【閑話】 首無し武者と肝試しの夜 前編
ほむら、義勝、刀士郎が幼い頃(大体9歳くらい。ほむらが先生に拾われて1年以上経った頃)のお話
「肝試しぃ?」
俺は聞き慣れない単語に首を捻った。
肝を試すってどういうことだ? 肝を引っ張り出して何か試すのか? 何を? 元気かどうかツンツンしたり? うっげぇ、これだから侍ってやつはやることがおっかねえ。肝を引っ張り出したら死んじまうぞ。
「ボロボロの古寺だ。何でも、その昔戦場で散った恐ろしい落ち武者の霊が出るんだと!」
「とんでもなく強いらしい。突然襲いかかってきて、もし捕まったら首を切り取られてしまうとか」
「どうだ、いくら鬼子でも恐ろしくなってきたか?本物の鬼が出るのだ。偽物の鬼は太刀打ちできまい」
「だがここで肝試しに行くというなら、お前のことを少しは見直してやってもいい」
……肝を引っ張り出して元気か試す“肝試し”と、恐ろしい鬼のような落ち武者の霊。
その二つがどう関係するんだ?
まさかその落ち武者の霊に肝を引きずり出されて来いって? んなの嫌に決まってんだろ!!
俺は雪平たちを睨み付けた。
道場に通うこいつらとも、まあ最近はちょっとはマシになってきたかなあ?って思うけど、やっぱりムカつく時はムカつく。鬼子鬼子って鬱陶しいんだよな。俺のこと舐めてるだろ絶対。しかもなあにが「見直してやってもいい」だ。超ムカつく!!
まあ無視だな。こういう時のこいつらは無視だ。無視に限る。
そう思って華麗にその場を去ろうとしたら……
「とんでもなく強い武士、だと?」
げ。
俺は思わず顔をしかめた。
面倒くさい奴の耳に面倒くさいことが入っちまった。
あいつはキラキラした目で、雪平たちに詰め寄った。
「それは本当か!?」
「あ、ああ……」
「間違いない、はずだ。和尚から聞いた。最近毎日のように出るとか……」
「それはそれは強いらしい。肝試しに向かった連中は皆泣いて帰ってる」
「そうか!! 相当悍ましい落ち武者ということだな! 相手にとって不足はなし!!」
はあ?
いまいち理解できない俺の目の前で、そいつは堂々と宣言した。
「見ていろ!! その落ち武者、俺が必ず成敗してみせる!!」
碓氷義勝。
そいつは、超がつくほど頑固で真っ直ぐで諦めの悪い、鍛錬馬鹿だった。
――――――――
――――――――――――
夕刻。
他の皆はもう帰ったのに、刀士郎だけが道場に残っていた。
鍛錬をするでもなく、隅っこの方で小さくなっている。
早く帰らなくていいのか?って聞いたら、刀士郎は不安そうな顔を俺に向けた。
「……義勝、本当に一人で行くつもりかな?」
俺は肩を竦めてそっぽを向いた。
「さあ? ほっとけよ。強い奴に勝負を挑みたいお年頃なんだろ。知らんけど」
「でも、もし怨霊って言うのが本物だったら……? もし他の子みたいに逃げなかったら、義勝、どうなっちゃうのかな……」
刀士郎は泣きそうになっている。
俺は「大丈夫だって」と肩を叩いた。
「気にしすぎ気にしすぎ。幽霊なんて戦っても勝てる訳ないし。さすがのあいつもどうせ諦めて帰って…………」
言いながら、自信がなくなってきた。
あいつ…………帰る、かなあ。
あんなに諦めの悪い奴が、怨霊の顔が怖いからって一目散に逃げ出すか?
何度こてんぱんにされてもしつこく挑み続けて、幽霊でもドン引きするんじゃないか。
何なら肝を引きずり出されたって多分諦めないし異常なくらい頑張りそう。うん、あいつはそれくらい気持ち悪い奴だぞ。
何て言ったらいいかわからなくて黙って頬を搔いてたら、刀士郎が意を決したように俺に提案した。
「あの、一緒に、義勝の様子見に行かない?」
「え」
「俺たちも。だって…………もし義勝が怨霊にやられちゃったら……」
刀士郎はぐすっと涙ぐんだ。
こいつはほんと優しい奴だなと思う。
嬉々として古寺に向かう奴のことなんて放っとけばいいのに、わざわざ心配するなんて。
正直、俺は肝試しとか怨霊とか全然興味ないし、義勝がどうなろうとどうもでいいけど。
泣きそうな刀士郎を見ていると、様子を見てやった方がいいのかなってちょっと思う。
「……う~ん、わかった。じゃあ今日の夜、例の古寺に向かうぞ」
「ほんと!?」
「ああ、あの阿呆が怨霊とやらにボコボコにされたら連れて帰ろうぜ」
「ボコボコになる前に連れて帰った方が……」
「――――――――肝試し?」
その時、ひょこ、と顔を出したのは先生だった。
にこにこと無邪気にも思える顔で近づいてくる。
「肝試しをやるのかい? 今夜? 二人で? あの古寺で?」
「ああ、まあ、そうだけど…………」
「そうかそうか。それはいいね。きっと楽しいだろうね。何て言っても肝試しだもんね」
「…………?」
「気をつけるんだよ、ほむら。怖~いお化けが出るって噂だから。見かけたら早く逃げるんだよ?」
