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480 狼狽する




 続いて、子供たちの可愛い声が次々に上がる。



「あーもう! 邪魔しないでよ~! もうちょっとだったのに!」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがチューするところ見たかったのに~!」

「そうだそうだー! 空気読めー!」


「煩い子供たち!! 二人が変な空気になったら全力で邪魔しなさいと言ってあっただろう!! 何暢気に眺めているんだ!! 言う通りにできない子はおやつ抜きだからな!!」

「え~ケチ!!」

「ドケチ!!」


 そう言えばこの部屋には大勢の子供達が寝ていたんだった。すっかり忘れていた。

 シオン……いや、ジークはぷんぷん怒っているが、子供たちはちっとも怖がる様子がない。

 きっと彼が他国の王太子だと知っている者はここには一人もいないのだろう。

 


「はあ……王子サマってほんと無能だね~。あんなに邪魔するって息巻いておきながら、結局全然邪魔できてないじゃん。挙げ句朝まで一緒にいさせるとかさぁ……せめてそこはどうにかしなきゃでしょ馬鹿なの?」


 ヒイッ!?

 愛しい弟子まで!? あの子にまでキス寸前のところを見られ……!?


「煩い! 僕だっていろいろ大変なんだ! ああもう……とにかくほむら! 早く離れるんだ! 朝はくっついちゃだめだ!」

「え~夜ならいいの? そっちの方がヤバくない?」


 ソル……じゃない、レインの疑問に私も思わず頷いた。


「夜もだめ! もっとだめだ!!」とジーク。

「あれ? 王子サマ顔あかぁい。何想像してたの~?」

「なッ……僕は何も想像してなんかッ……!!」

「お前ら何遊んでんだ。んなこたぁどうでもいいだろが……おい、飯の時間だ! 皇子様も腹減っただろ?」


 げええッ!?

 乱蔵もいるの? 乱蔵にも見られたの!?


「ほむら様! 今日の朝食は私も頑張りました! 是非召し上がってください!」

「俺も今日は頑張ったぞ! 魚焼いたんだ! けっこう良い感じに――――」

「お前のあれはほとんど炭だろうが! ……ごほん、ほむら様、炭は俺が食うので、ほむら様は俺の焼いたちゃんとした焼き魚をどうぞ」

「シド、だ、大丈夫だぞ! 未遂だったから……」

「カイウス様!」


 もれなく皆様揃っていらっしゃる……!?

 サクラにカノンにルベルにシリウスにシド……! 背後には、困った顔のルカに「お前ら邪魔ばかりするな……!」と怒った顔の刀士郎も。

 シリウスにぴたっとひっついていたシドは、ダダダ――……と義勝に向かって真っ直ぐ駆けてきてひっつき、私を睨み付けた。義勝を取られると思ってるのだろうか? ああ可愛い……とか和んでいる場合ではない。



 あああああああああああああ……

 彼ら全員に、見られてしまった……

 私と……義勝が、キキキキ――――――……



 私は、ぷるぷる震えながら義勝を見つめた。



(ど、どうしよう……)



 言葉にならない。

 だって15のほむらが義勝を好きなのとは訳が違う。

 いっそほむらのフリをしてこの場をやり過ごそうかと、良からぬ考えが頭を過る。


 私はルークだ。

 ほむらとしての生を終え、その記憶を持ちながら生まれ変わり……ローズ、という愛した人がいる。


 そう、愛した人がいるのに、私は…………!

 義勝とキスがしたいとか思ってしまった……!!!


 何と言う浮気性!!!

 ああああああああ私の阿呆!! 何て最低な男なんだ私は!!

 挙げ句の果て、これをどう誤魔化そうと考えるとかもう完全に浮気男のそれではないか!!!


 でも怖いーーーー……怖いぞこれは。

 フレアの体なのだから慎重に云々と散々言われていたのに、記憶はなくすわ記憶が戻ったら戻ったで不貞に走るわ…………ああああああああ…………もうローズにも二度と顔向けなどできない。ち、違うんだローズ。君を愛していない訳では決してなくて、愛しているのは本当なんだが義勝のことも好――――――ああああだからこれでは完全に浮気男のそれ!!! セダムがよく言っていたことではないか!! あの子もその子もどの子も皆愛している、と……。それを聞いて私は心底呆れていたものだが、今となってはセダムの気持ちがよくわか――――――だからわかってはだめなのだって!!!



「ううぅ……自分が恥ずかしい……情けない……私は何ていい加減で浮気性なクズなんだ……」

「ほむら? だ、大丈夫か?」

「ちっとも大丈夫ではない。……何だか頭が痛くなってきた。胸も苦しい気がする。少し横になって頭を冷や――――――」

「……風邪引いたの?」


 ひええええええええええ!?

 いつの間にこんなに近くに!?

