第6話 ペルソナ
僕の名前は“カノン”。“魔王軍四天王”として従軍してから、早100年ほどが経とうとしていた。
100年ほど前に魔王軍の入隊試験を受験し、見事合格!!
そして早10年ほどで四天王に抜擢されるという異例のスピードで昇進を成し遂げた。
僕は“エルフ”───魔法の適性が他の種族に比べて、頭ぬけて高い。そして僕の両親も、もちろん“エルフ”。さらに二人とも“エルフ”の中でも、特に魔法の扱いに長けていたため、2人の血を引いている僕もまた生まれながらにして、魔法の才能に恵まれていた。
よって……そんな僕はこと魔法の扱いに関しては特に苦労をしたことがなかった。
そんな両親は僕が幼いころ頃……亡くなってしまった。
───流行り病が原因だ。
直前に森を開拓していた先代の“勇者”たちが“エルフの村”を訪れた際に、持ち込んだと言われている。
原因は不明だが、当時、村で唯一の子供だった僕は発症後もなんとか回復して一命をとりとめた……しかし両親を含む村の大人たちは全て亡くなってしまった。
両親を含め村人の全てがいなくなってしまったその村を───僕は去った。そして、行く当てもなく荒野を彷徨っていた。
その後、同じように荒野を彷徨っていた魔族に拾われた。それ以降は魔界で運営されている養育施設に預けられた。僕は魔族に育てられたんだ。その後すくすくと成長した僕は“魔王軍”へ入隊───これが僕が魔族ではないにも関わらず魔王軍へと入隊した経緯だ。
ちなみに現在の魔王も混血ではあるものの一応“エルフ”だ。“ダークエルフ”と呼ばれるエルフの亜種らしいので僕とは少し違うらしいが───まあ詳しくは分からない。
───四天王になってからは毎日が大変だった。
四天王とは───中間管理職。自分が前線に出て戦うだけでなく、戦況を俯瞰し適切な指示を出したり、部下のマネジメントも兼ねなくてはならない。
部下の面倒を見つつ、魔王様のご機嫌をとり……神経が磨り減る毎日だった。
それでも……行く当てもない幼かった頃の僕を拾ってくれた“魔族”のみんなのために恩返しがしたかった。
『お前ドア閉める度に耳挟んでんだろww』
『ピアス何個開けられんだよww』
『横向きで寝ると次の日、耳が閉じっぱなしなんだろww』
『集合写真撮る時オレの隣来るなよ!! お前の耳でオレの顔が隠れちゃうんだよww』
耳が長いことを気にしていた僕を、口ではからかいつつも仲間に入れて一緒に遊んでくれた“オーガ”の子供達───たぶん彼らは照れ臭かっただけだったのだろう。幼いころの僕は引っ込み思案だったから、いきなりエルフ特有の長い耳いじりをされた当初は少し戸惑ってしまったけど、悪意がないことだけは幼い僕にも伝わってきたから決して嫌な気分ではなかった。
むしろ嬉しかった……まあとはいえ過激ないじりだったから、今だったら間違いなく『いじめ認定』されるだろうけど……
───他にも……
『カノンくんは凄いね!! まだ子供なのに……将来は四天王にだってなれるんじゃないかしら??』
僕の魔法をいつも褒めてくれた養育施設に勤めていた河童のお姉さん。
彼女は本当に優しかった。
養護施設の皆は僕にとって───家族同然の存在だった。
───そして2年前……“魔王様”の娘の一人と結婚した。
幼いころ両親を亡くした僕に───やっと『本物の家族』ができたんだ。
種族が違っても……皆───大切な魔族。
なにがあっても僕は戦う……どんなに辛いことがあっても……僕は……
魔法を習得するために、僕は血のにじむような努力を積んできたわけではない。それにも関わらず、僕はあらゆる魔法をそつなく使いこなせる───人並み外れた才能。これは、「自分のためではなく、世のため人のために力を使いなさい」という“邪神様”からの賜物だと僕は考えていた。
私利私欲のために使ったらバチが当たってしまう。自分の才能に胡坐をかいてはいけない。
