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【閑話】 首無し武者と肝試しの夜 中編の前編




「な、ななななな、な……!?」

「何だあれ。蛍?」



 いや蛍にしてデカすぎる。うーん、あれは火の玉ってやつ?

 青いゆらゆらした小さな炎が、ぼんやり光って古寺を不気味に照らしている。

 ズシ、とした重みを感じて刀士郎の方を見ると、手だけ握ってたはずが、今や俺の腕にがっつりしがみついて震えていた。ほんと義勝がこんなことしてきたら振り回して捨ててるけど…………まあいいか、こいつ可愛いし。


「そんなに怯えなくても大丈夫だって。ほら、あんなにふよふよしてるけど周りは燃えてないじゃん。害はないってことだろ」

「で、でも、でも……!」

「て言うかあれ、どっかで見たことがあるような……」

「え!?」


 どういう訳か見覚えがある、ような気がする。でもどこで見たのかは思い出せない。

 うんうん唸ってると、今度は聞き覚えのある声が勢いよく響いた。



「出たな怨霊!!! 碓氷義勝、参るッ!!!」



 いた!!!

 竹刀を持った義勝が、古寺の近くで大声を張り上げて何かに向かっていく。



「あああああ、あれッ……! あれって……!!」



 刀士郎はガクガク震えながら指差した。


 月明かりが僅かに差し込む。厳つい鎧。折れた矢が突き刺さってる。

 そんで、そいつの頭は…………。


 俺はさすがにぎょっとした。

 首がなかった。首がないのに立ってるし、動いてる。



「あれが首無し武者ってやつ……?」



 ほんとにいるんだ。でも動きはとろいぞ。すげえゆっくりじゃん。

 あれなら義勝がやられることはないよな。でも…………あれ? 青い火の玉だけじゃなくて、あの鎧も、どっかで見たことがあるような…………。



「どどど、どうしようほむら! 義勝、あのままじゃ酷い目に……!?」

「いや大丈夫だろ。あんだけとろかったらいくらあいつでも負けねえって」

「でもなんだかんだ全部避けられてるよ!?」

「あ、ほんとだ」


 とろいけどここってところでうまい具合に避けちまう。それとも義勝がとろいのか? うーん……。

 でもあの首なし、全然攻撃的じゃないんだよな。

 確かに不気味な佇まいだし頭もねえけど、刀とか危険なものは持ってない。敢えて言うなら体に刺さった矢が危険か?ってくらい。



「たあッ!! やあッ!!」



 義勝は頑張って竹刀を振り回してぜえぜえ言っている。

 首無し武者はゆらゆら揺れながら、それらをゆったりと躱していた。反撃の様子は、やっぱりない。



「……どうする刀士郎。あれ終わりそうにないし、あの首無しが怒って反撃とかする前に義勝を回収――――」

「ほ、ほむ……」

「ん?」

「ほほほ、ほむ、ほむら、う、うし、後ろ、後ろ、何か…………」

「え?」



 刀士郎がぶるぶる震えている。

 何だよ今度はどうしたんだ?と思いながら、背後を振り返ったら…………




「!?」




 人が、立っていた。俺たちの真後ろ。息がかかりそうな程、すぐ近くに。

 俺は刀士郎の手を握ったままそいつから飛び離れた。



「…………こいつ」



 そいつには、首がなかった。

 首無しだ。

 でも鎧は着ていない。

 着ていたのは上等そうな着物で、腰には刀を差している。



「何だ? あっちにいたのが首無し武者じゃねえのか? こいつ何だ? なあ刀士郎、どう思う?」

「■△※○□※▲……」

「何て?」


 言葉にならないらしい。

 刀士郎は俺の腕をぎゅっと掴んでガクガク震えて、目も必死で閉じている。


 おいおい、俺一人じゃこの状況をどうすればいいかわからないぞ。

 義勝は変な首無し武者と戦ってるし、こいつがほんとに例の首無し武者かわかんねえし……。ああ、竹刀くらい持ってくるんだった。逃げるのに必要ねえだろと思って持って来なかった。


 ただ、謎の首無し男は突っ立っているだけだ。

 襲ってくる気配は全然ない。


 やがて、男はゆっくりと腕を上げた。

 ……それが指し示したのは、小さな古寺の地面の辺りだった。



 そこに何かあるのか?

 目を凝らしても、ここからじゃよくわからない。




「一体……」




 どういう訳だ、って首無し男の方を振り返ると、そこには誰も居なかった。

 ただ真っ暗な、不気味な闇が広がっているだけだ。

 その時……





「ていッ!! 覚悟しろ怨霊め!!」

「あ、ま、待って! ちょっと何か引っかかっ……しばし時間を! ちょっとだけ!」




 …………ん?

