第7話 風邪
「はあ……っていう訳さ……」
彼はこれまでの経緯を語ってくれた。ひと通り話終わると、渇いた喉を潤すように───先ほどまで手で回していたコップの中に注がれたラム酒を───「ぐいっ!!」と飲み干した。
『酒でしか潤せない渇きがある……』とでも言いたげに。
「…………」
「……それ以来、魔法を詠唱するたびに、顎が外れちゃうようになってさ………はあ…自分で話してもくだらなすぎて笑えてくるよ……」
(何よそれ……くだらなくなんかないわよ……当人は辛くて仕方ないのを──堪えるだけで必死なのに、皆んなにネタにされて……)
帝王───もといおっさんに半笑で解雇を告げられた時の記憶や……元婚約者が最後に私に投げ捨てた言葉の冷たさが私の胸の中で蘇った。
「まあ、呪文の詠唱ができない魔導士なんて用済みって訳だよ。ざまあないだろ……かつての好敵手が今じゃこの有様さ……」
彼は私を横目で、ちらりと見ながら自嘲気味に口元の端を歪めた。
「なんだよぉ……笑いたきゃ笑えよ」
黙り込んでいる私を不信に思ったのか───彼は訝しそうに私を見つめる。そんな彼の様子は……とてもではないが他人事とは思えなかった。たとえ……かつて命の奪い合いをしていた間柄であったとしても───いや……だからこそ。
「……ぐすっ……ぐすん……」
「?? ……なんだぁ……?? 同情の涙のつもりかい?? ……君がこんなに『優しい心』の持ち主だったとは───意外だね」
非常に面食らった様子でこちらに向けている顔が戸惑いの色を帯び始めた。無理もないわよね……さっきまでいがみ合っていた好敵手が、急に涙を流し始めたんだから。自分が同じ立場だったとしても、似たような反応を返しただろう。でも……
「……私も……」
「……えっ??……」
「……私も……解雇されたの……」
「……もう一度言ってもらえるかな……?? 僕としたことが、酔いが回ってきているようだ」
彼は申し訳なさそうに、私の顔を見据えながら気まずそうに微笑んだ。
「私もなの……」
今度はハッキリと聞き取ることができたらしい。彼は切れ長の目を丸くする。
「……君がかい……!? ……そんな君ほどの女性が……はっ!! ……まさか……!?」
感極まった私はラム酒をグイッ───と飲み干し、彼の顔を正面から見つめて、はっきりと口にする。
「……そうよ……私も痛かったからよ!! ……顎が!!」
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
奇しくも同じ状況だったから……他人事とは思えなかった。閉店間際の閑散とした店内が、数本の蝋燭で柔らかく照らされている───それが無性にムーディーなのもあって……積み上げてきたものが全て崩れ去ったあの時の鮮明な喪失感が彩を取り戻していった。
あの日以来押さえ込んでいた涙が───止めどなく溢れ出てきた。
私は彼に訳をつらつらと述べた。
「……なるほどね……」
彼は遮ることなく、私の言葉を一つ一つ丁寧に……噛み締めながら胸に落としてくれていた。さらに私は勢いに任せて───宮廷を追い出された後のことも……
「……グスン……おまけに婚約まで破棄された」
「!? ……それ……!? 本当かい??」
さらなる衝撃の事実を知り、彼は驚愕のあまり声が裏返っていた。
「……実はね……」
私は再び、数日前の出来事を回想しながら彼に『事情』を説明した。またしても、彼は嫌がるそぶりを一切見せずに……私の言葉を全て受け止めてくれた。
「……はあ……とんでもない男だなぁ……そういう時こそ、側で支えてあげるのが夫ってもんじゃないのか!? ……貴族がどうのとか……それ以前に『人としてどうなのかな』って思っちゃうなぁ……!!」
深いため息をつきながら人外の彼が『人としての在り方』を語るのは滑稽だけど───それでも彼が精一杯、私に寄り添おうとしてくれているのがヒシヒシと伝わってきた。そんな彼の温かさに───私はいつの間にかすっかり甘えてしまっていた。
「……グスン……それで仕事もなくなって家もなくなって……」
「……でこうやって放浪の旅をしている……そんなとこかぁ……まあ僕も似たようなもんだよ……」
「……??」
彼も変なスイッチが入ったようだ、私に向けた顔を伏せ……カウンターのテーブルを見つめながら
「……妻に追い出された……」
「……!? ……それって……」
「ああそうさ……離婚したんだよ!!り・こ・ん……!! 『指輪まで返せ』って言われてさ!! そもそも僕が買ってやったのに………なんで僕が返さなきゃいけないんだって感じだよ!! 本当に頭にきた!! 心外にも程があるよ!!」
余程頭にきたんだろう。だんだんと彼の声が大きくなり、裏返りながら声のトーンがひとつ上がった。
「……そっかぁ……大変だったんだね……」
私のことを一切茶化すことなく、大きな耳を傾けてくれた彼へのお礼……というわけではないが、今度は私が彼の話に精一杯の相槌を打った。
「……はぁ……ありがとう。聞いてくれて。まさか宿敵の君にここまで心を絆されてしまうとは……」
