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Tri ALLs -トライアル-  作者: 木偶 坊
第一章 それぞれの立ち位置:佐井本編
11/14

エミネット観光 上

フレジアと別れて数分。

俺は商業地区の賑やかな通りを、セローを押しながら歩いていた。

街の人々の奇異の視線が突き刺さるが、気にしたら負けだ。


「セロー、あの時は一体どうしたんだ?」


先程のセローの様子が気になり、聞いてみた。


「分からない……ただあの人、何だか嫌な感じがして」


「? はあ」


嫌な感じ。

セローはそう言うが俺は今一つピンとこない。

しかしセローの危機察知能力はワームの時と言い、俺よりも冴えている。

俺には感じ得ない、何らかの危険を彼女は感じ取ったのだろう。


「で、大地はこれからどこへ行くの?」


「観光案内の誘いを不意にしたお前がそれを言うのか……そうだな、とりあえず――――」


ふと、焼けた肉の香ばしい匂いが風に乗って俺の鼻に入ってきた。

鼻腔をくすぐられ、それに反応したかのように空っぽの胃袋がきゅうと縮まる。


「飯にするか」


「あら、そう」


俺たちは匂いの元へと向かった。



―――――――――



「ヘイらっしゃい!ひとつ銅二十枚だ!」


「屋台か……」


匂いの元を辿るとそこには読めない文字列が書かれた看板を掲げた屋台があった。

屋台に設置されているグリルの上では鉄串に刺さった肉が何本もクルクルと回っており、先程から良い匂いを出していたのはどうやらこれであった。

串焼きかと思ったが、グリルの傍らで積まれてある小麦粉で出来た大きく薄い円盤状の生地を見るに、どうやら違うようだ。

大方トルティーヤ的な物なのだろうと、俺は推測する。

鉄串を忙しなく回しながら客引きをやっている店主のおっさんのおでこには第三の目が開眼していた。

周りが亜人だらけなこともあってか、おっさんの様相には大して驚きはしなかったが、既に慣れてしまっている自分に恐怖する。


「そこの妙なモン押してる妙な格好の兄ちゃん!ひとつ買ってかねえか!?」


明らかに俺に向けられているであろう言葉がおっさんの口から出てきた。


「妙って……否定はしないけど」


俺はラナフィから貰った二枚の硬貨をポケットから取り出す。

銀貨と、銀が埋め込まれた銅貨。


「銅二十枚か……」


当然だが価値が分からない。

それでも銀貨よりは価値が低いと見て、屋台へ近づく。


「オウらっしゃい!買ってくかい?」


笑顔の接客。

妙なモン押してる妙な格好の男が近づいてるというのに、警戒心の欠片も感じられない。

このおっさん、大物だよ。


「これで足りますか?」


俺は二枚の硬貨を手のひらの上に乗せて、店主のおっさんに見せる。


「いくつ買えると思ってんだ? 十分足りる」


「じゃあこれでひとつ下さい」


「『銀鋲銭ぎんびょうせん』の方をもらうぜ」


おっさんは銀が埋め込まれた銅貨を指差す。

銀鋲銭。

この硬貨はそんな名前なのか。


銀鋲銭を受け取ったおっさんはそれを店の隅にあった小さな天秤に乗せ、重さを量った後、何処からか茶色の塊を三つ取り出し、俺に手渡す。


「ほら、釣りだ。銅三十」


見るとそれは真ん中に丸い穴の開いた銅貨であり、十枚ごとに紐を通して縛っていたようだ。

三つとなるとそれなりに重い。

金属の重みが、俺の手に伝わる。


お釣りが銅貨三十枚と言う事は、銀鋲銭一枚は銅貨五十枚の価値がある。

銀貨の価値が知りたいところだ。


「もしこっちを出してもお釣りは大丈夫だったんですか?」


俺は銀貨を見せながら尋ねる。


「銅三十に銀鋲が一枚増えるだけだけどよ、それでもかさばるだろ?」


「それもそうですね」


成程、銀貨は銀鋲銭二枚の価値があるのか。

と、すると俺がラナフィから貰った硬貨は合計で銅貨150枚分。

仮に銅貨が一枚十円だとすると、1500円も貰ったことになる。


……十歳の少女に。


情けなさで落ち込む俺を余所に屋台のおっさんの手際は良かった。

屋台のおっさんは焼けた肉を薄い生地に乗せて、肉に刺さった鉄串を抜く。

その上からドロドロした焦げ茶色のソースをかけてクルクルと生地で巻くように包む。

予想通り、トルティーヤそっくりの食べ物が完成した。


「ほらよ、ありがとな」


包み紙代わりに大きな葉で包み、俺に手渡す。

実に美味しそうだが、俺は空腹の余り忘れていた。

ここが異世界であることを。


巻かれた皮から覗く、肉。

……肉。

今朝食べたクリーム色の肉が、脳裏にフラッシュバックする。


「そういえば、これって何の肉ですか?」


直後に沸いた疑問を、屋台のおっさんに尋ねる。


「看板に書いてねえか? レピタス砂漠トカゲの肉だ。良いのが入ったんだ」


「ト、トカゲ……」


……聞かなきゃ良かった。


右手に持ったトカゲ巻を食い渋っていると屋台のおっさんが口を開く。


「……ところで兄ちゃんよ」


「はい?」


「見かけねえ格好してるけどあんたどっから来たんだ?」


俺は返答に困る。

異世界から来ましたと言っても信じてもらえないだろう。

ラナフィも疑っていたし。


「……レーヴ平地の方からです」


「レーヴ平地!? ワームに襲われなかったのか!?」


屋台のおっさんは三つの目を丸くする。


「襲われましたよ、死ぬかと思いました」


「運の良い奴だな……。「地獄の底まで追って来る悪魔」を馬にも乗らず撒くとはなぁ」


「うわぁ」


そんな二つ名があったのか。

時速70kmオーバーのセローのスピードにもしばらく拮抗していたくらいだし、恐れられるのも当然と言えば当然か。


「ところで……さっきから気にはなっちゃいたんだが兄ちゃん、そいつは何だ?」


おっさんはセローの方を指差す。

俺はセローをポンと叩き、答える。


「バイクという乗り物です、馬より早いですよ」


「へえ、生き残ったのもこいつのお陰って訳か」


「そうですね」


「ほら、生還祝いでもう一つサービスだ」


「あ……ありがとうございます」


そう言っておっさんは慣れた手つきで再びトカゲ巻を作り、俺に差し出す。

正直あまり嬉しくない。


「焼きたてが一番美味いから早速一口食ってみろよ」


おっさんから善意の追撃。

止めてくれませんか?


