採掘街 エミネット
『採掘街』エミネット。
ラナフィはそう言った。
宝石でも採れるのかとラナフィに聞いたが、彼女曰く「宝石よりもずっと価値のあるもの」らしい。
「知らずとも着いたらいずれ分かる」とも言っていたが、他の人間に合えること、街に辿り着けることが何よりも嬉しく、さほど気にはならなかった。
しばらくバイクを走らせていると目に入る景色は一変した。
地平線はぐにゃぐにゃに折れ曲がり、彼方此方に起伏の激しい岩山が姿を現す。
『採掘街』の名の通りここでは採掘をしているようで、赤茶色の山には黒胡麻を振りかけたようにぽつぽつと、坑道の入り口と思しき穴が幾つも開いていた。
やがて目に入ったのは岩山に囲まれるように建ち並ぶ灰色の人工物。
統一性のある、石造りの長屋がずらりと並んでいた。
家だ。
ここにきて初めて、家という物を見た。
自分の家ではない筈なのに、それを見た時はまるで自分の家に帰ったかのような安心感を得た。
街が近くなれば当然、人に出くわす。
人影が、俺の視界に入った。
近づくにつれて、その影ははっきりと姿を現した。
灰色の肌。
二メートル位の巨体に、丸太のような手足。
頭髪は生えておらず、耳は尖っていた。
エラが張り、大きく突き出した下顎からは上向きに大きな牙が生えていた。
人間ではない。
即座にそう理解したものの、それでも付いていかない頭が、過ぎ去る灰色の影を追いかけるように、後ろへと回る。
俺と同じように、口をあんぐりと開けて驚きの表情をした灰色の顔が、遠ざかる俺を見ていた。
亜人種は、ほぼ全ての種族が一目で人間ではないと分かるらしい。
ラナフィが「亜人種オーク族」と呼んだそれは、俺の視界に入り、そして過ぎ去っていった。
……何だか嫌な予感がする。
そんな俺の心のざわめきを残して。
―――――――――
エミネットは石造りの建物が並ぶ『採掘街』だ。
街を南北で真っ二つにするように「中央道」と呼ばれる大道が走り、その道は魔大陸から人大陸へ、人大陸から魔大陸への物流の動脈でもある。
人通りの多い街の中央は「商業地区」で、高い城壁に囲まれた北側は「行政地区」、鉱山が近い街の南側は鉱山労働者が多く暮らす「住宅地区」となっている。
「レーヴ平地」は、エミネットの南にあり、現在俺たちは南から住宅地区を真っ直ぐ通り抜けて商業地区にある「中央広場」にいる。
住宅地区を過ぎると街並みは一変した。
赤茶色だった地面は広場含め、全て石で舗装され、人通りが多くなった。
粗末な長屋が建ち並ぶ住宅地区に比べてこの商業地区は小洒落た建物が多い。
中央広場には噴水なんてあるし。
中世ヨーロッパに中東の雰囲気を加えたようなエミネットの街並みはとにかく見ていて楽しい。
ここからでも、北にある行政地区の高い壁はよく見える。
どうやらエミネットは北に行くほど標高が高くなっているようだ。
行政地区の中央には更に高く積まれた城壁があり、それよりも更に高い城がそびえ立つ。
まるで砦のような印象を与える程に、行政地区は堅牢に守られていた。
……が、そんなことはどうでも良い。
今問題なのは俺の目の前に広がる光景。
人で賑わう街並みの、その「人々」が問題だった。
主に亜人。
例えばこちらを凝視している猫目のおっさん。
猫に似てるのは眼だけじゃないですね。
顔も、耳も、尻尾も猫そっくりで、まるで人間サイズの猫が服着て歩いてるみたいです。
例えばこちらを凝視しているナイスバディーなお姉さん。
白目が赤いし肌の色も青いですね、風邪ですか?
悪魔の羽みたいなのが付いてますが、それも何かの病気なんですか?
