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430 手を伸ばす




 屋敷の中は酷い有様だった。

 火がそこら中を舐め尽くして、燃やしている。

 いつ天井が落ちてくるか、爆発でも起きるかって気が気じゃない。こんな場所におじさんがいるのか? 本当に?



「おじさん!! おじさ――――……げほごほぐぇっほッ!?」



 苦しい。息を吸い込むと何か変なもん入ってくる。声を張り上げると喉が焼けそうになる。

 げえげえ言って喉を押さえながら、俺はぐるっと屋敷の中を見回した。


 夢中で駆け込んで考えてなかったけど、この屋敷、思っていた以上に広いみたいだ。あっちにもこっちにも廊下が伸びてて、どっちに向かえばいいかまるでわからない。部屋もいくつもある。それを全部見ていくのか?

 ……もしかして、俺、何か間違えたかな? また後先考えず突っ走って、失敗した?

 せめて館の見取り図とか……そういうの、貰っといた方がよかった?


 弱気になって思わず扉の方を振り返ると、でかい音を立てながら目の前に柱が倒れた。


「ひえッ!?」


 俺は背後に飛び退いて、へなへなと腰を抜かしそうになった。あああやっぱり怖い。やっぱ無理だ。涙が滲んで、慌てて拭った。――――――バカ。弱気になってる暇があったらさっさと動け! おじさんはきっともっと寂しい想いをしてる。ここまで来たんだ、いつもみたく力技で乗り切るぞ!



「おじさんッ!!! いるならッ……げほッ……返事しろ!!! 俺が来たからにゃあ……げふごほッ……もう怖ぐないぞッ!!!!!」



 必死で声を張り上げた。腰を屈めて、口を手で覆いながら闇雲に進む。

 火も煙も酷い。どうしよう、どうしたらいいんだって、パニックになりかけた時――――――




「フレア!!!!」




 誰かの声が聞こえた。

 振り返った俺は、ぎょっとした。



「お、おじさん二号……!?」



 俺と同じように頭からびしょ濡れになったおじさんが、目を血走らせて俺のところに駆けてきた。


「なんでおじさん二号がここに!?」

「だから何なんだその呼び名……げほッ」

「お、おじさんこそ、俺はほむらって名前だってば」

「むむ。フレアという名前の方がずっといい」

「そういう問題じゃ――――……わっ!?」


 おじさん二号は唐突に俺の手を取った。

 このまま連れ出すつもりかと、体が強張る。


「だ、だめだよ。俺は逃げない。逃げるならおじさんも一緒――――」

「この屋敷は元々我が一族のものだぞ。……来なさい! あいつがいるとすればあの部屋しかない!」



 おじさん二号は俺の手を引き、階段を駆け上がった。


 何で?どうして?って疑問が次から次へと湧いてくるけど、俺は何も聞けなかった。

 ただおじさん二号を信じて、ついていった。


 階段の一番上まで来て、廊下を真っ直ぐ進んで右に曲がる。突き当たりに、赤い扉があった。

 でもほとんど燃えてる。あれじゃ開けられないよどうしようって言おうとしたら、おじさん二号は躊躇いなく上着の中からでっかい槌を取りだした。


 ……ん? 槌? この人上着の中になんてもん仕込んでんだ!?



「おじさん、それ……!?」

「下がっていなさい! キエェェェェェェ!!!」

「うわっ!?」



 すっげえ掛け声。どっかの道場と他流試合か何かをした時のことを思い出した。刀士郎によく似た顔立ちでその声は反則だろ。


 おじさん二号の槌は赤い扉をいとも簡単に破壊した。

 壊れた扉の破片を蹴散らして、部屋の中に入る。

 中もやっぱり酷かった。て言うか何も見えない。煙に覆われて、視界が完全に遮断される。一寸先も見えない。



「おじさん!!! いたら返事ッ……げふッげッげほッ」



 ほんとに喉が焼けただれそう。

 声を出すのがこんなに辛いなんて。熱い、苦しい。煙も気持ち悪い。涙出そう。いや出てる。

 早く目が慣れねえかなとか、こんな煙の中で目が慣れることなんてあるのかなとか思いながら、必死でおじさんを捜した。おじさん二号も叫んでる。……どうしよう、もし見つかっても、おじさんが助からなかったら? 酷い状態だったら? やだやだ……嫌だ。そんなの嫌だよ。



