457 【ジーク】 想う
「こんにゃく物語…………? いや、聞いたことがない」
変な名前の物語だな。
こんにゃく……こんにゃくって何だ? 食べ物か?
だとしてもあまり美味しくなさそうだな……。
「え、そっか! じゃあ俺が教えてあげよっか?」
「ああ、是非お願いしよう」
僕が頼むと、ほむらは嬉しそうに微笑んだ。可愛い。
「へへっ、えっとえっと、昔、兄弟がいたんだ。それで、ある時、父親が亡くなっちゃって」
兄弟、と聞いて、自然と兄さんのことが浮かんだ。
兄さんの今後の処遇は、皇帝同様まだ決まっていない。
謹慎中で、今は誰とも会えない状況のはずだ。
「悲しくて悲しくて、二人はず~っと父親のことを忘れられずにいた。でも、そのうち兄貴の方は仕事が忙しくなっちゃって。それでえっと……父親の墓参りにあんまり行けなくなっちゃったんだ。それが申し訳なくて辛いから、それならいっそ父親のことを忘れられるようにって、兄貴は忘れ草を植えるんだ」
忘れ草……。
大切な人の死ほど辛いものはない。その気持ちは痛い程よくわかる。
「弟の方は、それを悲しく思って、自分は絶対に忘れたくないって、忘れぬ草の紫苑を植えたんだ。で、ずっと父親の墓参りを続けた。そうしたらえっと……そんなある日ね、墓から鬼が出てくるの」
突然の急展開に、僕は思わず聞き返した。
「鬼? 墓から鬼が出てきたのか? まさか父親は魔物の類いとか?」
「あはは、違う違う。鬼って言っても、墓守の鬼みたいな? とにかく良い奴! 良い鬼なんだよ。そいつがさ、お前はすげえ良い子だ~って言って、特別な力を授けるんだ」
「特別な……?」
「そう。未来を予知する力」
心臓が激しく脈打った。
未来を予知する力……。
それはかつて僕が持っていたものだ。
僕はその弟と違って、何か良いことをして与えられた訳じゃないけれど。
「確か鬼が未来を教えてくれるとかそんな感じだったかな? まあとにかく、弟は鬼のおかげで未来がわかるようになるんだ」
「それで……それで、その弟はどうなるんだ?」
「もちろん、弟はその力で幸せに暮らすんだよ」
ほむらは迷いなく、そう断言した。
ありがちなハッピーエンド。思わずため息が漏れる。
「……幸せ、か」
「いいよな~、未来がわかるってさ。俺もそんな力欲しいな~」
「そうか? ただ未来がわかるだけだろう」
「だってその力があったら、一番良い未来を自分で選べるってことじゃない?」
「……どうだろうな。実際はそううまくいくものとは思えない。未来を変えようとして、結局結末は変わらないかもしれない。もしかしたら未来を知ってしまったせいで、もっと酷いことを引き寄せてしまうかもしれない。未来を変えるなんて、そう単純な話じゃないと思うがな」
僕の予知は決して完璧なものじゃなかった。
だから変えられなかっただけかもしれない。ただ、人の死を予知してしまうのにどう足掻いてもそれを阻止できなかったのは、僕にとってあまりにも苦い記憶だ。
予知なんてなければどれだけよかったかと、何度も思った。
「う~ん、そっかぁ……紫苑って頭良いんだなぁ」
ほむらは暢気な調子でそう言った。
頭が良いとかじゃない。ただの昔話に熱くなってしまっただけだ。
気恥ずかしくて、僕は咳払いした。
「いや、まあ……成る程、面白い話だ。特に鬼が出てきたところは手に汗握るものがあった」
「そう? 楽しんで貰えてよかった~。良い話だよな。もし俺が父親だったら嬉しいよ。死んだ後もずっと覚えててもらってさ。そんなに大切に想ってもらえるのって、何か特別な感じがするじゃん」
「…………そう、か」
僕はほむらから視線を逸らした。
ほむらは「何だったっけなあ」と顎に手を当てた。
「え~っと……確か、紫苑の花言葉は――――――」
「君を忘れない」
そして…………
“遠く離れた君を想う”
「そうそう! それだ! 素敵な言葉だよな」
にこっと笑った顔が、ルークに重なった。
…………千年前、旅立ちの時に、あいつは僕にその花を贈った。
僕と同じ名前の花。
花言葉を、あいつは知っていたんだろうか?
