第5話 酔っ払い
───ここは、とある小さな村の酒場。
「お嬢ちゃん……そんなに飲んで大丈夫かい…??」
マスターである髭を蓄えた“ドワーフ”が、カウンター越しに身を乗り出して私の顔を覗き込む。ちなみに、身長は私の腰より低いため、彼は脚立のような踏み台に乗っている。
「……うるひゃいわれーらいじょ〜ぶよぉ……あたひゃね〜『さいひょうの魔法ちゅかい』らのよぉ〜」
「……はあ……」
「それに〜わらしは『お嬢しゃん』、にゃんかじゃないんりゃからね〜結婚だってしゅりゅ予定らったのよぉ〜」
「はいはい……そりゃ大変だったね 」
「……らくりょ〜何が『顎関節しょー』よ〜“詠唱”ができにゃくらって……あらしの手にかかれば、こんな小汚いみしぇくりゃい『氷じゅけ』に……」
「おいおい!! やめてくれよ!! いいから早くその杖しまえって!! “自警団”に見つかったら摘み出されるぞ!!」
「ぐしゅん……また追い出しゃれるのぉ〜なんらのよ〜」
そんな訳で──『THE・MAGIC!!』こと……わたし“ルイ・ルーレイロ”は行く当てもなく放浪の旅に繰り出し、今は立ち寄った小さな村の酒場で、やけ酒をかっくらっていた。
───とそんな時……3つほど隣のカウンター席から……
「……はぁ……もうおしまいだよぉ……僕がこれまでどれだけ“魔王様”に貢献してきたのか……もっと感謝してくれてもいいじゃないか……」
「はあ……こっちにも『酔っ払い』がいるってのに……一度に2人も相手にしなきゃなんねえこっちの身にもなりやがれってんだ」
マスターは声の方向に短い首を傾ける。私もつられて右手で左側の長い髪をかき上げるとそれを右肩にかける。小さいはずの頭が、今日はやけに重く感じるわ。
───するとそこには……
『真紅のバラ』を彷彿とさせる艶やかな長い髪の毛
“エルフ”の特徴とも言える尖った大きな耳
そして……横目でも分かる──邪悪な“魔力”に満ち溢れた真紅の瞳
───その男の名は……
「!? ……『カノン』じゃないの!?」
一瞬で酔いが覚めてしまうほどの戦慄を覚え──私はその人物を認識した瞬間に左手を懐に忍び込ませ杖を握りしめた。
彼は“魔王軍四天王”の最強の“大魔導士”であり、私の宿敵──“カノン”
それとほぼ同時に……
「!? ……君は……“ルイ”!! ……なぜこんなところに……!?」
彼もまた、真紅に染まった髪の毛と対照的な───白魚のようにきめ細かい肌が目を引く右手を“ローブ”のポケットに突っ込み、何かを握りしめたようだ。
その瞬間……私たちはお互いに席を立ち……2メートルほどの距離をあけ、睨み合う!!
「「…………」」
───まず口を開いたのはカノン
「……驚いたね……君と会うのは何度目か覚えちゃいないけど、戦場以外で会うのは初めてだったと思うよ……何の用でこんなところに来たんだい??」
先程まで愚痴を零しながら項垂れていた様子は1ミリも感じさせない。目の前でこちらを見据える彼の眼は『血』と『殺戮』に飢えた“魔物”の目……
口調こそ柔和だけど、こいつは“魔王軍”の中でもトップクラスの『実力者』……「わんちゃん“魔王”より強い!! 」「もうお前が“魔王”やれよw」とまで言わしめるほどよ。
こんな至近距離で凄まれてしまうと流石の私も肝が冷える……だけど、私は腐っても
───『THE・MAGIC!!』
グロスなんて塗らなくても鮮やかな桃色に輝いている口元を少し釣り上げる。そして右手で自慢のブルーの髪の毛をかけ上げながら彼を挑発する。
「私も驚いたわ……せっかく1人の世界に浸っていたのに……酔いが覚めちゃったじゃないの?? さっさと片付けて、飲み直そうかしら?? ……ねえ?? ラム酒かブランデー……どちらがいいと思う?? 甘いお酒もそろそろ飽きてきちゃって……」
まずはペースを飲まれないように舌戦を繰り広げる。これも大事な駆け引きの一つよ!!
「「…………」」
───そして包み込む静寂!!!