「……お互い様よ。私の方こそ……それにしても魔族って───意外と人間臭いのね。私たちとあんまり変わらないんだなって……びっくりかも」
「……そうだね……お互いに価値観の微妙な違いとか───そういうのはあるけど……こういう時に考えることは……同じようだね」
「「…………」」
「「……あのね(さ)……!! 」」」
「「…………」」
同時に沈黙が走って───少し気まずい空気が流れ出すけど、先ほどの気まずさとは少し異なる類のもの。
(──何よ……こいつ……考えないようにしていたけど──凄くいい男じゃない。しかも、ちゃんと話すと結構……いや凄くいいヤツだし)
今度はお互いに正面から見つめ合う。彼の吐息が一部ではなく……今度は全て鼻腔に流れ込んできて……とろけてしまいそうな感覚に酔いしれそうになった。すると……彼は突然、
「君は……綺麗だなって思ってた」
「……えっ??」
突拍子もないことを言い出したのだ。変な声が私の口元からテーブルの上に滑り落ちた。
「……戦場で出会った以上、守るべき妻や魔王様がいたから考えないようにしていたけど、ふと思うことがあったんだ。僕と対等に勝負をできる魔導士が──こんなに可憐な女性だなんて意外すぎてさ……」
彼は私の瞳を見つめながら、そんな吐露を始めた。訥々《とつとつ》と……花壇に咲き乱れる薔薇の一輪一輪に、丁寧に水を注ぐように……
「できることなら──傷つけたくない……ずっと、綺麗な服を着て、この世の穢れなどいっさい知ることなく、幸せな笑顔を一つでも多く咲かせて、短い生涯を終えて欲しい……」
彼の言葉には喩えようのない切なさが滲んでいた。魔族にも儚いものを愛でる感性が備わっていたことに驚いた。転生をすることで悠久の時を生きるからこそ……むしろ人間よりも豊かな感性を抱いているのだろうか。そう思いながら彼の口元から紡がれる声に耳を傾ける。
「だから……本当は嬉しかった。こんなところで会えるなんて、思ってもみなくて……さっきは反射的に杖を抜こうとしたけど、その必要はもうないんだよね。戦う理由なんて───もうどこにもないんだから……」
「……カノン……」
とここで、カウンターの向かい側でダンマリを決め込んでいたマスターが 、
「……あっ!! いっけねえや、今日は鍵壊れているから、店閉めらんねえや。おお!! ───そこのお二人さんよ。ちょいと今夜はここにいてくれねえか?? ホールのすぐ隣に客室があるから使ってくれや。じゃあな」
「「…………」」
そんなマスターのかなり露骨な計らいが途絶えると私たちは再び───隣同士で向き合う。
先ほどまでは、肘がぶつかるのすら躊躇していたというのに……
気がつくと私達のお互いに顔は───吸い寄せられるように近づいていった。
───そして、その夜……私達は、
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
「……んっ……朝か……」
「……みたいね……昨日は飲みすぎたのかしら?? 二日酔いまではいかないけど怠いわ……」
昨日は久々に飲みすぎてしまったようだ。どうやって《《この部屋》》まで辿り着いたのか覚えていない。目が覚めると私は真っ白なシーツを───首が隠れる高さまで被っていることに気が付いた。そして、喉が渇いている。水が欲しいわね……
「……水飲むかい?? そこの勝手口から出ると、すぐに井戸があるよ」
「あらそうなのね。ありがとう」
ナイスタイミング。気が合うじゃない。私は自身の身体にまとわりついているシーツを剥がして、体を起こす。そして左手で豊かに膨らんだ胸元にかかっている青い髪の毛を背中に流す───まずは左、そして右……ベッドの隣に誰かが揃えてくれた室内スリッパが置いてあったので、左足から滑り込ませると、
「……んっ?? 人間は寝る時に服を纏わないのかい?? 風邪をひくよ」
「……えっ?? ……あなただって何も着ていないじゃない??」
「……本当だ……」
私は一糸纏わぬ自分の肢体を眺めた後に、声が聞こえた方向を振り返る。しかし、声の主も同様に───さっきまで私と共に羽織っていたシーツ以外……何も身に纏っていないようだ。
男性の割には華奢で白くて──でも首元からフェイスラインにかけて首筋に浮き出ている───細くて紫色の血管。それが無性に色っぽくて……やはり男性なのだなと納得してしまい思わずドキリとしてしまう。そして視線は徐々に彼の目元まで昇っていって、エルフのチャームポイントである───大きくて尖った耳に辿り着いた。
「……ていうか……」
「……うん……そもそも」
ここで、私は……いや彼も同様だったのだろう。
「「なんで私(僕)たち……一緒に裸で寝てるのよぉ(んだよぉ)おおおお!!!!!」」
一夜を共にした相手───をここで初めて認識した。
するとその直後、昨夜と同様再びマスターの妻であるドワーフの女性が、
「!! ……ちょっとおお!! うるさいわねええ!! ……朝っぱらから騒いでんじゃないわよ……!! やることやる時は───周りに聞こえないようにしなさい!!」
と抱き枕代わりのドラゴンのぬいぐるみを抱き抱えながら───私たちが一夜を共にした部屋へ怒鳴り込んできた。




