401 驚く
…………
……………………
『私の想いを、あなたに託します』
…………?
その声は…………
………………先、生?
『私は大丈夫です。この守り刀が、ほむらさんの代わりに私を守ってくれますから』
……心桜?
『もう……後戻りはできない。……ほむらは俺が怖くないのか』
刀士郎?
『俺は…………ほむら、お前の特別になりたかった』
お前は…………
「…………義、勝?」
目を開けたら、見慣れない天井が目に映った。
また変な夢を見たのか……。あ~あ、折角おじさんの部屋で寝させてもらったのに、結局変な夢を見ちまった。思い出そうとしても全然思い出せないけど、とにかく胸がざわざわする、気持ち悪い夢だったことは確かだ。
まだ朝は来てなかった。
俺は胸を押さえた。夢のせいかわからないけど、何か嫌なことが起こりそうな、そんな気がする。俺の第六感、働き過ぎじゃねえ? ちょっとは休んでもいいんだぞ。
俺は部屋の隅から体を起こして、窓の外をこっそり窺った。
当然だけど人っ子一人いない。誰も居ない通りを見下ろしながら、故郷のことを考えた。
どうやって帰ろう? 早く帰らなきゃ。
帰ったら、この世界でのことをたくさん話すんだ。
先生は発明意欲を掻き立てられてまた何か作り始めるだろうか?
心桜はきっとキラキラした目で聞いてくれるよな。
刀士郎は優しく笑いながら相づちを打ってくれる。
義勝は………………
「あ~、やめやめ。とにかくそろそろほんとに考えなきゃな~。どうしてこんなところに来たんだか……。先生とか刀士郎とか、この世界に来てないかな? 俺一人じゃどうしたらいいか全然――――」
「…………ラ」
「ん?」
振り返ると、やっぱりおじさんがまた寝言を言っているみたいだ。
俺はそうっとおじさんに近づいて、顔を窺った。
汗をだらだら流し、歯を食い縛って苦しそうに呻いている。
熱でもあるのかな? 大丈夫かな?
でも起こしたらまた怒られるかな。
「おじさん……」
息子に家を追い出されたって言ってたし……
この国の皇子様とも揉めてるみたいだし……不運だよなあ、この人も。
「……べ、ラ……」
「へら?」
「イザベラ……」
キツく閉じたおじさんの目から、涙が一筋流れた。
雷に打たれたような衝撃だった。
だって、おじさんみたいな大の男が、夢を見て泣いてるなんて。
よっぽど怖い夢を見てるんだろう。俺の想像もつかないような怖い夢を。
いざべらって、何だろう? 物かな? 人かな? わかんないけど、よっぽど怖い存在なんだろうな。もしかしてお化けの名前、とかかな……?
俺はよしよしとおじさんの頭を撫でた。
「大丈夫、大丈夫だぜ。俺がいるからな、おじさん。怖いお化けが襲いかかってきたら、俺がおじさんのこと背負って全力で逃げてやるよ。俺、自慢だけど馬より速く走れるんだぜ? へへっ、だからさ、大丈夫だ。大抵のもんには絶対追いつかれないから。逃げて逃げて逃げて…………おじさんが、安心して笑っていられる場所に行けたらいいのになぁ……」
俺はおじさんの手を握って、うとうとと瞼を閉じた。
おじさんの手はデカくてあったかくて、すげえ安心した。次に見た夢は、覚えていないけど多分そんなに悪いものではなかったと思う。
それから、どれくらい経ったかな。
「……起きろ!」
おじさんの低い声で目が覚めた。
反射的に飛び起きると、部屋はまだ真っ暗だ。
おじさんはいつの間にか起き上がって、上着を羽織ってて、今からどっか行くみたいな感じだった。
「ど、どうしたんだ? 何かあったのか?」
「今すぐこの屋敷を出る」
「え? 何で?」
「何でもだ」
おじさんは窓を開けた。
かなり高いけど、ここから飛び降りるつもりか?
俺は大丈夫だと思うけど、おじさんは大丈夫じゃなさそう。
「どうして? 何で? せめて扉から出ようよ。怪我したら痛いぞ?」
「廊下も出入り口もあいつらがうじゃうじゃいる」
「あの怖いおっさんたち? そりゃうじゃうじゃいるけど、どうして今更……」
「元々長居するつもりはなかった」
おじさんはちょっと焦ってるみたいだ。
何だろう、怖い夢を見てここにいるのが嫌になったとかかな?
