402 支配される
パアン、と何かが破裂するような音が響いた。
「おじさん!!」
「ッ……」
おじさんは体勢を崩したけど、懐からまた何か取り出してそれを地面に叩きつけた。次から次へと物が出てくるけど、おじさんの服の中って一体どうなってるんだ?
辺りが煙に覆われる。必死で手を伸ばすと、おじさんが俺の手を握った。
「ぶへッ、ぶふッ、おじさん、これ何――――」
「来い!」
おじさんに手を引かれるままに、必死で足を動かす。
何も見えないけど、このままあんな奴らのところに置いて行かれるのだけは嫌だから、必死だった。
やがて煙もなくなって、見覚えのない路地裏をずっと走った頃、おじさんがようやく止まった。
「お、おじさん、大丈夫?」
「………………」
おじさんは答えない。
どうしたんだろうと思って顔を覗きこむと、おじさんはだらだら汗を流したまま何かを堪えるように歯を食い縛っていた。
「どうした? 腹が痛いのか? 何が……」
「ッ……煩い。騒ぐなかすり傷だ」
「!! おじさん、それ……!!」
肩をやられたんだ。ぬるっと真っ赤な血で濡れて、俺は思わず顔を逸らしそうになった。
かすり傷なんかじゃない。かなり深い。このまま放って置いたらやばいってことは、俺でもすぐにわかる。この前青髪の美人さんがおじさんに負わせた怪我とは全然違う。
「早く手当しよう!! あの影になってるところでさ、安静にして、それでえっと、止血して……」
「問題ないと言っている。黙っていろ」
「で、でもでもでも……!」
おじさんは俺の手を振り払い、ゆっくりと胸を上下させた。
「まだ終わってない」
「へ?」
おじさんに突き飛ばされて尻餅をついた。
その後すぐ、またけたたましい破裂音が続いた。
「お、おじ――――」
「お前は隠れていろ!!!!!」
俺の目の前で、石畳が破裂する。バキバキ音を鳴らしながら飛び散っていく。俺は「ヒッ」と悲鳴を上げて、建物の陰へ這いながら逃げた。
「――――――――!!」
おじさんに向かって声を掛けたけど、音がうるさすぎて自分の声すら聞こえない。
砂煙で満足に目を開けることもできない。それでも何とか薄目を開けておじさんの姿を探した。そしたら、おじさんの体がぐらっと揺れて、煙の向こうで血が噴き出したのがわかった。
男たちがおじさんに向かっていく。おじさんはそいつらに何か突き出して、また破裂音。
何なんだよ、あの破裂音。一体何が起きてるんだ!?
剣で斬り合うのも怖いけど目に見えない攻撃はもっと怖い。
何かしなきゃと思うのに、何をすればいいのかわからない。さすがの俺も、あんな恐ろしい武器が相手じゃ何も出来ない。刀があったとしても、あれじゃ全くの無意味だ。
今まで酷い目にはけっこう遭ってきた方だし、喧嘩だって数え切れないくらいやってきた。なのに……
違う。喧嘩とは全然違う。命の奪い合いなんだ、これは。
怖くて体がガクガク震える。
何かしなきゃって、このままじゃおじさんがって……そう思うのに、動けない。
俺は耳を押さえて蹲っていることしかできなかった。
――――やがて音が収まって、辺りは静かになった。
「おじさん……?」
恐る恐る声を掛けたけど、おじさんから返事はない。
辺りを覆っていた煙が晴れて、月明かりがゆっくりと照らした。
「おじさん!!」
おじさんは壁に背中をつけて足を投げ出していた。腹を押さえてる。そこから血が流れているみたいだった。
急いで立ち上がると、「来るな!」と怒鳴られて足が止まる。
「なな、な、なんで……」
「来るな。お前は…………ッ…………」
苦しそうなおじさんを見てると、我慢できなくて駆け寄った。
「バカ! だから来るなと言って……」
「ばかはおじさんだ! そんな状態で放っとける訳ないだろ!? 早く逃げよう。俺が背負うから、おじさん――――」
「おやおや、まだ息がありましたか。しぶといですねえ、本当に」
おおおおいでなすった――――――!!
コツコツ踵を鳴らしてあの男が近寄ってきた。怖い怖い薄気味悪い! この人ほんと嫌だ。その背後から、やっぱりいかつい奴らも姿を現した。
泣きそうになりながら俺はそいつらを睨み付けた。
「な、なんでおじさんのことこんなに虐めるんだよ!? 何か気に食わないところがあるのか知らないけどここまですることないだろ!? おじさんの知り合いじゃないのか!? おじさんの味方になるんじゃなかったのかよ!?」
「…………金髪碧眼。年の頃も背丈も情報通り。品は下のようですが……まあ、噂の公爵令嬢で間違いないでしょう」
男は俺の質問に答えなかった。
じ~っと俺を見下ろしてから、にっこり笑う。その顔で俺を安心させるつもりなら逆効果だな!? 不気味が加速しただけだ。
「さあ、もう大丈夫ですよ、お嬢さん。早くおうちに帰りましょうね」
「は?」
「帰りたいでしょう? 私が送って差し上げます。これでアカツキ王国との繋がりができれば、私としても非常にありがたい限りですよ。商売の幅が広がりますねえ」
「何言ってんだ……?」
「元の場所に戻して差し上げると言っているんです。ほら、早く」
手招きされたけど、絶対あんな奴には近寄りたくねえ。
俺が動かないでいると、男はすぐに苛立ち始めた。
「はあ……やれやれ、むりやり連れて行くしかありませんか。できれば良い関係を築きたかったのですがねえ」
「何言ってんだ。お前ら一体何なんだよ……?」
俺をどこに連れて行くつもりなんだ?
