エミネット観光 下
城壁の内と外、つまり行政地区と商業地区とでは街の雰囲気がガラッと変わる。
中世ヨーロッパと中東の雰囲気を合わせたような街並みから、立派な西洋式の建物ばかりが並ぶ街並みへ。
商業地区は小洒落た建物、言うなれば個性的な建物が多かった。
石造りの、灰色の外壁を持つ頑丈そうな建物。
色の違うレンガを組み合わせた外壁を持つ建物。
赤茶色の土壁の建物。
木材を主張した造りの建物。
競争相手が多い為、店の佇まいから店の個性を出そうとしているのだろう。
結果、街並みはカラフルで賑やかになる。
見ていて楽しい、と思える程に。
対して行政地区は白い外壁の似た建物ばかりだ。
行政の名が付いている為、白という色と、建築方式を一つにすることでその地区一帯の統一感と清潔感を出そうとしているのだろう。
厳粛な雰囲気を醸し出す街並みは、まるでしんとした美術館の中に居るようだ。
そしてもう一つ、気付いたことがある。
窓だ。
商業地区の窓は木製の鎧戸を使っている所が多かったが、行政地区では窓ガラスが使われている建物が殆どだ。
中世では板ガラスを作る技術が未熟で、非常に高価だったそうだ。
此処では裕福な市民が住んでいるのだろう。
住人の様子に意識を向けてみると、どうやら人間の比率が非常に多い。
この辺りに居るのは人間の魔術師か、綺麗な身なりをした貴族だ。
こうも住み分けがはっきりしていると住宅地区、商業地区、行政地区、そのそれぞれが一つの国みたいでとても面白い。
そう思いながら中央の城に向かって、行政地区を歩いていた。
相変わらずの視線を浴びながら。
――――――――――
行政地区を歩いて三十二分後の事だった。
因みに三十二分と具体的な数字が分かったのはセローのメーターについていた時計のお陰だ。
どう見ても明るい時間帯の筈なのに二十時過ぎを示している点を除けば立派な時計だ。
正確な時刻は分からないが分刻みの時間を計るにはこれほど便利な道具は無い。
セローを押し続けて疲れたので休憩を、と思いちょっとした広場で俺はセローをベンチ代わりに、水筒のお茶を飲んでいた。
水筒のお茶はまだ半分以上残っている。
流石に氷は融け切っていたが、中のお茶は未だ氷水の様に冷たい。
流石は魔法瓶と言ったところか。
コップの中のお茶を飲み干し、溜息をつくとすっかり熱くなった身体の中の熱が逃げていく感覚にとらわれる。
ぼうとした感覚に頭は思わず上向きに傾く。
「……ん? あの建物は?」
ふと、とある建物に目が留まる。
中央にそびえる城ほどではないものの他の建物より屋根が高く、目立っている。
そして高い屋根の天辺には丸とΨ(プサイ)の字を組み合わせたような石のシンボルが付けられていた。
まるで教会みたいだ。
俺の独り言に反応して、セローが喋る。
「何?」
「ほら、あれ……って見えないよな。教会の十字架みたいに屋根の天辺に変なのがくっ付いてるんだよ」
俺はその建物の特徴的なシンボルを指差すが、上を向かないと見えないことに気が付き、説明を加える。
セローには上を向く首が無いからだ。
……と言うか目も耳も口も無いのに見える聞ける喋れるというのはおかしい。
そもそも物がものを考えるなど有り得ないことだ。
いつの間にやら自分が、バイクがものを見える聞ける喋れることを前提として考えていたことに恐怖を覚える。
常識とは、こうも簡単に塗り替えられ、浸透していくものなのかと。
「ああ、あれね」
「見えてんのか……」
当然のように建物を発見するセローに、俺は頭を抱える。
ホントにこいつは何がどうなってこうなってしまったのか。
「あれは治療院」
「わ!?」
突然、後ろから声が聞こえた。
俺は驚いてセローからずり落ちる。
振り返ると茶色いローブを着て、身の丈程はある大きな杖を持った緑髪の少年がいた。
年齢は14歳前後だろうか。
華奢な体型で、図書室で眼鏡を掛けて本を読んでそうな雰囲気の少年だ。
「怪我や、毒とかを受けた時に治癒魔法で回復してくれるところさ。此処では鉱山労働者がよく担ぎ込まれてるね」
少年は驚いた俺を他所に説明を続けるが、その建物がどういった物なのかは理解できた。
俺は尋ねる。
「病院みたいな所か……というか誰?」
「僕はカーティ、魔術師さ」
またもや魔術師。
これで三人目だ。
I am 魔術師発言にもいい加減慣れてきた。
……慣れていいものなのだろうか。
「俺は佐井本大地……何か用?」
「妙な物を連れているね、ゴーレムかい?」
この質問も三人目、いや、ラナフィも含めて四人目だ。
こうなるとゴーレムがどんなものなのか見てみたくなった。
「これはバイクだ、乗り物だよ……ゴーレムってこの街ではよく見かけるのか?」
「全然、二十年前までは結構居たらしいけど……もしそれがゴーレムだったら、僕はゴーレムを初めて見たことになったね」