 可愛い弟子がぎらついた暗殺者の目をして私の顔を覗きこんでいる。


「何それ。ねえ皇子サマ、……さすがに風邪引かせるのは良くないんじゃないの?」


 ぎろ、と義勝を睨み付けた目はもう本当に殺気100%


「皇子サマすっごい隈だけど……まさか……一晩中寝かせなかった、とかじゃないよねえ……?」

「ま、待って待ってソル! 義勝は悪くないんだ! 私が――――――」

「“ソル”?」



 あ。



「…………どういうこと」


 ずい、と顔を近づけられて思わず固まった。

 蛇に睨まれた蛙とはこういう心境なのだろうか? だが蛙だってこんな私と同類に数えられたくはないだろうな。


「えっと、違うんだ、あの、その、レインさん……」

「私のことは蓮って呼んでたよね?」

「あ、うん、そう、そうだね、うん……」

「…………………………まさか、戻ったの?」


 声にドスが利いてらっしゃる。

 神よ。

 弟子の顔が怖くて見られません。

 助けて下さい。


「記憶が戻っ……!? じゃあ今はルー……フレアなのか!?」


 ジークも怖い顔をしている。

 ごめんなさいごめんなさいと謝罪が頭の中でぐるぐる回る。


「そ、その、うん、ええと……起きたら、えっと……私、でし、た……」

「…………ほむらは」

「彼女は……全てを、思い出したよ。今は、私の中で安らかに眠っている……と、思う」



 シン、と静かな空気が流れた。


 まるで、誰かが亡くなった時のような。

 ――――でもそれは、きっとある意味正しいんだろう。

 ほむらという人格は亡くなったようなものだ。

 もうあの時の彼女と彼らが会話をすることはない。永遠に。


 子供たちは何が起きているかわからず首を傾げている。

 彼らからすれば、私は昨晩楽しそうに飲み食いしていた私のまま、何ら変わっているようには見えないだろう。まさか私の中身が別人なんて――――いや、全くの別人、という訳ではないのだが――……ああだめだ、ややこしい。



 私は堪らなくなって俯いた。

 その時、嫌な考えが頭を過った。



 ……私は、戻って来てよかったのだろうか?



 皆ほむらといる方が楽しかったのでは?

 私としてもお婆さんとしても恥ずかしいことこの上ないが、あれくらい元気で無邪気なほむらの方が、皆楽しかったのではないだろうか?

 いや、だが記憶が戻らないということはフレアが戻らないということになってしまう。それはそれで困る訳で……


 だがそれなら、いっそもうフレアに戻った方がよかったんじゃないのか?


 シドのこともシノノメのことも、皆がよくやってくれた。

 私は、私が何とかするなどと偉そうなことを言っておいて、結局何もできなかった。

 私のような役立たずは、記憶をなくしたのを機に、ほむらと一緒に眠った方がよかったのでは?

 どうしてまた私に戻ってしまったのかは、私自身よくわからない……多分、フレアが「あんたの旅はまだ終わってないでしょうが、強制終了なんて許さないから」みたいな感じで、私に時間を与えてくれたんだ、とは思うけれど…………



 本当に、申し訳ない。



 皆、早くフレアに会いたいだろうに……。

 そもそも、ルークに会いたい人なんて、いるだろうか?

 うーむ…………うん、考えるのやめよう。これは考えるだけあまりにも辛い。



「とにかく、すまない。あの、迷惑をかけて――――――」

「迷惑云々はどうでもいい。そんなことより、じゃあ…………さっきの、キスは」



 ギク。



「あ、いや、あれは、そのあの、ええと……」



 汗が滝のように流れた。

 だめだ。怖くて見られない。

 私は俯いたまましどろもどろになった。



「すまない、俺が迫ったんだ。ほむらは驚いて動けなかった」



 私がもたもたしていると、義勝がとんでもないことを言い出した。

 私は慌てた。

 このままでは私のせいで義勝が変態みたいになってしまう。



「違う違う違う!! それは違うだろう義勝! 元々は私が義勝を引き止めたんだ! 私が、義勝と……その……」



 顔がカーッと熱くなる。

 ええい何を躊躇っている。

 もう正直に告白しろ。嘘で誤魔化すな。

 これ以上不誠実でありたくない。自分にもローズにも、彼らにも。



「よ、義勝とキスがしたいとその温もりが欲しいとこのまましばらく二人で過ごしたいなどと淫らなことを考えてしまったんだ!!!」

「ッ……」

「悪いのは私だ!! 好きだという気持ちはほむらのものであってそれを綺麗に断捨離なり割り切るなりできればよかったのだが私にはなかなか難しいのだと思うそれくらい義勝が好きという気持ちには嘘を吐けないがしかし! 私には愛する人が他にいるというのにこんな最低で脆弱な精神は本当に今すぐ叩き直す必要があるからまずは一旦滝に打たれようと思うのだがオススメの滝がある者は挙手――――」

「打たれなくていいから落ち着け」

「むぐ」



 真っ赤になった義勝に口を塞がれた。もちろん、手で。


 それから一旦落ち着いてジークたちの方を見た私は、全力で後悔した。

 殺意なのか何なのかなんとも言えない真っ黒なオーラが、彼らから漂っていた。


 口は禍の元。

 そんな言葉が頭を過った。


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