自分に対して───常にそう言い聞かせてきた。
そんなこんなで僕はその才能を無駄にしないために、四天王へ昇格した後も前線で杖を振るっていた。時に大苦戦して、危ない場面に遭遇することも何度かあったけど……魔族のために、僕は僕なりに粉骨砕身していた。
特に宿敵───『ルイ』は本当に手ごわかった。何百何千という同胞が彼女に屠られ何度も悔しい思いをした。だからいつの頃からか、彼女を超えることが僕の目標になっていた。
(───彼女を食い止められるのは僕だけだ……)
だが……僕の奔走の日々は……虚しく幕を下ろした。
~♪♫~♫♪♫~~♪♫~♫♪♫~
───ある日のこと……
「カノン様!! 大変です!! このままですと要塞が突破されます!!」
「!!……くっ!!……」
僕は、とある大平原に構えられた要塞の展望台にて……戦況を見守っていた……かなり劣勢だ。
人間軍が大軍を率いて行軍してきたという伝令を受けたため、当然“ルイ”も参戦しているだろうと予測し───この日は僕自らが出撃していた……
しかし、最近の僕はスランプに陥っている。会議や朝礼などで───声を張り上げた後は顎の付け根が痛んでいた。よって魔法を扱う際は、無詠唱呪文のみを用いており、詠唱を必要とする魔法は極力控えるようにしていた。
そんな不調に陥っている僕のフォローのために……今回は空を覆いつくすほどの巨大な体躯を誇る“ワイバーン”や、通常のゴーレムを超合金で覆った“アイアンゴーレム”など───強力な助っ人を引き連れサポート要員を充実させて来たのだが……
「!! ……あわあああ!!! んだよこの女!! どんだけ魔力あんだよぉ……!! 」
「!! ……おうちにかえりたいよおおおおお……!!」
「!! ……まあ~まあああああああ!!! 」
「……あっは……あははは……あはっははは!!! 泣き叫びなさい!! あなたたちの断末魔こそ───我が至高の道楽!! さあ這いつくばって“邪神”に祈りなさい!!」
今日の彼女は───いつにも増して強い。これでは戦いではなく一方的な蹂躙だ。彼女は僕の《火》属性とは対極である《氷》属性を得意としている。彼女は掲げている杖の先からオーロラのような光を放ち───大平原一帯を凍土へと塗り替えていた。引き連れて来た部下たちは、揃いも揃って『氷漬け』だ。
挙句の果てには、先程まで雲一つないほどに晴れ渡っていた蒼空が闇に覆われ───杖から漏れ出た光で彩られて、オーロラのような輝きを放っていた……
───これではどちらが魔王軍か分からない。
戦場と空を交互に見ていた僕は───自身のふがいなさについに耐えきれなくなった。顎がさらに痛むのを顧みず食いしばっていた歯を震わせながら口を開く。
「……やはり、僕が行くしかない……」
「……カノン様……これ以上無理をされては……」
左隣に控えていた“悪魔神官”───『レイ』が僕を引き留めようとする。彼女は我々魔族に治癒魔法を施してくれる神官だ。そして彼女は“エルフ”専用の治癒魔法も使える───この魔法じゃないと、僕たち“エルフ”の傷は癒せない。よって顎が痛む時の対処療法として、彼女の治癒魔法は欠かせない。あくまでも対処療法であるけど……
「だめだ……四天王のこの僕が、日和見を決め込んで閉じこもるわけにh……レイ……」
整った鼻梁の上には地獄の使いである“レッサーデーモン”を模した仮面がのせられている。よってその目元までは、はっきりと分からない。ただ、血色の悪い透き通るような頬の上に───禍々しい彼女の装いにはそぐわない透き通るような雫が静かに流れていたことを僕は見逃さなかった。
「……カノン様……“魔王様”や“魔王軍”も私にとっては大切です……しかし……あなた様が一番大切なのです……私は……あなた様のことを……」