例えばこちらを凝視している天然パーマのお兄さん。
カールしている髪がおしゃれですね。
両側頭部から生えている角もおしゃれにカールしてますね。
俺の嫌な予感は当たった。
道行く人々が色々とおかしなことになっている。
ついでに言えばこちらを凝視している普通の人間も髪の色がカラフルでおかしなことになっているが、亜人たちの様相に比べれば大したことじゃない。
……と言うか皆俺の事を凝視しすぎだろ。
いや、目立つのは十分承知の上だが。
とにかく、異質。
端的に表すとそんな感じだ。
服装も相まって、まるでファンタジーRPGの世界をそのまま抜き出したような出で立ちをした彼らは、俺が彼らに感じるのと同じように俺の事を見つめていた。
キョロキョロと落ち着きのない頭を元に戻す。
「何か、本当に異世界に居るんだな、俺」
見たことのない地図と、見たこともない文字列が書かれた看板を正面に、俺は呟く。
当然ながらそれが何と書いているかは読めない。
「何を今更言っておる。ほれ、行くぞ」
先程まで案内看板を前に、俺にこの街の簡単な説明をしていたラナフィはすたすたと歩き始める。
「あ、ちょ、待って!」
停めてあったセローのハンドルを握り、サイドスタンドを戻す。
重い車体を押しながらラナフィの後を付いていく。
住宅地区を超えた辺りで、ラナフィはバイクから降りたいと言ってきた。
道行く人も多くなり、俺もバイクを押して歩いたほうが安全だと思ったのでそうしようかと言おうとしていたところだったが、バイクを停めるとラナフィは有無を言わさずバイクから飛び降り、脱ぎ捨てるように頭の鍋とプロテクターを外した。
とにかく恥ずかしかったようだ。
「どこまで行くんだ?」
俺は尋ねる。
「宿屋だ」
――――――――――
宿屋は中央広場から十数分歩いた場所にあった。
三階建てで石造りの宿屋の正面、大きな両開きの入り口ドアの上にはでかでかと文字が書かれた看板が打ち付けられているが、何と書いてあるか文字は読めない。
流石に室内にセローは運べないので、外に停めることにした。
悪戯されないか心配だが、何かあったらセローは大声で叫ぶだろう。
石だらけの外壁とは異なり、室内は木材が目立つ。
壁は石だが、床には木が張られており、木でできたカウンターや長テーブルと長椅子が置かれている。
そして漂う芳香。
美味しそうな匂いに、腹の虫が騒ぐ。
一階はどうやら食事処も兼ねているようで、長テーブルの上には見たこと無い料理がいくつも並んでいた。
今まで食べていたであろうその料理を前に多くの人が座っているのだが、今は全員手を止めて俺を凝視していた。
それもそのはず、今の俺はバイクこそ置いて来ているもののヘルメット片手にプロテクターを身に着けており、この街の人々の格好からすれば異質も異質。
宿屋にいた客のひそひそ話が耳に入る。
息苦しさに潰される俺を他所にラナフィはさっさとカウンターへ向かい鍵をもらってきた。
そしてラナフィはもらった鍵をチャリチャリと鳴らしながらこちらに戻ってきた。
「サイモト、ここからは別行動だ。わしはこれから少しばかり寄る所があるんでな、お前は休むなり、観光するなり好きにしたらいい」
「何処かへ行くのか?」
「知り合いに会いに行くのだ。加えて買い揃えたいものが色々できたからな、買い物もしたい」
知り合いに会う。
そう言えばラナフィは旅の途中だったな。
エミネットのすぐ南のレーヴ平地に倒れていた訳だし、元々ここへ来るつもりだったのだろうか?
「で、お前は何をする?」
「そうだな、俺はせっかくここに来たんだし観光でもするか」
「荷物はどうする? 置いていくか?」
「いいや」
俺は首を横に振る。
リュックにそれほど重いものが入っているわけでもないし、置いていく必要は無かった。
プロテクター?
恥をかくよりも安全第一ですよ?
