第4話 三流
「ルイ……すまない……結婚の話は無かったことにしてほしい……」
「……ふえっ……??」
ここは私の未来の夫──ジョセフのお屋敷の大広間。
彼にプロポーズをされた後、私は“宮廷の寮”からここへと引っ越してきた。
流石に宮廷に比べたら簡素ではあるけど、このお屋敷もかなり荘厳で美しい建物だ。
ジョセフは申し訳なさそうにテーブルに目を伏せながらそう呟いた。
上質な材木でこしらえられたイスの背もたれの半分が顔を出すほどに、彼は項垂れている。
背後に控えているメイド達は心配そうに彼の後ろ姿を見守る。
「……突然で申し訳ない……さっき“帝王様”から速達が届いたんだ。君の解雇通知が……」
なるほど、確かに大事な要件だし彼に連絡が行くのは当然だろう。だけど……
「……でも大丈夫よ!! 新しい就職先なんてすぐに見つかるわ!! 私は帝国最強の大魔導士よ!! 私を欲しがるギルドや会社なんて……腐るほどあるわ!!」
───そう私は帝国中に名を轟かせている“大魔導士”!!
“THE・MAGIC!!”───とさえ呼ばれているわ!!
そんな私はまさに「引く手数多」のはず……しかし、彼は首を横に振る。その動きに合わせて、彼のブロンドの美しい髪の毛が揺らぎ、涼しげで高貴さを漂わせている目元にレースのカーテンとしてかかった。
「でも……今の君は、“呪文の詠唱”ができないだろう……」
「……うっ」
確かに“詠唱”を必要とし、顎に負担のかかる“上位魔法”を使うことは困難だけど、
「私の“魔力量”だったら無詠唱の“初級魔法”でだって……十分に活躍できるはずよ!! その辺の“ベテラン魔導士”の“上級魔法”にだって引けを取らないわ!! 」
“魔法の強さ”というものは『“魔力”を一度にどれだけ沢山放出できるか』という観点から判定される。そして“上級魔法”と呼ばれるものは膨大な魔力が蒸発してしまうことを防ぐために開発されたもの。
しかし、私の場合は───そもそもの“魔力量”が桁違いの領域。よって、“初級魔法”でも他の魔導士の“それ”とは比較にならない程の力を発揮することができる。
そんなことくらい……私の婚約者である彼なら分かっているはずなのに……
「……うん……それは僕が一番よく分かっている……君の能力の問題じゃないんだ」
「……じゃあ……何よっ……!!」
私は思わずテーブルの上に身を乗り出し、彼に食ってかかった。すると彼は姿勢を正し、私の目をまっすぐ見つめながら、こう口にする。
「君の肩書きや能力に見合うだけの給料を払える組織がないんだよ……呪文の詠唱ができないとはいえ、君は高名な魔法使い……まさか二束三文の端金で雇うわけにはいかないだろう?? 組織のメンツもある。だから……雇われる君の問題じゃなくて、雇う側の問題なんだよ……」
(───!?……そうきたか…)
でも確かに彼の言う通りだ。なぜ少し考えれば分かるようなことを、この私が見落としていたか……
───傲慢だったから。
この私が職を失うことなど、ありえない。私は世界に必要な存在。世界が私を必要としている──そんなふうに考えていたのだ。
とはいえ納得できるはずがない……肌触りの良い真っ白なテーブルクロスを私は思わず「ぎゅっ」と握りしめた。せり上がって来る感情は激流のようだった。今日は特に綺麗に施されたアイメイクが崩れてしまうことすら構う余裕がないほどに……私は涙をこらえることができなくなった。
こんな仕打ち───ありえない。なぜなら……私は……
「!!……グスンッ!!……私は……わだしは……『THE・MAGIC!!』なのよ!! ……うっ……最強の……大魔導士なの……!! ……小さい頃から……『天才の名』を欲しいままにして……うっ……今まで何度も……何度も何度も何度も……!! 帝国の存亡に関わる『危機』を救ってきたわ……帝王様だって……私のことを何度も褒めてくださったわっ!!」
自身の口から目の前のテーブルの上に並べられていく膨大な功績。それらに汚泥をぶっかけられたような錯覚を覚えた。
その報いは余りにも熾烈。同時に体内の臓器の全てが沸騰するような憤りを覚える。
そんな怒りの炎を鎮火させるためなのかは分からないけど、大粒の涙が私の頬を伝いだした。新雪が積もった雪原を彷彿とさせるほどに真っ白な頬の上を……
(なんなのよ……さっきの帝王もとい───おっさんといい…… )
先程のあっけらかんとした様子のおっさんの顔を思い出し増幅された怒りが血管を通して全身を駆け回る……!! 先ほど掴んだテーブルクロスを握りしめたまま今度は力任せにテーブルを叩いた……!!