「示しが付かないから」───という理由で普段の彼女は“変声魔法”を用いて自身の声色を変えている。「地獄の谷底から響いてくる悪魔のガナリ声」ではない彼女の本来の声は、高ぶる想いに震わされていた……その声はまるで───『静かな森の奥で誰にも知られることなく朽ち果てた教会の聖堂。その中でいつか誰かの手で再び愛撫される日が来ることを待ち望んでいるパイプオルガンの調べ』のようだった。
彼女は両手で僕のローブの裾をすがるように掴んで離さない。
「…………レイ……君は……僕のことを……」
そこから先の言葉は紡げなかった。当時の僕には───邪神様の御前で永遠の愛を誓ったヒトがいたから
「……はい……初めてお会いした時からずっと……」
今の彼女はもう───邪神像の前で祈祷を捧げる“悪魔神官”ではない。その顔は───“レイ”という一人の『女性のそれ』になっていた。
「……すまない……気づいてあげられなかった」
「……いえ……仕方のないことでございます。あなた様には魔王様の御息女がいらっしゃいますから」
彼女は漆黒の髪の毛を揺らしながら、静かに首を横に振った。仮面を少しずらし自身の双眸が鎮座しているであろう場所を───人差し指でそっとぬぐっていた。その光景を目にした瞬間───僕の胸の中で熱く煮えたぎっている業火がパチリ……と音をたてた!!
「……でも、僕には……守りたい魔族がいるんだ……!! 」
「カノン様……!!!」
(君の想いには応えられない……だが……魔法しか取り柄のない自分をこんなにも大切に想ってくれる魔族がいる……必ず守り抜いて見せる!! 自分の身体一つくらい───くれてやる……!)
僕の胸の中で熱く煮えたぎっている業火が───凍てつく大地に熱を吹き返さんとばかりに……天高くかざされた杖の先まで昇っていく!!
「……受けてみよ……!! ……我が最大の奥義……顕現せよ!! 光の世界の創造主たる太陽すら顔を覆う───闇の恒星!!」
要塞の頂から僕の声が戦場に轟くや否や、ルイの奮迅ぶりに気圧されていた部下たちが一斉にこちらを見上げる……
「……カノン様だ!!」
「……もお大丈夫だ……!! 助かった……!!」
「まあ~まあああああ!!!!!」
オーロラがかかった空に───真紅の幾何学模様が闇光しながら浮き出て来た。一つ二つと数えているうちに数えきれないほど……空を覆いつくさんとばかりに!!
直後に走る───顎の付け根の痛みなど意に介さず……僕は詠唱を始める!!
「合コンで『……私いい……童顔だからぁ……いっつもコンビニとかで年確されちゃうんですう……」
中盤までは問題なく終えた……思ったより痛みは少ない!! いけそうだ!!
───しかし……そう思ったのも『束の間』。
「……って二言目に言い出す女に、手をだすのは……やめとk』…………うっ……!? 」
───カタン……
「あと少しで詠唱が終わる」といういい感じのタイミングで、僕は杖を落としてしまった。
さらにその直後……空に浮き出た幾何学模様は───蝋燭が吹き消されたように忽然と虚しく虚空へと溶けていった。そして再び現れた邪なオーロラが凍土を照らす。
「!! …………カノン様!?」
仮面に覆われた顔の前で、手を組み祈りを捧げていたレイが───今度は素っ頓狂な声を上げると同時に、空を見上げていた前線の部下たちもざわつきだす。
「!? ……どおした……!?」
「!! …………なにがあった……!?」
彼女は僕に駆け寄って来ると───杖を落として、硬い石床の上でうずくまっている僕の顔を両手で包み込んで覗き込む。すると今度は目を丸くし(仮面を装着していたのになぜか分かった)、拍子抜けした声で……
「……カノン様の顎が……外れた……」
「あっ……あが……あひょや……うおひゃはい……」
気まずそうに僕の顔から視線を外した彼女の表情は───なんとも形容しがたいものであった。