「そうか……」
どうやらエミネットではゴーレムを見る機会はなさそうだ。
俺は少し落胆する。
「ここへは何しに? 魔晶石目当てかい?」
魔晶石。
またその名前が出たが、ここへはそれを求めに来るのが一般的なのだろうか。
「観光。ところで、魔晶石って何?」
俺がそう尋ねると、カーティは目をぱちくりとさせた。
「……これの事だよ」
そして彼は持っていた杖の先を見せる。
木製の杖の先にはこぶし大の透明な水晶玉が付いていた。
「この先っちょに付いた石の事か?」
「そう、魔力の流れを整流化して魔法の力を増幅させることができるんだ」
「へー」
何だかよく分からないが、マジックアイテム的なものだという事は分かった。
「エミネットは人大陸に近いし、比較的上質な物が採れるから、人間は皆ここに集まる」
「そういう事だったのか」
頭の中の歯車がカチリと噛み合う。
ラナフィの言葉を思い出す。
魔大陸の中で人間が多く集まる街、エミネット。
そして、そこに魔法使いが多く居る理由。
全てはこのマジックアイテムを買う為に居るわけだ。
「それにしても、見慣れない鎧だね。見ても良いかい?」
一人納得している俺に、カーティは尋ねる。
鎧というのは勿論、俺が今身に着けているプロテクターの事だろう。
「良いよ」
俺は左腕に着けていたエルボーガードを外し、カーティに渡す。
それを受け取るなり彼の顔が驚きの表情に変わる。
「……軽い、これ金属じゃないんだ。材料は何?」
「プラスチック……って言っても分かんないよな。あー、石油?」
「せきゆ?」
「えーと……石の油、みたいなもの、かな?」
「油!? 油って、あの油の事かい!?」
カーティは驚愕し、俺の顔と手に持っているエルボーガードを交互に見る。
そしてエルボーガードを爪でコンコンと軽く叩いてみたり、カリカリと引っ掻いてみたりと感触を確かめ、呟く。
「全く油には見えない……」
暫く不思議そうな表情でそれを見ていたが、ふいと顔が上がった。
「一体どうすれば油がこんな風になるんだい?」
俺は返答に困る。
そういえばプラスチックってどうやって作るんだ?
石油が原料っていうのだけは聞いたことあるんだが。
「さあ? 何かこう、化学反応を起こしたりして固めてるんじゃないか?」
「…………」
沈黙。
カーティの顔には疑いの色が浮かんでいる。
「いや、俺だってあんまりよく分かんないんだよ」
「そうなんだ……ありがとう、これ返すよ」
カーティはエルボーガードを俺に返す。
彼の顔には不服の色がにじみ出ていたが。
「ところでこの後の予定は?」
「あの城をちょっと見に行って、その後街の外に出てみようかな、と」
「成程……それじゃ、良い旅を」
そう言ってカーティは手を振りながら去っていった。
しかし、やけに魔術師に話しかけられるな?
また誰かが話に割り込んできそうな気がしてならない。
二度あることは三度ある、と言うが三度あることに四度も五度もあって欲しくは無い。
―――――――
カーティと別れて十数分後。
ようやく辿り着いた。
ここが行政都市の中央、目的地であった城の前だ。
20mはあろうかという城壁から、更に高い城がはみ出していた。
城の周囲には堀が掘られ、そこに水が溜まっている。
城内へと繋がる跳ね橋は降ろされてはいるが、見るからに強そうな二人の守衛によって厳重に警備されていた。
守衛は二人とも鎧でその身を固めており、槍と剣を装備していた。
まさに中世ヨーロッパ。
非常に絵になっている。
「凄え……城壁高いし、城も超デカい……写真撮りたかったな、いやマジで」
大迫力の城に圧されながら俺は呟く。
スマホはバイクを買うためのお金を貯金をする為に解約したままだった。
何で直ぐに再契約しなかったのかと今スマホを持っていない事を本当に後悔する。
「こんな大きな城、一体誰が住んでいるんだろ?」
俺の隣でセローが呟く。
「エミネットの領主さんに決まってんだろ」
俺の後ろで誰かが呟く。
「……誰?」
振り返ると、金髪の男が立っていた。
年齢は俺と同じ位で、首元を軽く留めるだけのマント状のローブを着ている。色は紺色。
杖は持っていないがローブの下、丁度腰の辺りから剣の柄が飛び出していた。
「エミネットの現領主の名前は確か、クロータス=セロトリア……とかだったと思うぜ」
「じゃなくて、俺は君の名前を聞いてたんだけど」
「俺の名前はダニウスだ」
「魔術師なのか?」
「おう、よく分かったな」
やっぱりか。
何となく分かってました。
剣を持っているが、恐らく魔法戦士みたいなジョブなんだろう。
「あんたは?」
「佐井本大地だけど、俺に何か用?」
何か用かと尋ねたものの、ダニウスの次の言葉は何となく分かる気がする。
これはゴーレムですか?
