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483 渡される




「ソ……レイン?」

「ケッケッケ、見てよ赤髪の騎士サマ。カステラを必死で探してる。ぜ~んぶここにあるって言うのにさあ。あほとばかの団子騒動に巻き込まれて、大切なカステラを見失っちゃったねえ」


 シリウスとカノンの必死な様子を、レインはにやにや笑いながら見ていた。


「レイン、カステラを持ってきてくれたのは嬉しいが、人が必死なのを笑うのは――――」

「だって可笑しいんだも~ん。ほら、ゆっくり食べようルーク様、こっち来て」

「この姿であまりその名前は……」

「細かいことはいいじゃん。ほら、早く。は~や~く~」


 レインは、私の被っている毛布をツンツン引っ張った。

 にこにこ笑う顔が無邪気で、どこか子供っぽい。うーん……可愛い。


「せめてカノンにカステラはここだと伝えて――――」

「やだ。騎士サマたちに来られるのは困るんだよねえ。二人きりで話したいことがあるから」

「え」


 話? レインが、私に?


 真剣な眼差しは、嘘を吐いているようには見えなかった。

 私は迷った末、レインについていった。


 食堂を出て、廊下を歩いて、辿り着いた先は広々とした庭だ。

 ぼうぼうに生えていた雑草は綺麗に抜かれて、肌色の地面が気持ちよさそうに息をしている。

 これからここは畑になるのか、それとも花でも植えられるのか。どちらにしても楽しみだ。

 空が広い。レインの目の色と同じ、綺麗な青だった。

 こんなに良い天気を見たのは久しぶりな気がする。



「レイン、話って――――――」

「口、開けてください」

「んっ……」


 開けろと言われて反射的に開けると、一口サイズのカステラを放り込まれた。

 甘い。でも甘すぎない。ふわっと口の中で蕩けるような、優しい味と食感。


「んん……」

「気に入りました?」

「おいひい」


 最高に美味しい。気に入った。

 もっとほしいと手を突き出すと、レインは困った顔で微笑み、ベンチの方へ私を誘って、腰を下ろした。

 確か……このベンチは、ルベルが子供たちのためにと作ったものだったか。

 風が心地よくて、空気が美味しい。


「どうぞ」


 レインにカステラのおかわりを貰って、私はお腹の底から蕩けるような幸せを味わった。


「うん、シリウスは天才だな。カステラの神だ。まさかここまでの才能を隠していたなんて知らなかった」

「お茶飲みます?」

「飲みたい!」


 レインは水筒を取り出して、コポポ……とコップにお茶を注いだ。

 ふわふわと湯気が立ち上る。淹れ立てのように熱いお茶だった。


「ほお……美味しい」

「サクラが作った水筒です。どうやったのか知りませんが、恐ろしい程保温力に優れています」

「ほおほお、さすがサクラだな」


 青い空。美味しいカステラにお茶。腰に優しいベンチ。

 幸せだなあ、とぼんやりしていると、はてここに来た理由はなんだったかと、私は首を傾げた。


「――――ああ、そうそう、話。話というのは何だ? 二人きりで話したいことがあると」

「今一瞬忘れていたでしょう」

「こんなのどかなところで幸せを頬張っているとそうなるさ。それで、話って?」


 レインは小さく息を吐いて、しばらく喋らなかった。何か迷っているようだった。



「………………ずっと、考えてるんです」



 低い声だ。目はじっと地面を睨んでいる。

 どこか追い詰められたような、切羽詰まったようなその表情が不安になった。

 さっきまでの、子供のような無邪気な君はどこにいった?



「ほむら様は幸せそうだった」

「え?」

「これ以上の幸福はないみたいな、そんな顔で。あいつの腕に抱かれて幸せそうに笑ってた」



 ……急に、何を言い出すのかな?

 顔を赤くすることも慌てることもできず、私はただレインの横顔を凝視したまま固まった。

 例えば息子に見られてはならないものを見られてしまってしかもそれを本人の口から告げられた。今の私はそんな状況だった。



「いや、あの、レイン、さん――――」

「心の底から嫉妬しました。あの男を切り刻んで鍋に放り込んで煮込んでやろうと思うくらいには」



 わあ。

 大変だ、義勝に今すぐ逃げろと言った方がいいかもしれない。


 だが……いやいや、嫉妬って。

 どうしてレインがそこまで義勝に嫉妬するんだ?

 ほむらが幸せそうだったからと言って、嫉妬する理由にはなるまい?

 私がとんでもない節操なしとバレて軽蔑した、ならわかるんだが…………



「俺は、貴方を困らせてばかりだったでしょう」



 沈んだ声に、ハッとした。

 ぎゅっと握り締めた拳は僅かに震えていた。



「貴方を傷つけて、裏切って、苦しめてばかりだった。俺には到底無理だ。貴方にあんな顔をさせてあげることはできない」

「レイン、私は君に傷つけられたなんて思ったことはない。絶対に」


 彼の手に自分の手を重ねた。


 君は自慢の弟子だと、本当に大切な存在なんだと、どれだけ言葉を尽くせば伝わるだろう?