何があっても、忘れないでいてほしいと……あいつは、そんな願いを込めたのだろうか?
どんなに遠く離れても、想い続けて欲しいって。
でも、僕はルークを必死で忘れようとした。
消えてしまえと、何度も願った。
憎しみの言葉ばかり吐いていたと思う。
僕は心優しいその弟とは違う。ルークの墓があれば、きっと忘れ草を植えただろう。
「僕は…………最低だ」
「へ?」
「人を思いやったりとか、大切にするとか、そういうことが壊滅的にできない。その話の弟のようにはなれそうにない。僕は忘れたいと願ってしまう。どうして先に死んだんだと、責めるかもしれない。そう言う奴だ。酷い話だろう」
「んー……」
ほむらはこてんと首を傾げた。
嫌われるか、変に気を遣われるか……何か言われる前に「忘れてくれ」と言おうとした。
その時……
「でも思ったんだけどさ」
ほむらはあっけらかんとした調子で話し始めた。
「願い通り父親のことを忘れちまった兄が、その後どうなったかは多分語られてなかったと思う。だからきっと、兄貴は兄貴で幸せに暮らしたんじゃないかな?」
「……え?」
そんなの……ありなのか?
この物語は人の死を忘れなかった弟を称えるものじゃないのか?
「兄は父親を忘れたんだぞ? なのに……」
「だって忘れたいって願う程、兄貴は父親のことを大切に想ってたってことだろ? 父親のことを忘れなきゃ、辛くて生きていけなかったんだ。だから忘れるしかなかった。でもそれで幸せになれるならいいんじゃないかな。お父さんは多分嬉しいんじゃない?」
「……忘れられたのに? さっき君が言ったことと矛盾してないか。君はずっと覚えててもらえると嬉しいって」
「んー……でもさ、今思ったんだけどさ、残酷な話だけど、ほんとにどうでもいい人が死んでも、その時悲しくたってすぐ忘れるだろ? 忘れようと思わなくたって自然に忘れちまう。忘れたいって強く願ったのは、そう思っても願っても忘れられなかったからだ。それくらい特別に想ってくれてるって、それもそれでいいと思わない?」
そう言って、ほむらは美味しそうに茶を飲んだ。
忘れたいと願ったことを、非難しなくてもいいのだと言われて……何かが、強張っていた肩の力が、少しずつ抜けていった。
「そんな……ものか?」
「うん、俺“特別”ってのが好きなんだ。家族とか、そういう特別な繋がり。そういうのが感じられるのっていいよなあ。あ~団子美味しい。幸せ~」
団子を頬張り、ほむらは幸せそうに頬を緩ませた。
「……君は、辛くないか? もし忘れ草を植えられても」
「うん、特別に想ってもらえるのも嬉しいけど、それで辛いのは悲しいし。だって父親は兄のことも弟のことも愛してたんだ。愛した人が苦しいのは悲しい。俺だったら、それならいいよ~って思う。そんなに悲しいなら団子でも食べてなよって。兄は兄、弟は弟で、それぞれ父親のことを大事にしていたはずだ。だからいいんだ。それに……それにさ、本当に全部忘れちまった訳じゃないと思う。本当に大切なものは、きっと兄の中にも残っていたと思うよ、ちゃんと。だから俺は、忘れ草を植えた兄が悪人だとは思わない」
優しい、赦しだった。
心に巣食っていた暗い何かが、するすると溶けていった。
「紫苑……?」
ほむらが僕の名を呼んだ、その直後――――――……
「おい王子サマ、随分優雅に茶ぁしばいてんじゃねえか」
顔を上げると、お使いから戻った乱蔵が僕らの席の前に立っていた。