まさに『一触即発』……!! そんな時!! でもそんな時……
「ちょぉっとぉ!! あんた達ぃ……!! なぁーにを騒いでいるんだあい!? 喧嘩すんなら表でやんな……!!!」
ホールで小汚いテーブルを拭いていた女性の“ドワーフ”が───こちらを振り返り、耳をつんざくような大声でがなり立てた。酒焼けしてしゃがれた声色は、なかなかの迫力。
「「…………!? 」」
“伝説のドラゴン”の咆哮かと勘違いしてしまうほどに、あまりにも凄い剣幕だったため、一瞬……私とカノンはたじろぐ……
ドワーフの女性は、下っ腹を覆い隠すエプロンで手を吹きながら、こちらを見上げズンズンとこちらへ歩み寄ってくる。マスターのドワーフと同様に、私の腰の高さ程の上背なのだけど……不思議と先日退治した“巨大なドラゴン”の体躯と変わりないように錯覚してしまった。彼女が歩を送り出すのに伴って、テーブル以上に小汚い酒場の乾き切った床がギシギシと音を立てる。
そして私とカノンを交互に見合わせると……眉間に寄せられた皺が波のように引いていって……今度は慈しみに満ちた微笑みをたたえだした。
「……少しは落ち着いたかい…?? 若いときゃ色々あるもんさ……時にぶつかりこともある。目元の小皺が増えていくごとに……大人になっていくんだよ───そうやってね。あたしもね……今じゃこんなんだけど、若い頃は……」
先程とは別人のような穏やかな口調で私たちを諫めた。そして、何を思ったか急に自分語りを始めた……
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あれから女性ドワーフの話は2hほど続いた。最初の10分くらいは、私とカノンはお互いに隙を伺って先制攻撃を仕掛けようと探り合っていたのだけど──
『ちょっと……!! あんたたち……!! ちゃんと人の話を聞いてんのかい……!?』
彼女は私達が話に耳を傾けていないと感じるとすぐに怒鳴り出す。そして「あなた……人じゃなくて“ドワーフ”でしょ……」なんてツッコむ暇すら与えずに再びマシンガントークを繰り広げるので、すっかり辟易してしまい最終的に───諦めた。
結局最後はマスターが強い酒を彼女に飲ませて強制的に眠らせ、事なきを得た。でもおばさんの長話に付き合わされてこっちはもうクタクタ……。
それにしても“魔法”を使わずに、災厄と恐れられる“伝説のドラゴン”レベルの魔物を強制的に眠らせるなんて、このマスターも只者ではないわね。
マスターの技量に私は感心しながらカノンと共に再びカウンター席に着く。今度はなぜか───隣同士で……!?
「…………」
「…………」
私達の間に気まずい空気が流れる。私もカノンも、交互にラム酒のグラスに口をつけるが全然減らない……
「……ねえ……」
「……なんだい…」
気まずさに耐えきれなくなった私は彼に声をかけた。彼は相変わらず柔和な口調だけど、気だるそうに左隣にいる私に首を傾けた。彼の肩にかけられていた真紅の髪の毛がハラリと数本垂れ下がる。
「……なんか喋りなさいよ……」
「はあ……?? なんで僕が……??」
彼は「信じられない!!」といった様子で、切れ長の目を見開く──その中では、大粒の赤いルビーの瞳が輝いていた。彼の瞳は角度によっては……紫にも見える不思議な色をしている。
そして“エルフ”特有の尖った大きな耳がピクン──と揺れた。
「……隣にレディがいるんだから当然でしょ……それとも何?? “魔族”だと女が男に話題を振ってリードするものなの??」
「……はぁ……ったく……いつも戦場で会った時は、“魔族”の僕たちすら比にならないくらい邪悪な笑みを浮かべて襲い掛かって来る君が……こんな時だけ都合が良すぎないか??」
「……あら?? あなた達“魔族”は死んでも“転生”するでしょ??」
そう……“魔族”は死んでも記憶を引き継いで“転生”することができる。もっとも“魔力の大半”を転生に必要とする代償として持っていかれるから──“転生直後”は牧場で飼われている羊のように、腑抜けになってしまうけど、
「……そうだけど……でも、死ぬ時は痛いんだぞぉ……僕はまだ死んだことないから分からないけど……」
「分かったわよ。じゃあ今回は『特別』よ。なんで《《こんなところ》》にいるのよ??」
私はグラスを持ち上げると口をつける事なく、手の中でクルクルと回して、グラスの中の氷を溶かしだした。もう何杯のんだか覚えていないが、流石に濃いなと感じ始めていたから休憩。
彼は露骨に大きなため息をつく。肘がくっつくほど近い距離だったので、溢れた彼の吐息は私の鼻腔を甘やかに刺激した。嗅いだこともない香りだけど、その匂いは私の感覚器官の随まで締め付けるほどに狂おしい色気を孕んでいて、思わずドキッ───としてしまう。
何かの花の香に似ている気がする───でも、どんな花なのかは分からない。宮廷の花壇には世界中の花が植えられていたから、香りを嗅げば大体検討はつくはずなんだけど……
彼も相当飲んでいるはずなのに、不思議と酒臭さを漂わせてはいなかった。ここで私はふと、自身の吐息が不快さを伴っていないか気になり少しだけ顔を背けてしまった。
もっともそんな私の胸中など解することなく──彼は左手の薬指で真紅の長い髪の毛を“エルフの耳”にかけて口を開く 。
「……“魔王軍”を……解雇された」
「……はあ……??」
からん───!! ……グラスの中でラム酒に浮いていた氷が溶ける音が木霊した。閉店時間が近づき、店内が閑散としていたのもあって───やけに大きく。




