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490 【刀士郎】 連れて行く




「な、何を言い出すんだジーク!! と、刀士郎に女装!?」

「だって雰囲気がよく似ているじゃないか。背丈も似ているし、いっそ髪は染めて……ドレスを工夫すれば体つきも誤魔化せるだろう。大丈夫大丈夫、体調が悪くて寝込んでいるということにすれば、人前にもそんなに出なくていいし、裁判も先延ばしにできる。ステラにはもちろん協力してもらうし、彼女ならうまく誤魔化すだろう。ここを出る時も大きな帽子とか被れば――――」

「それなら私が女装すればいいだろう! 責任を持って女装するから、その間におはぎちゃんを――」

「お前はおはぎの捜索に回って貰うからだめ。あいつを見つけ出すにはお前の超人的な力が必要だ。それにえらくお前に懐いていたから、お前が求めれば姿を現すかもしれない」

「だ、だが……!!」



 ほむら……いや、ルークは酷く慌てているが、ジークの方はツンとすまし顔だ。

 さすがの義勝も動揺を隠せなかったのか「女装ならば俺がやる!」ととんでもないことを言い出してすぐに却下されていた。

 俺もそれはやめた方がいいと思う。



 しかしどうしてこうなったのか……。

 ルークは女装を隠している→公になるのはまずい→じゃあ今までどうしていたんだ? そもそも裁判に至る経緯は? おはぎって何?等々……


 挙げ始めたらキリがない。正直、疑問点は山のようにある。

 身代わりという話は驚いたし、ある意味犯罪の片棒を担ぐような話だろう、とも。

 だが……




「やっぱりやめよう! 私が何とかするから!」




 ちらりとルークを見ただけで、そんな些事はどうでもよくなる。

 理性が吹き飛ぶとはこういうことを言うのか。



 …………ああ可愛い。本当に可愛い。綺麗だ。綺麗過ぎる。天使のようだ。君はどうしてそんなに綺麗なんだ。あまりに綺麗でこの世のものとは思えない。

 髪が短くなった上に男性になってしまった時は、驚きのあまり泣きそうになったが、見れば見る程綺麗だ。

 神の使いというものが本当にあるなら、きっと彼のような姿をしているのだろう。



 何とか助けてやりたい。

 細かいことなんてどうでもいい。

 女装については根掘り葉掘り聞かれたくないという感じだったし、聞かれたくないことをむりやり聞き出したいとも思わない。


 今は眠りについている本来の人格がどんなかはわからないが、俺はきっとどんな彼女でも――――いや、彼でも、助けたいと願わずにはいられないだろう。

 望みがあれば、何だって叶えてやりたい。

 そのためなら、別に牢に入れられたって構わない。




「よし、女装すればいいんだな」

「ちょっと待て」



 ルークのためなら女装なんてお安い御用だ――――と思ったら、義勝に手を掴まれた。



「やめろ。とにかく刀士郎、女装だけはやめるんだ」

「なぜ」


 お前よりは似合う自信があるぞ。

 ジークも怪訝な顔をした。


「そうだどうしてだカイウス……殿下。あれ? 僕もしかしてずっと敬語忘れてました?」

「忘れてましたが別に構いませんよ。……とにかく刀士郎、女装はやめろ。お前の女装は危険だ」


 危険?

 俺は何のことだと首を捻った。


「危険って何がだ? ジークだって俺が適任だと言っているだろう」

「危険なものは危険なんだ」

「そうそう、昔刀士郎がふざけてだっけ? 女装した時さ、すごかったんだよ。すごい美人!」

「あれで何人の男を狂わせたことか……」

「何の話だ」


 確かに一度女装したことはあるが――――“狂わせた”?

 記憶にないぞ。


「昔のことはどうでもいい。女装が必要ならいくらでもやってやる。まずはこの髪を染め――――」

「あわわ、待って待って! 刀士郎の髪は綺麗なのに、そんな理由で染めちゃうのは勿体ないって!」


 ルークは俺の手を取り、「絶対だめだぞ」と念押しした。

 至近距離から顔を覗きこまれて、思わず息が止まりそうになる。……胸が痛い。触れているところが熱い。可愛い。危険なのは君の方だ。こんなにも綺麗で可愛くて天使みたいなのに、君は自分の美しさにあまりに無頓着だから。