バイクで行ってみたい場所もあるし、プロテクターは必須だ。
「そうか、わしは荷物を置きに一度部屋に行く」
「陽が沈む頃になったらここに集合だ」
そう言いながらラナフィは片手で自分の襟元を引っ張りながらもう一方の手をそこへ突っ込んだ。
何をするのかと思うと、そこからスルスルと何かを取り出す。
巾着袋だ。
「ほれ、小遣いをやろう。手を出せ」
野球ボールほどに膨らんだ巾着はじゃりじゃりと音を立てる。
財布だ。
巾着を絞る紐は首に延びていて、首に掛けていたようだ。
開いた巾着袋に手を入れ、硬貨を握っているであろうその手をこちらに突き出す。
「え、でも」
俺は渋る。
流石に十歳の女の子にお金をもらうのは申し訳ないし、何より恥ずかしい。
旅の恥は掻き捨てと言うが、掻き捨てる程の器量は生憎持ち合わせてなどいない。
え、プロテクター?
それとこれとは別だ。
「気にするな、昼飯代だ。ここまでセローに乗せてくれた礼だと思ってくれれば良い」
「いや、そうじゃなくて」
俺の視線はラナフィの後ろのカウンターに向かう。
受付の女性二人がこちらをチラチラと見ながら耳打ちをしている。
心にグサリと何かが突き刺さる。
「何を渋っておる? 朝食べた干し肉一つでお前の腹は満たされたのか?」
「うっ……」
言葉に詰まる。
腹が減っているのは事実だし、金が無いと飯は買えないのは現実だ。
視線がテーブルで食事をしている客に向かう。
相も変わらず料理を口にせずこちらを凝視している。
いい加減お前ら飯を口に運べよ!
と、まあ。
頻りに視線を動かしているとラナフィは訝る訳で。
「ほほう、右も左も知らぬ、分からぬ、頼れぬ若造が、よもや小娘から金を受け取ることを恥としているとはな。そんな状況では無かろうに」
聡いラナフィに、あっさり感づかれてしまった。
ニヤニヤと口を歪めるラナフィ。
「うぐ……」
悔しいが、ラナフィに何も言えない。
確かに俺はこの世界を何もかも知らないし、文字も読めない。
金も無ければ飯も買えない。
誰かに頼らなければまともに過ごすことなど出来ないし、他を頼るほど俺を知る人などいない。
考えれば俺がこれからラナフィと共に旅を続けていく限り、彼女に頼りっきりになるのは明白だった。
「ほれ、受け取れ」
ラナフィは硬貨を握る手をずいと突き出し促す。
俺は観念し、手のひらを差し出すと手のひらに落ちた硬貨がチャリンと音を立てる。
二枚の硬貨が手のひらの上にあった。
銀色の硬貨と、茶色の硬貨。
銀貨と銅貨のようだが、銅貨の中央には銀が埋め込まれていた。
「……ありがとうございます」
俺はラナフィに礼を言う。
当たり前だが銀貨は銀で出来ている。
決して安い額ではないはずだ。
……銀って一グラム何円するんだっけ?
「礼を言えるあたり、お前は賢い」
ラナフィはクククと笑った。
――――――――――
恥をかいたので宿屋にはしばらく戻りたくなかった。
宿屋から出るとすぐ近くで十人くらいの人だかりができていた。
人だかりの中心というのは言わずもがな。
「すいません、ちょっと退いて下さい」
人混みを掻き分け中心にあるセローへと向かう。
「あ、戻ってきた」
「ただいまセロー」
「ラナフィは?」
「別行動だ」
ヘルメットをミラーに突っ込み、立てかける。
そしてキーを差し込みハンドルロックを解除する。
前に進みたかったが、人だかりが邪魔する。
そして俺はあることに気が付く。
この人達、全員人間だ。
髪こそカラフルだが、それ以外は人間と同じ。
そして驚きのローブと杖率。
色こそ違うものの、ここの人だかりにいる全員がローブを羽織っており、三人に一人が長い杖を片手にしている。
そして頻りに聞こえるひそひそ話。
お前らもか。
……何かの宗教だろうか?
