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458 喜ぶ





 一瞬、紫苑が泣いたように見えたんだけど。



 気のせいだったのかな?

 びっくりして乱蔵さんを見上げた後、もう一度紫苑の方を見ると涙はどこかに消えていた。



「お前が戻ってくるまで優雅に茶を楽しんで何が悪い? 随分早いお帰りだったじゃないか。それで? あいつは何て言ってた?」

「てめえな……。おら、これが返事だ」


 乱蔵さんは懐から何かを取り出した。

 包みを確認した紫苑は、満足そうに頷く。


「よし。よくやった」

「お前に褒められても嬉しくねえ」

「帰ったら勲章でも授与してやろうか?」

「要らねえ」


 紫苑は俺に笑顔を向けた。

 俺は饅頭をごっくんと飲み込んで、紫苑の言葉を待った。




「まずはここを出ようか。……大好きなおじさんに会うために」






 ――――――――

 ――――――――――――――――




 そうして俺たちが向かったのは、赤い屋根の小屋だった。

 俺がおじさんと、ほんのちょっとの間一緒にいた小屋だ。

 おじさんのために頑張るぞ~って、屋根を赤くして壁をクリーム色にして……うん、やっぱり良い仕上がりだ。これを見たおじさんが「派手すぎる」って怒ってたのは未だにちょっと理解できない。

 家の裏手には五右衛門風呂がそのままになっていた。気持ちよかったなあ、これ。あぐにさんも喜んでくれてたよな。何か懐かしい。あぐにさんは今頃どうしてるんだろう? まあきっと元気にしてるよな。



「もしかしてここでおじさんと落ち合うの?」

「そんなところだ」



 紫苑は大きな包みから石みたいなのをいくつか取り出した。石って言っても、自然に転がってそうなやつじゃない。真四角に綺麗に切られてて、変な模様みたいなのまで描かれてある。

 小屋の中に飾るのかな? う~ん……それはちょっとやめてほしい。

 紫苑のセンスって意外に微妙なんだな。


 そう思ってたら、紫苑は石を綺麗に並べ始めた。



「これほんとに飾るの……?」



 俺が頑張って整えた室内に、ちんちくりんなものが追加されてしまう。

 ちょっと嫌だなって思ったけど、まあいろいろ世話になっている紫苑がどうしてもって言うなら仕方がないかと思っていたら…………



「よし、うまくいきそうだ」

「? 全然うまくいってなさそうだけど……」


 この小屋の雰囲気とこの謎の石は合ってないと思う。


「まあ見ていろ」


 紫苑は石から少し離れた。

 何だ? 何が起こるんだ?

 もしかして石が爆発するとか動き出すとか、何かとんでもないことが起きるんじゃと身構えていると…………



 石から光が溢れて、宙に何かが浮かんだ。



 画みたいだった。石から溢れた光が、画のような、何かの輪郭を形作っている。

 最初はぼんやりだった画は、どんどんはっきりと鮮やかになっていった。

 人物画かな。

 誰かが描かれているみたいだけど、誰を描いているものかはまだよくわからない。


 一体何が起きているのかまるで理解できなくて、どういうことか紫苑に聞こうとしたその時、画が――――――声を発した。






『……ほむら?』






 へ?

 思わず漏れた声は言葉にならなかった。


 画が、喋った。

 宙に浮いてる輝く画が、突然喋ったんだ!

 それだけじゃない。その声は、確かに俺が知っているものだった。

 一人の人物が思い浮かんだ。それからよくよく画を見ているうち……――――画ももっとはっきりとしたものになって、目鼻立ちも背景の部屋の様子までくっきりはっきり見えるようになって――――……俺は確信した。






「おじさん!!!」






 おじさんだ。おじさんがいる!!!

 俺が「ヒューゴおじさん!!」と呼ぶと、おじさんは目を丸くして、それから小さく微笑んだ。

 凄い、動いてる! 動く絵だ! いや動くおじさんだ!! 本当にどうなってるんだろう、これ。おじさんは平面だし、どっからどう見ても画なのに、動くしやっぱりちゃんとおじさんで…………一体何が起こっているのかわからない。

 もしかしておじさんはちっちゃくされてあの石の中に閉じ込められてるとか? だとしたらもの凄く怖い。助けなきゃ。



「映像石だ。これなら遠く離れていても意思疎通が取れる」

「えいぞう……? あの石の中に閉じ込められてるんじゃないの?」

「? そんな訳ないだろう。そもそも人間をどうやってあんな小さな石の中に…………待て、もしかして石を破壊しようとしていたのか? それだけは絶対にやめてくれ」


 よかった。おじさんは狭い石の中に詰め込まれて苦しい思いをしている訳じゃないらしい。


「しかしよく許可されたな。こんな貴重なもんをよその国の王子に手渡すなんざ」と乱蔵さん。

「直接会うよりはマシだと思ったんだろう。あちらはあちらで兵士が監視しているからおかしな真似もできないしな。……これほど便利なものはなかなかない。どさくさに紛れてこのまま貰って帰れないものか……」

「借りパクするつもりかお前」

「冗談だ」


 紫苑と乱蔵さんが喋ってるけど、それが全然頭に入ってこないくらい、俺は目の前のえいぞうに夢中だった。

 これ本当に凄い! 先生に話したら同じものを作ってくれるかな?

