おうとした言葉は、その直後、喉の奥に引っ込んだ。










 ――――剥き出しの首筋に、熱い息がかかった。

 それから、生温かい、ぬめりとした感触が首筋を這う。

 僅かに、水音のようなものが耳を擽って……唇を押しつけられたまま、柔らかく歯を立てられた。痛みはない。ただ、咥えられたところから、体が不自然に熱を帯びていく。



 何をされているのか、わからなかった。



「レ……イン……?」



 しばらくして、ゆっくりと、レインが顔を上げる。

 酷く熱っぽい、潤んだ瞳が、じっと私を見つめていた。


 言葉はない。


 けれど……深く、口づけされたのだと、ようやく理解した。


 理解した、直後――――――……私の中で、何かが爆発した。





 バキッ!!!





 持っていた瓶が、急上昇した私の握力に耐えきれず破裂。

 中身が溢れた。



「あ、あばばばばばば……!!」



 このままでは折角レインが作ってくれた薬が――――……!

 どうしようどうしようどうすればて言うかさっきの口づけ――――ああだめだ、あの感触を思い出しただけでまたもうひと爆発しそうだ。熱い。熱くて目眩がする。


 完全にパニックになった私は、手のひらに溢れたその液体を……




「ほむら……!?」

「待て! 早まるな!!」




 そのまま口元に持っていき、勢いよく喉に流し込んだ。


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