 大切な人が傷ついているところなんて、見たくない。



「!! ヒューゴ!!!」



 おじさん二号が悲鳴のような声を上げた。



「ヒューゴ!! しっかりしろ!! ヒューゴ!!!」



 俺はおじさん二号の声を頼りに向かった。

 投げ出された足が見えた。おじさん二号が、必死でその人に声を掛けている。……見覚えのある上着。



「お、おじさん…………?」



 おじさんは、まるで眠っているようだった。

 怪我しているようには見えなかったけど、おじさん二号がいくら声を掛けても、体を揺すっても、おじさんは起きる気配がなかった。



「このッ……バカッ…………!!!」

「ど、どうし……どうしよ、おじさ……」

「とにかく連れて出る。窓から出よう。多少足の骨は折れるかもしれないが仕方ない」

「それなら俺が背負うよ! 少しばかり高くても大丈夫だから!」


 俺はおじさんを背負おうとした。

 おじさんの手は細くて、弱々しくて、こんなだったっけってちょっと悲しくなった。

 ほんの少しの間会わなかっただけなのに、おじさんはまるで魂が抜けてしまったみたいだ。俺はゾッとした。おじさんは、“死”に近づいているんじゃないか。片足を突っ込んじまったんじゃないかって。…………怖くなった。




 その時――――――



「…………ッ」

「……おじさん?」



 ぐ、と体を押された。

 おじさんが僅かに目を開けて、俺を拒絶するように手を突き出していた。



「おじさん! おじさん……よかった!! 気がついて――――――」

「………………」



 おじさんの目に、俺が映る。

 涙でグチャグチャの情けない俺の顔。


 おじさんの目が、徐々に見開かれて、そして…………




「イザ、ベラ…………?」




 涙が一筋、頬を流れた。

 泣いている。おじさんが、俺みたいに、情けない顔で。



「おじさん……?」

「すまない……イザベラ、俺は…………」



 俺を、誰かと間違えてる?

 泣きながら許しを請うおじさんが、何だか哀れで仕方なかった。



「……と、とにかく逃げるぞ。このままじゃほんとに死んじゃう……」

「俺は……死なねばならない」



 おじさんは俺の手を払い、ずるずると壁に向かって逃げようとした。

 何言ってるんだ。何でそんな悲しいこと言うんだ。


 おじさん二号が「ばかな事を言うな!!!」とおじさんの手を掴む。



「お前には償わねばならない罪が山とあるだろう!! 安易な死に逃げることなど私が許さん!! イザベラも同じことを言うはずだ! 今すぐ――――」

「俺は……俺はここで死なねばならない。そうしなければ…………あいつは…………――――――」



 おじさんの目は虚ろで、何か悍ましいものを見ているように表情は硬かった。



「イザベラ…………」



 おじさんが、俺を見つめて、知らない人の名前を呟く。




 ……違うよ、俺はイザベラじゃない。

 だからそんな悲しい顔をしないで。どうか怯えないで。

 一体何が貴方をそんなに追い詰めてるの? おじさんの過去に、一体何があったのさ?


 それを知る権利なんて、俺にはないかもしれないけれど。


 でも知りたい。

 だって俺たち、友達じゃないか。


 俺はおじさんに手を伸ばした。

 振り払われても、諦めない。むりやり連れて行こう。

 もっと安全な場所で、落ち着いて話そう。おじさんが何に怯えてるのか、何がおじさんを苦しめているのか、ちゃんとちゃんと話し合おう。






 ――――――その時、俺はおじさんしか見えていなかった。



 だから気づかなかったんだ。





「フレア!!!」





 ガラガラと、大きな音を立てながら――――――……

 頭上から、焼けた天井が迫っていた。


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