120 怒られる
「いや無理だって! 無理無理無理! 俺ダンスなんてしたことないから!!」
嘘だけど嘘じゃない! 男として女性をリードしたことなんてあるわけないでしょ!? なのになんで私がクリスタのダンスの練習相手にならなきゃならないの!?
レオンは私の訴えを無視してシャツやら上着やらを放り投げてくる。
「さっさと着るんだ。いつまでも裸同然でいるな見苦しい」
「とにかく俺無理だって! クリスタだって俺とダンスなんて嫌だろ!?」
「えっ……」
だってダンスなんて手握るどころじゃないんだから。急にハードル上げすぎじゃない!? 体だって近づけなきゃいけないしクリスタだって絶対に嫌に決まってる。彼女を見るとパッと私から顔を逸らした。ほらやっぱ嫌じゃん。
「わ、私は……大丈夫、です」
「絶対大丈夫じゃない反応だろそれ!」
「いえ……アクア家の聖騎士たる者、ダンスくらい完璧にこなしてみせます」
「いやいいってそんな無理しなくて!」
「ダンスパーティーはもうすぐだ。徐々にと思っていたがこの様子なら大丈夫だろう。それにお前にはもし万が一ダンスパーティーに出なければならなくなった時に一通りのことを覚えて貰わないといけない」
「は? ちょっと待てよどういうことだ」
「もしクリスタの恐怖症がダンスパーティーまでに治らなければお前がクリスタのダンスの相手をするんだ」
はあああああああ!?
「ばっっっか!! 何言ってんだお前!? 王家主催のダンスパーティーなんだろ!? 俺がそんなとんでもねえのに出席なんてできるわけねえだろが!!!」
「手配すること自体は難しくない。父に頼んで女王に直接許可をもらう」
「なんっっっ!?」
信じられない。そこまでする!? ていうかそんなに大規模なダンスパーティーってことは絶対ジークもいるじゃない!!!
「もちろん大勢の国賓も訪れる大規模な催しだ。だからこそお前にはもし万が一を考えて最低限のマナーを……」
「無理無理無理!! とにかく無理だわそれは無理!! 俺にそんなものは求めないでくれよ頼むから! 大体俺がただの平民だってバレたらアクア家の評判も地の底だぞ!? そんなのお前も――」
「そこはどうとでもする。これは最終手段だ。それまでにクリスタの恐怖症が治れば何も問題はない。お前もそれくらい気合いを入れて取り組め、わかったか」
「くっ……」
何て横暴な奴。
ええい、そうだ! よく考えたらこれはクリスタが私を嫌いになる良い機会なんじゃない? そうよ、すでにかなり嫌そうだし、これは最大の好機! ヤバいダンスをして嫌われればいい。さっさと放水でも何でもされるくらい嫌われましょう! ……でもヤバいダンスってどうやるの?
教師の説明をイライラしながら聞いて、言われた通りにクリスタと向かい合う。片方の手を繋ぎ、もう片方の手はクリスタの背中にそっと回す。
「……クリスタ、ほんと俺ダンスとかやったことねえから、その……」
「だ、大丈夫です。まずは簡単なステップから……」
言われたように体を動かす。
うーん……どうしよう。わざと下手に踊るって普通に踊るより難しくない? 大体こんなに密着してるのに変なステップなんてして足を踏んだら悪いし……。ぎこちない動作で取りあえずゆらゆら揺れながら一体どうすれば嫌われるのかと必死に頭を働かせた。
「少しはできるじゃないか」
私の気も知らないであいつは気楽なものね。すごくイライラする。
「おいレオン、お前今本当は何の時間なんだよ。ちゃんとスケジュールに沿って動いてるか? 予定にないことやってたら怒られるんじゃねえのー?」
「自由時間だ。問題ない」
「チッ」
「今舌打ちしたか?」
「思わず出ちまったよクソが」
「その言葉遣いも矯正するからな」
「やれるもんならやってみやがれ」
べーっと舌を突き出してあげた。
「……心中お察しします。不服ですよね、嫌なことばかりさせられてしまって」
クリスタは心なしか表情が暗いような気がする。
「レオンは私のことになると周りが見えなくなってしまうので……申し訳なく思います」
「あんたが謝ることじゃないだろ。つーかあんたの方こそ嫌だろ? いつでも水ぶっ放してくれていいから。俺濡れるの全然平気だし」
「いえ、大丈夫です。不思議と……落ち着くんです。いつもなら男性と手が触れただけで気づいたら能力を使ってしまうのに」
「……ふーん」