いいえバイクです。
既に四度繰り返された問答に若干の作業っぽさを感じながら、俺は五度目の問答に備えていた。
しかしダニウスの口からは少し違った言葉が飛び出す。
「聞いてるぜ? あんたの噂」
「噂?」
「妙な格好の男が妙なモンを押しながらこの街を歩いてるって噂だよ」
「あー、うん。俺だわ」
紛うこと無く俺の事ですね、はい。
「で? あんた実際どうなんだ?」
「と言うと?」
「あんたはいったい何者で、そいつは一体何かってことだよ」
「俺は人間で、こいつはバイクっていう乗り物だ。言っておくがゴーレムじゃ――」
「それは既に聞いている……ただな、お前が乗り物だっつーそれに、お前は乗ってねーじゃねーか」
俺の言葉に被せるように、ダニウスは語気を強めて言う。
ダニウスの両眼は、明らかに敵を見るそれになっていた。
「お前は一体何処から、何の目的でここへやってきた?」
「……レーヴ平地から、観光目的で」
俺がそう言うとダニウスは舌打ちをした。
かなり苛立っている様子だ。
「良いことを教えてやる。お前が目にしている領主の城、そして向かいの建物は魔術師ギルドだ。当然、そのどちらにも上級魔術師がわんさか居る」
彼は喋りながら剣の柄を握り、ゆっくりと鞘から抜く。
魔晶石だろうか、剣の鍔に埋め込まれた石がするすると現れていく刀身と共に光っていた。
「お前が何を企んでんのか知らねーがな、ここは採掘街であると同時に魔術師の街なんだ。もし何か仕出かすつもりなら……俺ら魔術師が黙って見ていると思うなよ?」
そして剣を俺に突き付ける。
「…………」
俺はダニウスの言葉を反芻する。
明らかな脅迫。
魔術師ギルドと言われた向かいの建物を見る。
建物の前で幾人もの魔術師が、こちらの一挙手一投足を見逃さないと言わんばかりの鋭い瞳でこちらを見ていた。
その中に、シャーリャとカーティの姿もあった。
此処からでは見えないが、何処かにフレジアも潜んでいるのだろう。
魔術師の街で、何故何人もの魔術師に声を掛けられるのか。
その理由が今分かった。
監視と、情報収集。
言うなれば職務質問。
この街の魔術師はどうやら自警団の役割も果たしているようだ。
彼らからしてみれば、奇妙な格好の男が不信な物を押しながら市長の家に向かって歩いてるようなものだったのだ。
地球でも場所が場所なら即刻銃殺もの。
そうでなくとも通報ものだ。
俺は理解した。
次にどのような行動をとれば良いのかを。
「確かに余所者は信じられないよな」
「あ?」
俺はミラーに突っ込んだヘルメットを手に持ち、被る。
……心なしか良い匂いがした気がするが今は関係が無いことだ。
何処から来たのか?
危険な生物がいる以外何もない平地から。
何故此処へやってきたのか?
観光名所など無い筈の街へ、観光目的で。
押しているものは何か?
バイクという乗り物。
しかし何故か一向に乗る気配が無い。
不明で不詳で不明瞭。
今の俺は不審者そのものだ。
怪しまれても文句は言えない。
それならば。
証明できることから証明するまでだ。
「あー、とりあえずこいつが乗り物だっていう証拠を見せようか?」
「!?」
俺はセローに跨り、セルを押してエンジンを掛ける。
音に反応して、目の前の魔術師を含め周囲に居た魔術師が全員身構えるのが見えた。
「て、てめえ一体何をするつもりだ!?」
ダニウスが声を張り上げる。
今すぐ切りかかってやると言わんばかりの表情だ。
何をするか?
決まっている。
見せてやろうじゃないか!
練習に練習を重ねた、俺の全力!
8の字走行を!