「う……」


これが何の肉か分かってしまったからか、非常に食べ辛い。

クリーム色の謎肉を食べられたのは、それが何の肉か知らなかったからとも言える。

安心と確信を得ようとするあまり、それがかえって裏目に出てしまった。


しかし、いつまでも食べずにいるのも失礼というもの。

意を決し、そして一口。

そして驚きのあまり目を開く。


「……美味い」


「だろ?」


爬虫類とは思えない、非常に柔らかくジューシーな肉だ。

しかし決して油っこくなく、鳥と魚の肉の中間のような味は正に爬虫類の肉と呼ぶに相応しい独特な味だ。

極めつけはこのソース。

玉葱をベースに幾つかの野菜とスパイスを加えて煮詰められたソースで、肉の味を適度な風味で引き締めている。


とにかく美味い。


タガが外れて一気に流れ出た食欲は、俺を飲み込む。

俺は空腹に身を任せ、トカゲ肉を頬張る。

俺の手に握られた二つの食べ物は、あっという間に胃の中に納まった。


「御馳走様でした」


俺は両手を合わせる。


「良い食べっぷりだねえ」


屋台のおっさんは俺を笑顔で見ていた。


―――――――――――――――



トカゲ巻を完食した俺は取り敢えず行政地区にある城に向かって歩いていた。

道中カットフルーツの屋台があったので、そこでオレンジのような果物を買って食べた。

こちらは銅三十枚とトカゲ巻より少し高めだったが、安心できる甘酸っぱい慣れ親しんだ柑橘系の風味は申し分の無いものであった。


相変わらず街の人の視線を集めているが、気にならなくなっていた。


「……あ!あれが行政地区の入り口か?」


俺は正面に見えてきた城門を指差す。

アーチ状の天井を持つ城門の両側には、チェスのルークの駒を二つくっつけたように円筒状の塔が建っていた。


「多分そうだろうね」


「通行書みたいなのがいるんだろうか?」


入場料とか取られそう。

もしそうなら写真だけでも、と思ったが生憎俺はデジカメも携帯も持っていない。


「必要ないわ。ただ、今は交通規制が入ってあの一ヵ所しか門が開いてないのよ」


「そうなんだ…………いや、誰?」


俺とセローの会話の横から茶色いローブを着た少女がナチュラルに入り込んできた。

俺は誰何する。


「私はシャーリャ、魔術師よ。よろしくね」


俺より一つ年下か同い年か。

シャーリャと名乗る、高校生くらいの見た目をした少女は軽く会釈をする。

ポニーテールに結った赤い髪がゆらりと揺れた。


俺のクラスにも居そうな、明るく活発な雰囲気の女子だ。

しかし、彼女の口からも I am 魔術師発言が飛び出したので、若干俺の口角が引き攣る。

絶賛発症中の中二病患者みたいだ。


中二病と言えば俺の妹、今年中二なんだよな。

……元の世界に帰って妹の口からも I am 魔術師発言が飛び出したらどうしよう。


「俺は佐井本大地、よろしく」


俺もシャーリャに倣い会釈する。


「ところで、変わったゴーレムね。見ても良い?」


シャーリャは右手に指揮棒の様な小さな杖を持ち、それでピッとセローを差す。


「良いぞ……あと、セローはゴーレムじゃない。乗り物だ」


そう言って俺はセローのサイドスタンドを降ろす。


「ふーん……『素力核そりょくかく』はここでいいのかしら?」


シャーリャはセローのヘッドライトを杖で差して尋ねる。

素力核って何だよ。


「それヘッドライト。素力核って何?」


「ゴーレムとかには必ずある、魔力の源流よ。知らないの?」


「知らないし、だからこれはゴーレムじゃないって……素力核なんてのも存在しない」


「それならこれはどうやって動いてるの?」


「ガソリンっていう燃料を燃やす力で動かしてるんだよ」


「……全然違うわね」


シャーリャの視線はしばらくセローの車体のあちこちに向かっていたが、ミラーに突っ込まれたヘルメットに辿り着くとそこで留まった。