中身が女だから触れるのなら、案外男性の体自体にそんなに恐怖を抱いているわけじゃないのかしら? うーん……よくわからないわね。そもそも彼女のトラウマになった出来事を私は知らないし。知ったところでどうしようもないとは思うけど。
「…………」
……クリスタってけっこう胸大きいのね。
思わずじっと見つめていた。……どれくらいあるのかしら。目視した感じ、私よりかなり大きいわねこれは。……形もなかなか……
ピキィ……
咄嗟に彼女を抱き締めながら右に避けた。
「…………!!」
私の頭があったところに氷が浮いている。もし当たったら頭を串刺しにされていたようなでっかい氷の刃だ。それはパキパキ音を立てながら次の瞬間には粉々に割れて床に落ちた。
「……おいレオン」
「邪な気を感じた」
「てんめえ殺す気か!? 大体こんなことしたらクリスタも危ねえだろうが!!」
「もちろん彼女には当たらないようにコントロールしているから問題ない」
「だとしても目の前で人の頭が串刺しになったら一生もんのトラウマだろうが!!」
クリスタからそっと手を離し、ずかずかとレオンに詰め寄ったが奴は一切表情を変えない。むしろ私への視線が厳しくなるだけだった。
「ではお前、さっき何を考えていた? 言ってみろ!!」
「なんだよ!! ただ胸が柔らかそうで可愛いなって思っただけだろ!?」
「ッ!?」
背後でボンっと音がした。見ればクリスタの顔が塗ったように赤い。これは放水、来るかもしれない。
「き、貴様!! 自分が何を口走っているかわかっているのか!?」
レオンに耳元に怒鳴られて鼓膜が破れそう。
「ああ!? 俺は常識の話をしてるんだよ! こんな可愛い胸を前にして一回揉んでみてえって思うのは人類共通の感覚だろうが! お前も一度くらい思ったこと――」
バキバキバキッ!!!
床が割れた。
いや、無数の氷が私の立っていた場所から伸びて針山みたいになっている。
「……ッまじかよ……」
反射的に避けたけどこれ避けてなかったら多分死んでるんだけど。
今一度レオンへの認識を改めよう。こいつはクリスタ関連になるとまじでヤバい。平気で殺しにかかってくる。しかも私の想像以上に特殊能力の扱いに長けている。これは本当に気を引き締めておかないと死ぬかも知れない。正直レオンのこと甘く見てた。私には適わないだろうと思ってたけど、私の発火能力が衰えたままであることを考えると……もしかしてこいつアグニ以上に強敵なんじゃ……。
「お前ほんとやり過ぎ……」
「ルークさん」
気づいたら私の後ろにクリスタが立っていた。
「先程のような言動は慎んで下さい」
はっきりとした毅然とした口調は久しぶりに聞く彼女のそれだった。耳が異常に赤いけど。
「謝罪を。もし私以外のご令嬢にあのようなことを言えば大問題ですからね。肝に銘じて下さい」
「あ、ああ。ごめん」
「ごめん?」
「……申し訳ありません」
「許します」
クリスタは満足そうに微笑むと……ええ、見間違いじゃなく確かに彼女は微笑んでいる……私の手を取った。
「え、もういいの? 怒ってるだろ?」
「謝罪をしてくれましたから。いつまでも怒っていても仕方ないですし。ね、レオン?」
レオンを笑顔で睨んでいる。おお怖い……ちょっとステラみたい。レオンは少し気が抜けたみたいに呆けた顔をして、コクコクと頷いた。
「あ、ああ……まあ……だが本当にいいのか? こいつは八つ裂きにしても足りないほどの暴言を吐いたんだぞ?」
「私のためにダンスも協力してくれているのです。多少の暴言くらい許して下さい。レオン、それにこれはやり過ぎですよ?」
「……すまない。つい」
クリスタは薄い水色の瞳を私に向けた。
「ダンスの続きをいたしましょう」
「あ、ああ……」
「大丈夫、あの氷の針山はそのうちなくなります。ここは広いですから離れていれば足を滑らせることもありません」
こんな柔らかに微笑んでいるクリスタを見るのは初めてかもしれない。怒り爆発したレオンを見て逆に冷静になれたのかしら。
むう……ただ「良い胸だな」って考えただけで殺されそうになったことには納得できないけど、「揉んでみたい」が言い過ぎだったことは認める。咄嗟に正直なことを口走ってしまった。ステラとは割と普通にこういう話するけど今の私は男だし相手はクリスタだし冗談にしても牢屋行きだったかもしれない。でもここまでヤバいことを喋ったのに簡単に許されるって……どうやったら嫌われるのかいよいよわからないわよ。クリスタに嫌われてた私すごいわね。一体過去にどんな暴言をぶちかましたのよ、私。