 そしたら俺がどこにいても、心桜や先生といつでもどこでも顔が見られるんだ。

 考えただけでワクワクする。



「本当に凄いな……なあ! おじさんも俺の顔見れるの?」

『……ああ。見えている』



 おじさんの声だ。

 俺は嬉しくなってにこにこ笑った。



『話は聞いた。……ここまでせずとも、返事は要らないと言っただろう』

「だって嬉しかったんだよ! へへ、手紙ありがとな、おじさん! ほんとに元気にしてる? ちゃんとご飯食べてる? えっと、えっとさ、俺本当に嬉しかったんだ。おじさんからの手紙」

『……大したことは書いていない』

「小言が多いな~とは思ったけど」

『小言』

「でもさ、それって俺のこといっぱい考えてくれてるってことだよな! それに鞭の後は飴もあったし!」

『飴?』

「優しいこともいっぱい書いてあった。そしたら小言も含めて全部嬉しくなったんだ。あったかくて、優しくて! そしたらおじさんの顔が見たくて仕方なくってさ。火事の後急に離ればなれになっちゃったから、俺ずっと心配だったんだ。俺、おじさんにもいっぱい幸せになってもらいたいな。えへへ、何か気恥ずかしいなあ」



 俺はへらへらしながら、とりとめもない話を始めた。

 おじさんと離れた後に織姫様とか乙姫様とかに会ったこととか、織姫様って名前の由来だとか、七夕ってどんな行事かとか、七夕の日に食べた冷たいそうめんが超美味しかったこととか……。


 あれ? 俺が伝えたかったことって、こういうことだっけ?

 うーん……。

 いざ話し始めると我ながら話がとっちらかってて、全然まとまってなくて、忍耐強い人とかじゃないと聞いてられないんじゃないかなって思う。


 でも今は、おじさんと話ができることが嬉しくて仕方ない。一秒だって惜しいくらい、すごく楽しい。嬉しい。だから、きっとこれでいいんだ。

 おじさんと話せて楽しいって、手紙が嬉しかったって、おじさんの幸せを俺も望んでるって、俺のこっちでの生活は楽しいことがたくさんあったよって、そういうことが伝えられたら。



 そう言えば、おじさんとおじさん二号が友達なのはわかるけど、紫苑や織姫様たちとおじさんがどういう関係かとか、どうしておじさんと会うのがこんなに難しいのかとか、俺はいろいろ理解していない。

 義勝はおじさんのことを一応父親、みたいなこと言ってたけど、それもよくわからない。

 わからないことがいっぱいある。

 もっとちゃんと聞いた方がいいよなとは思うけど、聞いたところで俺にわかるかな?

 難しい話は苦手だ。




 …………まあ、いいか。

 俺にとっておじさんは、大切な友達。

 今はそれだけで十分だ。




「女の子が皆可愛くて優しくてさぁ、それで、それから…………」





“その気持ちは、ちゃんと伝えるべきだと思います”





 不意に、織姫様の声が蘇った。

 義勝に気持ちを伝えるべきだって、彼女は言った。

 別に、俺は義勝のことなんて何とも思っていないのに。





“お前自身の時間は短い”





 夢で出会った、不思議なお婆さんの言葉まで蘇る。

 怖くなった。

 もしかして、俺はもうすぐ死んじゃうんだろうかって。







『……何か悩みでもあるのか』

「へ?」



 唐突な質問だった。

 おじさんを見ると、表情はあんまり変わらなかったけど、心配してくれているのが伝わった。



「悩み? な、何で? 俺が?」

『そういう顔をしていた。何かあるなら吐き出していけ』



 おじさんはどうしてこう鋭いんだろう。

 何でもかんでもお見通しみたいだ。そういうところは織姫様と一緒だな。


 でも、何て言えばいいかわからなかった。

 義勝のことなんて俺は別に何とも思ってないし、ただの友達だし……夢の話だってどう話していいかわからない。もう子供じゃないのに怖い夢を見てそれが忘れられないなんて、ちょっと恥ずかしい。



 しばらく沈黙が流れた。

 それを破ってくれたのは、おじさんだった。 




『言うのが遅れたが……よく似合っている』

「え?」

『その装い、華やかな色がお前によく似合っている。綺麗だ』



 …………褒められた。


 理解した途端、顔が熱くなった。

 やっぱり優しいなあ、おじさんは。


 何だか、おじさんになら、何を言っても受け入れてもらえる気がした。




「俺、さ…………」




 特別な繋がり。特別な人。

 俺がずっと抱いていた願い。




「家族が、欲しいんだ」



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