484 困り果てる
「受け取れない。ルークの姿にはなれないよ」
「…………」
「わかっているだろう? 皆フレアのことを心配しているし、フレアがシノノメに来たことはヴェントゥス公爵の所為になっているし…………とにかく、これ以上好き勝手なことはできない。迷惑はかけられないよ」
「本当に、それでいいんですか?」
私は曖昧に笑いながら、レインから視線を逸らした。
レインに慕われているような、心配されているようなこの感じは正直嬉しいなとか思ってしまうが、だがそれにしても今更ルークの姿になんてなれない。
確かに裁判は受けたくないけれども、そうやって嫌なことから逃れるためだけに姿を変えるなんて、あまりにも無責任じゃないか。
そうそう、それに私が裁判やら何やら面倒なことを済ませておけば、フレアに体を返してから彼女が喜ぶかもしれないし。
うん、そうだ、これが私の存在理由に違いない。
裁判の前にはシドのこれからについてきちんと話し合っておこう。
炎上事件の犯人については皇帝の手先の者、とか誤魔化してもらおうか? シドは命令に従ったまでだし、あの子に放火の罪を背負わせるのはあまりに酷だ。こういうことは義勝が得意だな。うむ、何とかうまくやってもらって…………
つまり、とレインが暗い顔で私を見つめた。
「俺が貴方を非難した連中を一人一人殺してもいいということですね?」
「だめだめだめ!!」
「ですが、このまま裁判を受けられると」
「受けるよ。せめてそれくらいはしないと」
「つまり殺してもいい、と」
「なぜそうなる」
私がため息を吐きたいところなのに、レインの方がやれやれと肩を竦めた。
「ルーク様は責任感がお強いですねぇ。もっとご自分のやりたいことをやったらいいじゃないですか。あの子供を助けるためにこの国まで来て、結局苦しんで、剣を取って…………。人助けしかしてないですよね」
「いやいや、そんなことはないよ」
私は慌てて否定した。
人助けじゃない。そう見せかけた、自分助けだ。
「私はただ自分を助けたかっただけだ。全部自分のためさ。自分のために私は……まあ、結局何の役にも立たなかったけどね。君たちに迷惑を掛けてばかりだった。情けないことこの上ない。途中でほむらになってしまうし――――」
「それは事故でしょう。それに、“何の役にも立たなかった”? 何を言ってるんです? 貴方がいなければあの男どもは動かなかったでしょうし、人間爆弾だってあのまま間違いなく爆発してましたよ。ご自分の価値を過小評価されるのは如何なものかと思いますが?」
あの男ども……というのは、義勝や刀士郎のことだろうか?
確かにそれもちょっとはあるかもしれないが……でも、責任感の強い彼らのことだ、私がいようがいまいが、この国のために立ち上がっていたんじゃないだろうか。
私がう~んと首を傾げていると、レインはやれやれともう一度ため息を吐いた。
「折角フレア様から与えられた時間なんでしょう、もう少し楽しんでみては?」
「充分楽しんでいるよ。美味しいものもいっぱい食べたし、サクラやジークたちにも再会できたし。これ以上ない幸運な時間だ」
「どうでしょう? ほむら様は相当楽しんでいましたが、俺が見る限り、貴方は働いてばかりです。掃除炊事に洗濯、子供の相手に介護に戦闘……」
レインは指折り数えた後、大袈裟に空を仰いだ。
「可哀想に。ルーク様は生涯労働という真っ黒な星の下に生まれたんですね……」
「……レイン、そんなに私にルークの姿になってほしいのか?」
「ええまあ。貴方が苦しむところは見たくないです」
「私が苦しまなくても、結局フレアが苦しむぞ」
「大丈夫です。中身がフレア様に戻っても、しばらくルーク様の姿のままでいればいいんです。そしてそのまま行方を眩ませてしまえば問題ありません」
「いや問題しかない気がするが……」
どうあっても裁判を受けさせたくないのか。
そりゃ私だって受けなくて済むなら受けたくないが……それが許される程、この世は甘くない。
レインは「それに」と畳みかけた。
「未練が残ったままでは、いつまで経ってもフレア様に体を戻せないかもしれませんよ?」
「うーん……どうだろうな。時間が経ったら自然とフレアに交代しているかもしれないよ」