おじさんってちょっと子どもっぽいんだな。
「でも挨拶くらいはしなくていいのか? あのおっさん、ちょっと不気味だったけど、一応おじさんの知り合いな訳だし……」
「事情は後で説明する。お前はさっさとここから出るんだ」
おじさんに急かされ、俺は「わかった」とよくわからないままおじさんを抱きかかえた。
「ッ!? おいちょっと待て! 俺は自分で――――」
「多分無理だって。けっこう高いし。急いでるんだろ? さあ行くぞ!」
「だからちょっと待てと言っているお前まさかこのまま跳ん」
「とうッ!」
俺は窓から跳んで、壁を走りながら地面に一直線。
地面に直撃するすんでのところでくるっと回転して、受け身を取りながら鮮やかに着地した。
「どんなもん」
えっへんと胸を張ると、真っ青な顔のおじさんが「離せ!!」と暴れ出したから仕方なく手を離した。
「クソ、心臓に悪い……。もう少しまともな飛び降り方はないのか!」
「あはは、飛び降り方にまともも何もないだろ~」
「うるさい!」
おじさんはピリピリしている。
外には誰も居ないみたいだった。夜はちょっと冷える。
俺はぶるっと身震いしてから、おじさんと歩き始めた。そしたら……
「ワンワン!!」
「ッ、うわ!?」
真っ黒で顔のシュッとした、やけにスタイルの良い犬が数匹、激しく吠えながら走ってきたんだ。顔も目も怖い。怖くて腰を抜かしそうになる。
「おじさん! 逃げなきゃ――――」
「チッ」
おじさんが舌打ちして、懐から何か出そうとする。
その時、パンパン、と手を叩く音が聞こえて、犬たちの動きがピタッと止まった。
「申し訳ありませんねえ。貴方様に吠えるなんて、躾がなっていませんねえ」
あ、あの男だ。
俺はぶるっと背筋を震わせた。
暗闇から、この屋敷に来た時一番偉そうだなって思った小柄な男が、屈強な男どもを数人連れて現れた。ひいぃ……迫力あるなあ。
苦手なんだよな、あの人。何考えてるか一番わかんない。
それに周りの男どもも、俺よりずっと背が高くて顔が怖い。
男はじーっとおじさんを見て、口を開いた。
「散歩ですか? こんな夜中に」
「………………」
「それとも……」
コツ、と踵を鳴らして、ゆっくり俺たちに近づいてくる。
「まさか、黙っていなくなるおつもりで?」
「…………」
「何か仰ってくださいよ~。本当に黙っていなくなろうと? 酷いじゃないですかぁ」
「白々しい。……貴様の部下が話しているのを聞いたぞ。カイウス側につくらしいな」
「ああ……。まあ仕方ありませんよね? 本当はあなたにつくつもりでしたよ? 愚図なカイウス様を操るのも良いですが、それにしてもあまりに根性無しと聞いてますから、ちょっとねえ。……ですがほら、噂によると、非常に頭の切れる方のようで」
え、え? 何これ。何が起こってるんだ?
「それなら今のうちに従順にして、恩を売っておいた方が賢いというもの。あなたを拘束して突き出せば、しばらくは優遇してもらえるでしょう」
こ、拘束して突き出す? 何で?
急いでおじさんを見たけど、特に驚いた様子はなかった。
「どうせこうなるだろうと思っていた。想像以上に決断が早かったが」
「ふふ、お褒めに預かり光栄です」
「ここに来たのは補給のためだ。目的は充分に果たせた」
「そうですか。ではこのまま大人しく拘束されてください」
男がパチン、と指を鳴らす。
犬がまた激しく吠えながら向かってきた。やっぱ怖え!! 足は長いし牙も鋭いし涎がだらっだら流れて……とにかく目がやばい!!
「やばいやばいやばい! おじさん――――」
「黙っていろ」
おじさんが懐から何か取り出した。
黒い長細い玩具みたいなそれをカチッと鳴らすと、その筒の先から何かが飛んでいく。
犬に次々と当たったか刺さったか、あんなに激しかった犬の勢いが突然衰えて、やがて「くうん」と倒れていった。
「な、何したんだ……?」
「……ただの麻酔銃だ」
よくわからないけど安心した時、今度は男たちが向かってくるのが見えた。
おじさんがまた銃を向ける。
その時、建物の影――――おじさんの死角から、おじさんの持ってるものとよく似た……銃?を持った男が、それをおじさんに向けながら現れた。
「おじさん、後ろ!!」
おじさんが男の方を向く。そして……
その体が、ぐらっと揺れた。