「クリスタ、ちょっと寛容すぎないか? ここに来てから俺めちゃくちゃ無礼なことばっかしてるのに全然……」
「怒ってますよ。ルークさん、あんまりレオンを刺激すると本当に大変なことになるので気をつけてくださいね」
「はい……」
クリスタはくすっと微笑んだ。
「素直なのは良いことです」
彼女がふわりと綺麗に回る。柔らかな笑みを浮かべながら幸せそうに。そして私の腕の中に戻ってくる。
「……綺麗だな」
「え?」
「いや……綺麗なもんだな。さすがお貴族様だ」
ははっと笑うと、クリスタの頬が徐々に赤く染まっていった。
「照れてるのか?」
「て、照れてなどいません! 当然のことを言われただけですから」
「ふ~ん、照れてるんだな。あんた可愛いな」
「あ、あまり無駄口を叩かないで下さい! 今はダンスの授業中ですよ」
ぽんぽんと言葉が返ってくるのは心地良い。
意外な顔ばかり見るなと思っていると、ふとレオンの姿が視界に映った。
「…………え」
クリスタを見つめながらあいつは確かに……
――――――――
「…………5歳の頃だった。大人達と一緒に街に出たんだ。多分父の知り合いに挨拶に行くとか……そういう類いの用事で。私とクリスタには退屈だった。街では人々がお祭りに浮かれて楽しそうにしているのに、それを馬車から見ることしかできない。だから……」
レオンはそこで悔しそうに一度言葉を切った。クリスタとのダンスが終わりさっきのことを聞こうとしたら部屋に連れて行かれた。レオンの部屋はきちんと整頓されてるけどどこか人間味がないと思えるほどシンプルで、絵や花の類いは一つもない。ソファーにどかっと腰を下ろしたレオンは、ぽつぽつと昔の話を始めた。
「バカだった。私のせいだ。私が言い出したんだ。スケジュールを無視して……勝手な行動をした。ほんの少し、自由に遊びたかった。本当にそれだけなんだ。クリスタと一緒に街に出た。想像以上に人が多くて……クリスタと手を繋いでいたはずなのに、人混みに紛れて離ればなれになった。探したけれど見つからなかった。――――結局騎士がクリスタを見つけられたのはその夜のことだ。クリスタは人身売買の組織に捕まって……」
「レオン、寒い」
「それからクリスタは男性恐怖症に……」
「寒いって」
息を吐いたら白かった。みるみる室温が下がってるんですけど。この部屋にだけ冬が来たみたい。
「私のせいで……」
「取りあえずこの室温をどうにかしてくれ。淹れ立ての茶がアイスティーになったじゃねえか。どうしてくれるんだ」
「……すまん」
おお謝った。俯いているから顔はわからない。もしかしてまだ泣いてるのかしら。取りあえずその頭をぽんぽんと撫でると鬱陶しそうに手で払われた。
「まあ元気出せよ。今日はクリスタだって笑ってたじゃん」
「お前がクリスタのことを侮辱した時は八つ裂きにしてやろうと思ったが――」
「侮辱じゃねえよ賛辞だよ、あれは俺なりの」
「あんな賛辞があったものか。……とにかくあれは許せないが、クリスタがあんなに楽しそうにしているのを見るのは……本当に久しぶりなんだ。それは感謝している」
「あ、ああ」
私ただ酷いこと言っただけなんだけど……。まあいいか、余計な口は挟まないでいよう。
「……無駄話だったな。時間が押している。私は書類の整理をしているからお前はここで余計なことはせず行儀良く座っていろ。いいな」
「はいはい」
すっかり冷たくなったアイスティーを口に含みながら、私は引っかかっていたことを聞いた。
「なあ……イグニス家の――」
ビュオオオっと吹雪が吹きそうなレベルで室温が下がった。
「ちょっ、寒いんだけど!?」
「嫌いな単語が聞こえてな……」
「どんだけだよ!」
「イグニス家のことなら私には聞かないでくれ。あの家の令嬢は…………ジーク殿下の婚約者に選ばれなかったクリスタのことを酷い言葉で侮辱したんだ。今思い出しても腹立たしい。……とにかく腹立たしいからもう二度と聞くな」
「…………お、おう」
全然覚えてない……。私本当に何を言ったの!? 幼かったとは言え言ってはならないことをたっぷり言ってしまったらしい。婚約者に選ばれた時……いつだったかしら。10歳の頃にはすでに婚約者だったからそれ以前の話よね。つまり記憶を取り戻すよりずっと前か。
うん、ちゃんと思い出して謝ろう、これは。
「ごめんな」
「今日のことは当分許さないからな」
「ごめんって」
その後、レオンが鮮やかに書類をさばいていく様子をぼんやり見つめながら、私はそのまま緩やかな眠りに落ちた。