あの世界に返してくれるみたいに言ってるけど、そんなの絶対嘘だ。
おじさんをこんなに傷つけたあいつが、俺を手助けする訳がない。何より、こんなことになったおじさんを放って、一人逃げ出すような真似ができるかよ。
「さっさとこちらへ。手荒な真似はしたくありません。ジーク殿下もカイウス殿下も、血眼で貴方を捜しているようですからね」
「……?」
誰が俺を捜してるって?
カイウス……は、偉い人の名前だっけ。ジー……ジー……じーさん? だめだわからん。
何で見ず知らずの奴らが俺を捜してるんだ。俺を捜してどうするつもりだ。
「あなたは誘拐されたんですよ? わかってます?」
「誘、拐……?」
「なのにどうして……。ああ、たまにいますねえ、酷い目に遭わされたはずの被害者が、加害者に同情してしまうという……貴方もそれですか? 可哀想に」
「何の話だ。何言って……それよりおじさんの手当しないと! 血が止まらないんだ! 早く――――」
「チッ……これだからばかなガキは」
男の雰囲気が一層禍々しくなった。
「もういい。お前ら、あの娘をさっさと捕らえろ。少しくらい傷つけても構わん」
「しかし……」
「怪我をしたら皇帝にやられたと言えばいいんだ。あの娘が手に入れば皇帝は死体でも構わんだろう。さっさとしろ」
「はっ……」
男たちが近づいてくる。
おじさんは諦めたように俺を押しのけた。
「もういい。消えろ」
「え? は? 何で――――……」
「さっさと行け。面倒だ」
面倒? 何言ってんだよって返そうとしたら、近づいてきた男達に腕を掴まれた。
「や、やめろ! おじさんに近寄るな!!!」
二人がかりでおじさんから引っ剥がされる。男たちはおじさんを突き飛ばし、拳を振り上げた。
「やめろってばぁ!!!」
「ッ……」
目の前で、おじさんが酷い目に遭っている。
おじさんは抵抗しない。体をあちこち殴られて蹴られて、嫌な音が夜の街に響いて、おじさんの呻き声もそのうち聞こえなくなった。
「待てってば! なあ! もうやめてくれよ!! そんな酷いことしないでくれ! 頼むから! そんなこと続けてたら、おじさんが、おじさんが……!!」
「……こいつが死んで誰が悲しむ?」
薄気味悪い男は、そう言って嗤った。
その言葉に、頭を殴られたような衝撃が走った。
誰が悲しむって? そんなの、そんなの……
俺が悲しむに決まってるじゃないか。
俺はおじさんのことあんまり知らない。すぐ怒鳴るし、怒った顔は義勝によく似ててムカつく時もある。
でも、でもさ……悪い人じゃ、ないと思う。
パンをくれたし、水を汲んでくれたし、なんだかんだ俺のお願いもけっこう聞いてくれる。
時々優しい目になる。
ちょっと不器用だけど、悪い人じゃないんだよ。俺はけっこう好きなんだよ。なのに…………
「生きる価値のないゴミのような男だぞ」
「なんで、そんなこと……」
男たちに囲まれて、おじさんがいっぱい殴られてる。
その光景に…………幼い頃の、自分が重なった。
見た目のせいで嫌われ、石を投げられ、あんな風に袋だたきに遭った。
一度や二度じゃない。生きる価値のない、ゴミのような子どもだと、そう思われていたんだ。
俺が死んだって誰も悲しまなかっただろう。きっと。いや……むしろ喜ばれたかもしれない。だって俺の母親は、俺を産んでしまったことを悔いて、俺と一緒に死のうとしたんだから。俺を殺すために、俺を巻き込んで、身投げしたんだから。俺はそんなこと、望んでいなかったのに。
「はっはっは、ゆっくり嬲り殺してやれ。こいつに苦しめられた人間の分までな」
ふつふつと、抑えきれない怒りが込み上げてきてそれで……
「ま、どうせ地獄に落ちるだろうが」
プチ、と、何かが切れる音がした。
拘束されていた腕を力任せに振り払う。
「えッ……」
「なッ……」
俺を拘束していた二人組は驚いてよろめいた。男の顎に拳を入れる。顎が割れ、目をぐりんと回してぶっ倒れた。それを見て間抜けな顔で固まった別の一人は蹴り飛ばす。壁にぐちゃっと激突して、血の跡をつけながらずるずる崩れ落ちていく。
さっきまで恐怖で震えていた体が、嘘みたいによく動く。
あー……何だ。弱えじゃん、こいつら。
俺はあの気色悪い男の方へ体を向けた。
「…………してやる」
「え? は? い、一体何が……」
「てめえら全員ぶち殺してやる」
「ま、待ちなさい! 貴方は何か勘違いして――――」
男の声は耳に入らなかった。
恐怖を上回る怒りが、俺を支配していた。