 裏切られたなんて思っていない。

 傷つけられたどころか、私はいつだって君の存在に救われていた。本当だ。君がいたから、私はルーナの死に直面した後も生きていられた。なのに……。



 レインは……そっと、私の手を離した。

 寂しそうな、辛そうな表情で。



「レイン……」

「でも……それでいい、とも思うんですよ。だって、もしかしたら、未練がなくなったら……貴方が望みを果たしてしまったら、貴方は消えていなくなってしまうかもしれないじゃないですか。ほむら様のように」



 私は言葉に詰まった。


 私が消えるのを寂しがってくれるなら、それはなんてありがたいことだろうと思う。

 でも、その反面……いろんなことが頭を過った。



 ほむらの場合は、たとえ望みを果たしても果たさなくても、あの時消えてしまう結末は変わらなかったと思う。

 けれど、だからこそ彼女は追い詰められ、義勝に気持ちを伝えることができた。

 彼女は幸福だった。

 義勝と気持ちを通じ合わせ結ばれたという記憶は、彼女を幸福な死へ導いた。



 私の場合は、どうだろうか?

 期限はすでに決まっているのかいないのか。

 私が、別れを告げるために必要な何かとは、何なのか。

 シドは皆が助けてくれた。

 では私の存在理由は? 目的さえ、今の私は見失っている。


 けれど、ただ一つ言えることは…………



「今のままでは、居られないよ」



 どうにかして、何とかして、この体をフレアに返さなければならない。

 そのためには私が幸福かそうでないかなんて些細な事だ。

 ずっとここには居られない。



 これは、フレアの人生だ。



「前世の記憶は、普通一度きりしか覚えていられない。その後何度転生を繰り返したとしても、もう前世の記憶を思い出すことはできない。前世を覚えているという、その夢のような奇跡は一度きり。本来ならば。……だからね、フレアがほむらの記憶を思い出すのも、私の記憶を思い出すのも、本当はあり得ないことだったんだ。私たちは、彼女の人生を酷く振り回してしまった。なのにこれ以上彼女の時間を奪うのは――――」

「わかっています。だけど、それでも……貴方がここに居てくれさえするなら、何だって構わない。俺は、本気でそう思ったんです」



 その時、レインは真剣な眼差しをこちらに向けた。

 私は動揺して、咄嗟に視線を逸らしてしまった。……何だか、おかしい。これは本当にレインだろうか? 私の知っているこの子は、こんな真っ直ぐにこちらを見て流暢に喋るタイプだったろうか?



「……わかってます。こんな想いは間違ってる」


 声が、静かに、悲しそうにしぼんでいった。


「貴方が苦しい想いを抱えたままずっとここに居ても、それは最悪だなと思います。だから、考えたんです。何が貴方にとって、一番の幸福か」

「レイン……」

「でもそんなこと俺がわかる訳もないので、じゃあ何が一番不幸かを考えたら……このまま、アカツキに戻ることなんですよね」


 え?


 どういうことかわからず首を傾げると、レインは「いいんですか?」と脅すような顔を私に向けた。


「このままだと、また檻の中に入れられて裁判にかけられますよ? もちろん、いえ絶対に有罪にはさせませんけど、またいろいろ嫌なことを言われるかもしれません。それでなくても晒し者になります。裁判中は手に縄をかけられるかもしれない」

「ああ、大丈夫さ。それくらい耐えられる」

「俺は耐えられません」


 きっぱり、はっきり、レインは断じた。


「貴方が、何も知らない偉そうな連中にああだこうだと非難されるのは耐えられない。そんなことになったら、俺は貴方を詰った連中を一人一人殺して回ります」


 ぶわっと真っ黒な殺意が溢れた。

 私は言葉を失った。この子、多分本気だ。



「いや、あの、レイン、それはちょっと…………一体、何があったんだ? 何かいつもと様子が違うような、気がするんだけど…………?」



 レインはその問いには答えず、ベンチの上に、ことりと何かを置いた。

 小さな瓶だった。私は手に取って眺めた。透明な液体がたっぷりと入っている。



「ええと……これは?」

「いっそ、姿を変えてしまうのはどうですか」

「え?」



 姿を変える?

 つまりこれは……



「ルークの姿に、なれと……? 薬が出来ていたのか!?」

「……本当は嫌です。改良はしましたが体に負担がかかることは間違いないですし、貴方は馬鹿皇子の失敗薬のせいで記憶をなくしていたばかりですし。だから今も迷ってます。……ですが、貴方がこれから長い時間裁判に神経をすり減らすことを考えると、こちらの方がまだいい」



 苦しそうな表情だった。

 これを渡すのにどれだけ悩み抜いたか。

 よく勘違いされるが、レインの本質は優しくて真面目な医者だ。変態などとんでもない。人体を解剖してきゃっきゃと笑っているのは敢えてそうしているだけで、本当のレインはそんなヤバい医者じゃない。そう、そんなヤバいのとうちのレインを一緒にしないでいただきたい。


 だからそんな優しい子が、これを渡すまでにどれだけ悩んだか考えると、堪らなく胸が締め付けられる。



「……俺の気が変わらないうちに、これを受け取ることをお勧めします」



 私はじっと考えた。

 確かに、今ルークの姿になれば、フレアとして裁判を受けることも、女王に叱られることも、檻に入れられることもない。

 私は自由の身だ。それはどんなに素晴らしいことだろう。


 考えて、考えて……

 そうして、私はその小さな薬を――――――――……










 彼に、返した。


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