「身代わりとかいいから、俺がさっさとおはぎを捜してくる! 今日一日で無理だったら俺が女装するから! じゃ、また後で!」


 飛びだそうとするルークの手を、ジークが「待て」と掴む。


「落ち着け。わかった、ローガンが女装というのはなしだ。一人で突っ走るな」

「と、とは言っても、急がねば! 私の代わりにしばらくアカツキにいてほしいなんて、そんな危険なことを了承してくれる女性がいるとは思えないし……」



 確かになかなかいるものじゃない。

 だがほむらの人望があれば、もしかしたら…………




「――――――――――――――あ」




 一人、顔が思い浮かんだ。







――――――――

――――――――――――――――




「…………お、終わった、けど」




 部屋の扉が僅かに開く。

 そのままゆっくり開けて、彼女の姿を見た俺は少し驚いた。




 想像以上、だった。




「な、何か言いなさいよ! 急にこんな……意味がわからないんだけど……」



 彼女は真っ赤な顔で俺を睨んだ。

 赤いドレスと、長い金髪の鬘。

 化粧をさせて肌の色や目元を変えれば、遠目なら俺でも見間違うんじゃないかと思う程、ほむらによく似ていた。



「……ああ、よく似合ってる」

「ッ……! な、なな、なんッ……何言ってるの!? ばっかじゃない!?」



 何か言えと言われたから言ったのに、エイダはますます顔を真っ赤にして怒った。

 言葉がまずかったか。だが気を利かせて嘘を吐くのも面倒だ。


 エイダは背が高くすらりとして、どことなくほむらに近い雰囲気があった。

 それを思い出し、俺は迷わずエイダの元に向かった。

 エイダは団長と何やら深刻そうに喋っていた。



『――――もう……ここには、いられない』

『考え直せ。過ちは誰にでもある。信頼はこれからの行動で取り戻せばいい』

『でも、皆だって……――――それに、あいつも……』



『取り込み中のところ悪いが、緊急事態だ』

『え!?』

『ロ、ローガン!?』



 俺は困惑する彼女の手を引いた。



『ちょ、ちょっと何!? どこに行くの!?』

『ドレス』

『へ?』

『着て貰いたいドレスがある』

『ななな……何なのよ!? ねえ! ちょっと!』


『おいローガン! エイダをどこに連れて行くつもりだ!?』

『デ、デートか!? お前、あの金髪の子にフラれたから……!』

『黙れ!』



 事情を説明する暇もなく、ドレスやら小物やらの揃ったこの店に連れてきた。


 団長はともかく、鬱陶しいディランまでついてきたのは計算外だったが、まあ多分大丈夫だろう。

 ディランは軽薄そうだが、こういうことは口外しない、はずだ。

 もし万が一口外したら、その相手ごと消す。



 義勝は途中で仕事に呼ばれた。

 いくつかルークと言葉を交わした後、慌ただしく皇宮へ向かった。




「おお……! 確かに、うん、よく似ている!!」



 エイダの仕上がりに、ルークも目を丸くして驚いた。

 彼は帽子と眼鏡で変装している。

 見つかると大騒ぎになるからと、一旦変装することにしたらしい。

 団長やディランとは面識があるはずだが、二人とも気づいた様子はない。……まあ、あまり親しく交流した訳でもないだろうから、当然と言えば当然か。



「エイダならば度胸もある。問題ない」

「な、何の話をしてるわけ!?」

「ほむらの危機だ。しばらく身代わりになってくれ」

「そッ……そんなさらっと言われてもできないわよ! 大体私に頼むって何考えてるの!? 私はあの人を…………う、裏切ったじゃない…………」



 エイダは泣きそうな顔で俯いた。





 ………………ん?



 裏切…………?

 そんなことあったか……?




「確かに君はフレアの情報を皇帝に売った」



 えっ……。


 俺はジークの方を凝視した。


 そうだったか?

 まずい。すっかり忘れていた。

 言われてみればそんなことがあったような気もするが、ほむらのことに集中し過ぎてすっかり忘れていた。



「だからこそだ。君はその事を深く反省していると聞いている。罪悪感があるなら、大人しく協力してもらおう。今回君が協力してくれれば、君は罪悪感を払拭できるし、僕らとしても助かる。……ローガンも、そこを見越した上で君に協力を仰いだんだろう」



 え?


 別にそんなつもりはなかったんだが。

 俺はただほむらに似た雰囲気というところで彼女に声を掛けただけだ。

 やめろジーク。そうだろうローガンみたいに見られても困るし、何でもお見通しみたいな顔をされると普通にムカつく。



「成る程そうだったのか。さすが刀士郎だな……! まさかそこまで考えてるなんて」

「あ、ああ」


 ルークに柔らかな笑みを向けられて、俺は反射的に頷いてしまった。



「何だよローガン! お前、そういうことはちゃんと言えよな!」


 黙れディラン。



「まさかお前がそこまで団員のことを考えているとは……。成長したな」


 なぜか涙ぐむ団長。あんたは俺の保護者か?

 それとも仕事が忙しすぎて情緒不安定になっているのか?

 一人で抱え込みすぎるのはあんたの良くないところだぞ。




 ジークはますます調子に乗って言葉を続けた。


「ローガンは、君に自警団を去って貰いたくないんだろう。だからこうして挽回の機会を、と言う訳だ」

「え…………本当、に?」


 エイダはじっと俺を見つめた。


 縋るような真摯な眼差しに、一瞬迷いが生じた。

 だが、彼女が今まで自警団に貢献してきたというのも、今後も必要な人材であるというのも、正しいところのはずだ。

 ならば返す言葉は一つだろう。




「ああ」



 

 その途端、エイダの顔が、くしゃっと歪んだ。


 俺はまた間違えたらしい。

 彼女はすぐに俺から視線を逸らして、「もう……いいわよ。何でも。身代わりでも何でもやるから、教えて」とジークの方へ顔を向けた。間違えたと思ったが、今回のことは引き受けてくれるらしい。


 ジークは満足そうに頷いた。


「よし、決まったな。安心するといい、君はただフレアのフリをしていればいいだけだ」

「簡単そうに言うが、そう簡単なことじゃないからな、ジーク? こうなったら悠長にはしていられない。お嬢さんを巻き込むんだ。大丈夫、私がすぐにあの子を捜すからね」とルーク。

「あの子? ……まあ、そこは詳しくは聞かないわ。聞かない方がよさそうだものね」


 エイダが呆れたため息を漏らし、ルークは「それにしても可愛らしいなあ」と嬉しそうに微笑んだ。

 その時――――……





「ルー……ク……!? 貴様、何をしている……!?」





 唐突に、怒鳴り声が響いた。



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