「それはつまり、貴方は楽しい思いもせずに消えてしまうということですか? ほむら様はあんなに幸せそうだったのに?」
「いや、私は充分楽しかったし……本当だ、本当。そんな疑わしそうな顔をしないでくれ」
「貴方の本音を聞かせてください」
「本音と言われても……。全て、本音なのだが…………」
困った。
腕組みして唸っていると、ふとカステラが目に映った。
ひょいとそれを口にして、「ああ幸せだなあ」と笑いかけると、レインは眉間に皺を寄せた。
「…………貴方は、自分に厳しすぎます」
「いや本当、このカステラは幸せの味がするぞ。レインは食べたか? ほら、食べてごらん」
「普通、幽霊が生きた人間の体に憑依なんかしたら、“何があってもこの体を自分の物にしてやる!”となるものですよ」
「え、そうなの?」
「そんなもんです」
「幽霊さんに聞いたのか?」
「本で読みました」
「へえ……」
厳密には私は幽霊ではなくてフレアの前世なのだが……まあ、そうか。幽霊のようなものか。
一度死んでしまったし、フレアと私は別の人格なのだから。
確かに、生への執着があればある程、自分の物にしたい、もう一度生きたいという思いは強くなるだろう。
だが、私がそれを考えなかったということは……
「私には、未練はもうほとんどないのかもね」
充分過ぎる時間を過ごした。
ジークと再会し、サクラが楽しそうにしているところを見て……レイン、君ともこうしてまた普通に話せている。
そう思いながらレインを見ると、彼はやはり沈痛な表情で項垂れていた。
「………………心の病は、そう簡単には治りません」
「え?」
「貴方は病だった。そして今も、まだ…………」
「何言ってるんだ。私はもう大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないですよ。未練がないなんて、本当にそう思ってますか? 自分の望みさえわからなくなってるんじゃないですか? 貴方は、自分の痛みに鈍感だ。人の痛みには敏感なのに。だから…………心配なんですよ。うまく立ち回るのも苦手でしょう。なのに女王や貴族連中と話をしなきゃならない、裁判にかけられる、また人のことばかり考えて神経をすり減らす…………」
レインの言っていることが、よくわからなかった。
私はもう大丈夫だ。死にたいなんて思わない。もう、元気だよ。だから……
「すぐに自分を責める。役に立たないとか、自分はだめだめだとか、そういうことばっかり、考えてるでしょう」
それは……だって、その通りだから。
私は、ただ事実を言っているだけに過ぎない。
実際私は役立たずだし、けっこう自分勝手だし、だからせめてフレアの為になることをしないと…………
何かしなければ、私がここに来た意味が、ないじゃないか。
「いいんですよ。何もしなくたって」
「え……?」
私の考えを見透かすように、レインは優しい目を向けた。
熱でもあるのか、心配になる程潤んだ眼差しだった。
「何もしなくたって、仮に何の役にも立たなくたって、いいんですよ。そこに、いるだけで。楽しそうに、してるだけで」
「そ、れは……どういう…………」
「小難しいこと考えなくたって、好きに生きていいんですよ。生きていれば、それで。貴方は、貴方のために生きていい。誰かのためじゃなくても、迷惑ばっかりかけても…………自分を責める必要は、ないんです。…………どこにも」
そう言いながら、ぐら、とレインの体が揺れる。
「レ、レイン!?」
私は咄嗟に彼の体を支えた。
レインはぐったりして、目は虚ろだ。体が熱い。やはり熱があったのか。
「大変だ。すぐに医務室に運ぶから――――」
「大丈夫、です」
レインは私の腕を掴み、ぜえぜえ言いながら首を横に振った。
「すぐに収まります」
「収まる? だがこれは……まさか、どこか病気――――――!」
「自白剤です」
「は?」
聞き間違い、かな?
固まった私に、レインは真っ青な顔のままゆっくりと笑みを浮かべた。
「自白剤を、打っただけです。そうでもしないと、素直になるとか、無理なん、で……」
「何やってるんだ君はッ!?」
思わず怒鳴り声が出た。