右手に持っていた杖をローブのポケットにしまい、ヘルメットを両手で持ち上げる。

そしてヘルメットをまじまじと眺めながら話す。


「これは兜? 凄く軽いし、変わった形と模様をしてるけど」


「まあ、兜と言えば兜だな」


ヘルメットって和訳すると兜だし。

KABUTOっていうヘルメットメーカーもあるくらいだし。

俺のはAraiのヘルメットだけど。


「内側に綿が入ってる……かなり緻密な作りね。高かったでしょ?」


「そりゃもちろん」


……五万円くらい掛かった。

お陰で一ヶ月のバイト代が殆ど吹き飛んだ。

でも、ヘルメットに掛けるお金は自分の命に掛けるお金と言われているくらいだし、妥協はできない。


「被ってみても良い?」


「俺の汗が染み込んでるぞ、それで良いなら」


「気にしないわ」


気にしろよ。

年頃の女の子なんだからさ。


シャーリャは躊躇なくヘルメットを被り、頭を振ったり、ぴょんぴょん飛び跳ねたりして具合を確かめている。


飛び跳ねることによって……まあ、何というか、その。

……まだ成長期ですからね。

流石にフレジアさん程ではないのですね。


「へぇ、凄く快適。顎紐も締めてないのに全然ずれないのね」


ありがとう、と言ってシャーリャはヘルメットを脱ぎ、元の位置へと戻す。

そして再び視線をセローのあちこちへ走らせる。


それにしても、異性が自分のヘルメットを被るというのは思いの外抵抗があるものだ。

臭くないだろうか、とか思ってしまう。


え、ラナフィ?

俺に異性として見られるにはまだ五年早い。



「ねえ、シャーリャさん。そろそろ良いでしょ?」


ジロジロ見られることに痺れを切らしたようで、セローが喋った。


「あっ……!」


集中していたのか、シャーリャはセローに少し驚いた様な声を発する。


「そうだな……気になっているところ悪いけど、俺達そろそろ行くわ」


「行政地区に何か用でもあるの? ……魔術師ギルドに行きたいなら案内するわ」


魔術師ギルドなんてものもあるのか。

本当にどこまでもファンタジー世界だな。

クエストの依頼とか、モンスターの討伐任務とかあったりするのだろうか。


「いや、特に用は無い。ただの観光だよ」


「観光? 見る物なんてこの街には特に無いわよ?」


「あの城とかは?」


俺は行政地区の中央にそびえ立っている城を指差した。

キッ、とシャーリャの目つきが鋭くなる。

先程までの彼女の様子とは打って変わって、威圧的になったので俺はたじろぐ。

ちょっと不味いことを言ってしまったか?


「当然だけど警備が厳重で入れないことは分かってるわよね?」


警備が厳重。


……そりゃそうか。

日本の城も城内に入れないものが多いしな。


いや……同じ城でも文化財と今も使われているであろう建物とを同じ例えにするのは間違えてるな。


この場合、城主……エミネットは採掘「街」だから……市長みたいなもんか。

市長の家に勝手に遊びに行くのは……無理だな、捕まる。


「……まあ、そんなもんだよな。眺めるだけなら何も問題は無いだろ?」


「……そうね。時間を取らせて悪かったわ」


そう言ってシャーリャは一礼し、背を向ける。

俺はセローのサイドスタンドを戻して、行政地区へと歩き始める。



それにしても、魔術師に再び話しかけられるとは。


珍しいものには自然と惹かれてしまうものだ。

フレジアが言っていた。

その通りかもしれない。

俺もセローも、この世界では珍しい存在だ。

珍しい存在というのは、気になってしまうものなのだろう。



俺だって、この世界の色んなことが気になって仕方がないのだから。




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