あまり関わりたくない。
「すいませーん!倒れたら危ないですから、ちょっと離れてくださーい!」
俺が大声を出すと、「ズワッ」という感じに人だかりが俺を中心としたドーナツ状になる。
例えるなら、食器洗剤のCM。
皿に付いた油汚れに一滴洗剤を垂らすと洗剤が油をはじいて円形に広がる。
そんな感じだ。
何はともあれ、進める状態になったのでサイドスタンドを戻して車体を押し始める。
気持ち早めにその場を後にした。
「何も悪戯されてないか?」
セローを押しながら、俺は首を動かして車体を確認する。
「大丈夫、何もされてないよ」
「しかし、すごい人気だったな……」
「物珍しい物があると、自然と惹かれるものなのよ?」
俺とセローの会話に混じる、聞き覚えの無い女性の声。
振り向くと、黒いローブを着た女性がいた。
恐らく先程の人だかりの内の一人だろう。
杖は持っていない。
歳は二十代前半で、軽くウェーブのかかった赤茶色の髪は背中まで伸びていた。
結構な美人で、大人の女性の雰囲気を漂わせる人だ。
「……貴女は?」
「私はフレジア、魔術師よ」
「ま、魔術師……」
「何か?」
「あ、いえ……俺は佐井本といいます」
いい年した大人のいたって真面目な I am 魔術師発言に若干引きかけたが何とか立て直す。
しかし、魔術師か。
ローブに杖。
単体で見るとすぐにそう理解できるものだが、あんな人数で居られたら怪しい集団にしか見えなかった。
……と言うかあそこにいた奴ら全員魔術師だったってことになるのか?
魔術師多すぎだろ。
「ちょっと見てもいいかしら?」
フレジアはセローを指差し尋ねる。
「良いですよ」
サイドスタンドを降ろし「どうぞ」と促す。
フレジアはセローへ近づき、色々な角度からジロジロと眺める。
上体が動いた振動で彼女の胸が揺れる。
ゆったりしたローブで気付かなかったが、彼女はかなりの巨乳だ。
……そう理解した瞬間からチラチラと胸元に視線がいってしまう自分が情けない。
「随分変わったゴーレムだけど、何処で造られたの?」
頭を上げて、俺に尋ねる。
やましい気持ちからか、彼女と目を合わせ辛い。
「これはバイクという乗り物で、ゴーレムではないです」
「バイク?」
「はい」
「ふーん……ここへ来たってことは、あなたも『魔晶石』を買いに来たの?」
ましょうせき。
魔晶、石?
何だそれは?
名前に石が付くならそれは石なのだろうが、これがエミネットで採れる鉱石ってことで良いのか?
「魔晶石? いえ、ここには……あー、観光で来ました」
異世界から帰る旅なのだが、とりあえず今はエミネット観光だ。
「……観光?」
フレジアは目を細める。
「ここに来たのは初めて?」
「ええ」
俺は頷く。
何かおかしなことでも言ったのだろうか?
「…………」
沈黙。
訝しげに細めた目でこちらを覗くフレジアは何も言わない。
……ああくそ、こんな時にも彼女の胸元に目がいってしまう。
「あの、もう行っていいですか?」
俺は立ち去りたかった。
恥の上塗りは勘弁願いたい。
「ねえ、それなら私がこの街を案内してあげようか?」
立ち去ろうとする俺に、フレジアは一歩近づく。
その表情に猜疑心は残っていない。
「え、良い」
「結構です」
良いんですか?
そう言いかけた言葉を俺ごと塗りつぶすように強い口調でセローが拒否する。
「セロー?」
「大地、先を急ごう?」
「何も急ぐことも無いだろうに」
「い い か ら !」
セローは大声を出す。
心なしか、怒り交じりに。
「…………」
俺は気圧されて何も言えなかった。
「あー、何かすいません」
「別に良いのよ、楽しんでいってね」
俺が頭を下げるとフレジアはにこやかにそう言い、手を振る。
「はい」
俺はそれに応えるように手を振り返しながら、その場を後にする。
セローめ、一体何が気に食わないんだ?
良い人じゃないか。




