481 丸まる
黒いオーラは主にジークやレイン中心に漂っている。
私の浮気性な一面にドン引きしてしまったのだろう。しかし今更どうすることもできない。
サクラや刀士郎は困惑……しているようだ。それはそうだ、私の中身を知らないのだから。
だがここでルークであることを説明できる訳もないし……ローズのことも……まあ何を説明しても、私が人の道を踏み外しそうになったことは変わりないのだが。
彼らの困惑が軽蔑に変わる時もそう遠くない気がする。
それは凹む。
「冬眠」
「ん?」
「しばらくの間……冬眠、する」
「え?」
私は床に落ちていた毛布を拾い上げ、頭から被った。
こうすると視界が狭まるし薄暗くなって心が落ち着く。
要するに現実逃避。穴があったら入りたいのに穴がないなら作ってしまえ作戦。パッと身は芋虫だ。はっはっは…………あれ? 私ってこんな人間だったっけ? 自分で自分がわからなくなってきたぞ。
頭上から義勝の不安そうな声が降ってくる。
「ほむら、丸まっている場合か……?」
「頭を冷やそうと思う。ちょっとだけ、少しだけ、うん、私に必要なのはこの熱を冷ます時間――――うわッ!?」
突然、抱えられた。
芋虫状態のまま。
「なッ、だ、え――――――」
「取りあえず、美味い飯食って美味い茶を飲んで、ゆっくり休みましょう! 記憶が戻ったばっかりで混乱してるんですよ。まずは飯! 後のことはそっから考えましょう!」
私を抱えているのはカノンだ。
慌てた様子のルベルが「カノン! 急に抱えるなんて無礼だぞ!」と声を荒げている。
「あ、すんません! 早く飯飯って、先走っちまって……。歩きますか?」
申し訳なさそうなカノンに、私は首を横に振った。
「いや、それは全然大丈夫……むしろ快適」
「そっすか! よかった!」
にこ、と人懐こい笑顔を浮かべ、カノンは再び歩き始めた。
ころころ表情が変わるのは、見ていて楽しい。
「取りあえず飯にしましょう! 腹減ってたらどうしてもネガティブな考えに走っちまいます! 俺がそうですから。あ、このままで大丈夫っすよ! 毛布でごろごろしながら食ってもここじゃ誰にも怒られません。イグニス公爵が来たらちょっと何か言われるかもしれませんけど……あの人が来る前に好きにしましょう!」
にかっと笑いかけられて、思わず泣きそうになった。
カノンの明るさと優しさが眩しすぎる。
ルベルは小さくため息を吐いて「……まあ、取りあえずそのままでもいいでしょう。ちゃんと味わえる焼き魚を食べて元気を出して下さい」と微笑んだ。
「そうそう、焼き魚なら俺の自慢のやつがあるんで――――」
「だからあれはほとんど炭だ!!」
「シ、シドと一緒にスープ作ったんだ。多分……そこそこ、うまくできた」とシリウス。
「私のお団子も召し上がってください! 一生懸命捏ねました!」
「え」
サクラがにっこにこしている隣で、シリウスはなぜか顔を引き攣らせている。
「サクラのあれは……石みたいに硬いけど」
「私硬い食べ物って好きなんです! 顎が鍛えられますから!」
「うーん、うん……それは……うん……サクラって、味付けは上手だよな。肉、捌くのも上手いし……」
「お団子お口に合いませんでしたか?」
「いや、お口というか、歯に合わないというか……」
「そんなに硬いの? 僕も食べてみたいな」
「ルカ、ちょっと考え直した方がいい」
シリウスとサクラとルカがわちゃわちゃしている。微笑ましい。
楽しそうな皆の様子を見ていると、やっぱり泣きそうになった。
自分で歩くこともできるのに、私は結局カノンに抱えられたまま食堂へ向かった。
毛布にくるまったまま、芋虫みたいな状態で食事を摂る。
もそもそ、もそもそ……。
口を動かしていると、お腹が満たされて、体が少しずつ温かくなっていった。
美味しい。団子は確かに石のように硬かったが、食べられないことはなかったし、味噌汁もサラダも焼き魚も美味しかった。
美味しいものを食べると幸せな気分になる。
「……和む」
何より、皆の元気な様子を眺めていると心落ち着いた。
サクラとレインがバキバキ音を鳴らしながら仲良く団子を咀嚼し、それを見たシリウスが「歯ぁ取れてないか!?」と心底心配しながらあわあわしているのも、義勝と刀士郎がお互いの好きなものを黙って交換しているところも、ジークが「筋肉……筋肉さえあれば……」とぶつぶつ言いながら頬を膨らませて食べて、それを乱蔵が「もうやめとけ馬鹿王子」とため息を吐いているのも……
何だか、とても心が和む。
ぼんやりしていると、カノンが「どうぞ」と素晴らしいタイミングでお茶を差し出してくれた。
「腹いっぱいになりました?」
「うん、お腹が幸せだと言っている」
「そっすか! よかったです。俺、次はお出しできるようなもの作ってみせますんで、期待しててください!」
カノンの炭魚はルベルと一緒に美味しくいただいたらしい。
炭化したものを食べるのは体に悪いんじゃないかと思ったが、本人たち曰く、食べられるところを必死で探して食べたので問題はない、と。
「ありがとう、カノン」
「え?」
「混乱していた。パニックになって、いろいろと……。本当に助かった。ありがとう」
私は静かに礼を伝え、カノンに淹れてもらったお茶でゆっくりと喉を潤した。
……うん、美味しい。優しい味がする。
ほっこりした。
思えば、カノンもルベルも、フレアと暮らし始めるまではお茶の淹れ方も知らなかったのだ。なのに今ではこんな美味しいお茶を……。
二人とも何て成長したことだろう。
孫の成長のように嬉しい。
ちょっとうるっとしていると……
「…………すみませんでした」
「え?」
突然の謝罪だった。
何を謝ることを?と驚いて見上げると、カノンは私の目の前で膝をついた。
先程とは打って変わって真剣な表情と、誓いでも立てるような姿勢に、私はおどおどと緊張した。
「あの時、貴方を守れなかった」
その表情に、声音に、悔しさが滲んでいた。
私が記憶を失って、皇帝に攫われた時のことだとすぐにわかった。
……まさか、ずっと自分を責めていたのだろうか?
あれは私が油断をしたのだ。カノンは充分に戦ってくれた。なのに――――――……
「次は絶対、守ってみせます」
力強い眼差しでそう告げて、彼は私に深く頭を垂れた。
赤い髪が、燃えるように輝いている。
……言葉にならなかった。
何も言えずにいると、カノンはパッと顔を上げて、いつもの笑顔を見せてくれた。
「あ、そう言えばデザートはどうしますか? まだ食べてないですよね? サクラの団子はちょっと硬いみたいですけど、アランの作ったおはぎとか……そうだ! シリウスがカステラ焼いてたんすけど、食います? 初めて作ったって言ってましたけどすげえ美味くて!」
「……うん、いただこうかな。楽しみだ」
「じゃあ今すぐ――――――」
「悪いが、そうのんびりもしていられないぞ」
リスのように頬をいっぱいにしたジークが、もごもごしながら私の隣に座った。
「お前がシノノメ帝国にいることが女王にバレた。実はけっこう面倒なことになっている」