「……うん。気をつける、けど……」
何だかとても嫌な予感がした。
先生がにこにこしている時は、大抵ろくでもないことを企んでいる。
それくらいのことはこの人との生活を通してわかってきたつもりだ。
「とにかく、肝試し楽しんでおいで!」
「………………」
「おや? ほむら~? どうしてそんなに睨んでるんだい? 何か気に障ることを言った?」
「…………何でもない」
ただ、一体何を企んでいるのか、俺にはちっともわからなかった。……で、諦めた。
どうせ聞いたって教えてくれないだろうし、きっと俺が思っているより馬鹿馬鹿しい、取るに足らないことなんだろうなって。そう思ったんだ。
それからあっという間に夜が来た。雲の隙間から月が見え隠れしている。
何だか不気味な夜だった。
「刀士郎!」
古寺に向かう途中の、橋のたもとで落ち合う約束だったけど、刀士郎は俺が着くより随分早く着いていた。
薄暗い中でも、刀士郎の顔がうっすら青ざめているのがわかる。僅かに震えているようだった。寒くもないのに。
「大丈夫か? 風邪?」
「う、ううん。体調は、大丈夫。その、こっそり抜け出してきたんだ。こういうのって初めてだから……。こんな時間に一人で外に出るなんて、見つかったら絶対怒られる……」
「え、じゃあ今すぐ帰った方がいいんじゃねえの?」
「で、でも、ここまで来たら…………!」
刀士郎はうるうると目を潤ませながら俯いた。
「よ、義勝は、多分もうお寺にいると思う。だから、何かあったら嫌だし……俺……」
「まあそんなに気にしなくても大丈夫だと思うけどな。怨霊なんて本当にいるのか~? そりゃ肝を引きずり出されるのはおっかねえけどさ。さすがにそれはねえだろ」
「? 肝……引きずり……?」
「肝を試すんだろ?」
「え、えっと、それは、度胸を試すって言うことで……肝をどうこうする訳じゃ――――――」
ガサッ
「きゃっ!?」
「うわっ!?」
突然物音がして、刀士郎は女の子みたいな悲鳴を上げながら俺に抱きついた。
それにびっくりして俺は思わず声が出て、「なんだよもう」と刀士郎を睨み付けた。
泣きそうな顔でガクガク震えて、ぎゅっと俺の腕にしがみついている。
「……………………」
もし、義勝とかがこんなことしてきたら突き飛ばすけど……クソ、可愛いな。
元々女の子みたいな顔してるけど、こうしてると刀士郎はほんとに女の子みたいだった。
突き飛ばすのはなしにして、俺は音のした方へ顔を向けた。
「………………狸、か」
丸々肥った狸は、俺たちを怖がる様子もなくてくてくと歩いて行く。
刀士郎はカーッと赤くなって、俺から手を離した。
「ご、ごめん……」
刀士郎は大人しくて気弱なところがあるけど、今夜はいつにも増して挙動不審だ。
歩き始めたけど、刀士郎は小さな物音や影にいちいち怯えて、なかなか進まなかった。
俺はちょっと悩んだ後、手を差し出した。
「ほら。手」
刀士郎は縋るような顔で俺と俺の手を交互に見つめた後、ぎゅっと俺の手を握った。
「あ、あり、ありがとう……」
「おう」
こいつは他の奴らと違って、一度も俺のこと鬼子だってバカにしない。
優しいし、可愛いし、悪い奴じゃない。ちょっと美的感覚はズレてるけど、それくらいだ。……だから、いいかなって思った。
古寺まではすぐだった。
俺と刀士郎は少し離れた草むらから、川辺にひっそりと佇む古寺の様子を観察した。
小ぶりで全然手入れされてなくて、ぼろぼろ。今にも崩れそうだ。
怨霊ってのは見当たらないし、義勝の姿もここからじゃ見えなかった。
もしかしたらあいつ、なんだかんだ怖くて来てないのかもしれない。それとも来たはいいけど、すぐ逃げ帰ったとか?
それがおかしくないと思うくらいには、ここはとても不気味だった。
そう言えば、古く手入れのされなくなった寺とか神社には、良くないものが住み着くって聞いたことがあるようなないような……。
嫌な感じがする。
俺はさすがに変な汗を搔いて、刀士郎に尋ねた。
「なあ刀士郎、その怨霊ってのは、落ち武者ってやつなんだっけ?」
「う、うん……。昔、この辺りで大きな戦があって、負けちゃって……逃げてる途中で、討ち取られたんだって。それで、大きな未練が残って、この辺りをうろついてるって……」
「未練?」
「俺の、聞いた話では……」
刀士郎の握力がぎゅっと強くなる。
おいおい、俺の手を握り潰すつもりかこの子。
「あるものを、探してるって……」
「あるもの?」
「首……」
「え?」
「く、くく、首を…………討ち取られて、なくしちゃった首を、探してる、て…………」
あらまあ。
それは大変だなって思わず真顔になった直後――――……
ボボボボボッ!!!
青い炎が何個も何個も、突然古寺の周りに浮かび上がった。