 ………………………………喋っ、た?



 例の首無し落ち武者の方から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 義勝もこれには驚いたのか、竹刀を振り上げたままの姿勢で固まっている。



「その声…………」

「ちょっ、ちょっと待ってね。これ重いし暑くて……ちょっと水分補給したらまた再開するから! ああ、何か引っかかってるな。やれやれ、これは改良の余地あり……」



 俺は刀士郎の手を引き、義勝たちの方へ向かった。

 それから、あたふた焦っている落ち武者の背中を迷わず蹴りつけた。



「うわッ!?」

「ほむら!? 刀士郎!? どうしてお前らがここに……!」



 俺は義勝の問いを無視して、無様に転がっている落ち武者…………いや




「全部あんたの仕業だったんだな!!! 先生!!!」




 先生に、怒鳴り声を上げた。



 首無し落ち武者の胸の辺りから、間抜けな先生の声が聞こえる。



「いや~はっはっは、バレちゃった?」

「その声でバレないと思ったか!? 大体そんなおかしな発明をするのは先生くらいだ!!」

「ごめんごめん、やっぱりほら、肝試しには脅かす側も必要かなあって。和尚さんや村の人で話し合ってね。それに子供だけでこんな夜中にうろうろするのは危ないだろう? だからこっそり後を付けて……」

「やり方がえげつねえんだよ!! そうだ思い出したぞ、この青い火の玉もその鎧も蔵で見かけたやつだ!! どっかで見たことがあると思ったら……!」

「そうそう、すごく良くできてるだろう? 青い炎っぽく見せるのがなかなか難しくてね。やっぱり雰囲気が大切だと思って! それにこの鎧も苦労したんだ。首無し武者っていかにも怖いだろうと思ったけど、どうやってそれっぽく見せたらいいかわからなくて。呼吸とか視界の問題とか結構悩ん――――」

「どうでもいい!! 超どうでもいい!! ムカつくからその鎧さっさと脱げ!! 顔見せろ!!」

「わッ、待って待って、引っ張るならまず上から……あわわ、ほむら落ち着いて落ち着いて! いや~ん、このままでは私が変態になってしまう~!」

「うるせえ!! あんたはそもそも変態なんだよ!! 馬鹿!!」


 むりやり鎧を引っ張ると、スポン、と良い音がして中から褌姿の先生が出てきた。

 どういう構造してんだこりゃあ。

 だが鎧より何より、先生のその間抜けな姿が余計苛ついた。


「服を着ろこの変態!!!」

「酷い! ほむらが脱がしたんじゃないか!!」

「うるせえ! 俺を苛つかせたあんたが悪い!!」

「悪くないもん!!」

「“もん”じゃねえ!!!」


 刀士郎は全部作り物だとわかって、ちょっとほっとしている。

 青い火の玉も近くで見るといかにも作り物って感じがした。


「だ、大丈夫? 義勝。気分悪い?」

「いいところまで……追い詰めたと……思っていた、のに……」


 義勝は地面に膝と手をついて落ち込んでいる。

 刀士郎がポンポン、とその背中を優しく撫でた。


「大丈夫だよ、義勝、カッコ良かったよ……?」

「俺は……俺は先生を怨霊扱いして竹刀を…………!! 俺は何てことをしてしまったんだ!? これは切腹してお詫びするしか――――――」

「阿呆なこと言ってんじゃねえぞ義勝! そうだ、お前の竹刀よこせ。俺がお前の代わりに変態をぼこぼこにする」

「阿呆はお前だ!! そんなことしていい訳がないだろう! お前は先生を敬う気持ちに欠けている!!」

「この状況でよく敬えるな!? 褌の変態だぞ!?」

「はっはっは、二人とも喧嘩はその辺に――――」

「誰のせいだよ!!!」



 腹が立つのは、先生にまんまと驚かされたってことだ。

 正直、ちょっと怖いなとか思ってしまった。

 刀士郎だってあんなに怖がっていた。俺たちに黙ってこんなことするなんて酷い。


 俺は、いそいそと浴衣を着る先生を睨み付けた。



「……で、あれはどういう仕組みだよ」

「あれ?」

「とぼけたって無駄だぞ。あれだよ、あれ。さっき茂みの中に現れた首無しの男! あれも先生が仕組んだんだろ? なんかの発明か? それとも先生の協力者? あ、和尚さんとか?」

「え? ……何のこと?」

「え? いや、だから首無しの男があの茂みに――――…」

「え?」

「え?」



 嫌な汗が流れた。

 先生は訝しげな表情で首を傾げた。





「今夜は私以外誰もいないはずだよ?」





 じゃあ、あれは何だったんだ? 



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