───ギャタアアン!!───ガラガラ……
同時にテーブルに置かれていた蝋燭が立て続けに音を立てて、倒れた。
「「!!……ひい!?……」」
続けて彼の後に控えていたメイドたちが、一瞬小さく声をあげる!!
しかし、彼が私を咎めることはなかった。
だが、その代わりに彼の口からついて出た言葉は鮮烈極まりないものだった。
「わかってくれ……僕は家を守り抜く使命を負っている。些細なことであってもその名を汚すような真似はしたくないんだ」
───『汚す』……その言葉が彼の口から飛び出た瞬間、私の怒りは臨界点を突破した。そして先ほどまでの熱く煮えたぎった憤怒とは正反対に、私は自分の中の『全て』が氷結したような感覚を抱いた。同時に止めどなく伝っていた涙も、一気にひいていった。
「……けっ……け・が・す……ですって!! この私が……そんなの!! ……きっ……聞き捨てならない!!……信じられないわ!!」
気が付くと私は左手を懐に突っ込んで杖を取り出していた……!!
「!!……ひっ……!!」
只ならぬ私の様子に「何かしでかすのではないか」と警戒の色を目に浮かべていたメイド達。彼女達はローブの懐に突っ込まれた私の左手に釘付けになり、小さい悲鳴をあげた。そして……
───「この屋敷の全てを……氷漬けにし、凍てつく世界で永遠にその身を震わせるがいい」と言わんばかりに、杖を振りかざした瞬間……!!
「……ッツ……つつ!!」
───これまで感じたことがないくらい激しい痛みが顎の付け根に走った。
私は左手に握った杖を落とし、自身の顎を抑える。
かわいらしく飾り付けが施された杖が虚しく床を転がり、テーブルの下に隠れてしまった。まるで主である私を拒絶するかのように……
そして激情にことごとくかき乱された私とは打って変わって目の前に鎮座している婚約者であった彼の態度は非常に冷たかった。まるで三流の脚本家がつづった悲劇でも観劇しているかのよう……
「落ち着いたかい……?? 悪く思わないでくれ……屋敷の退去手続などは、執事に任せてある。どうか元気で」
彼は、ほんの少し悲しみを滲ませた様子ではあったものの、テーブルに項垂れていた冒頭の様子とは全く異なり、大貴族の長と呼ばれるに相応しい毅然とした態度だった。
一方の私は十八番である《氷》魔法の『お株』を奪われた形となってしまったことも相まって……なお一層無様。
彼は言い終わるや否や──私の返答を聞こうともせず……ズズッ!!と音を立てて立ち上がり席を離れる。私と視線が合うことは最後までなかった。
(───ああ……行っちゃった……)
そして次に襲ってきたのは虚脱感。
怒りに駆られ、衝動的に立ち上がってしまった椅子にもう一度───今度は浅く腰掛ける。
(ネイル……昨日塗り直したばかりなのに……ダメになっちゃった)
テーブルクロスを力いっぱい握りしめてしまったからだろうか。私の髪の毛の色に合わせてオーダーしたライトブルーのネイルは半分以上剥がれ落ちていた。残りの半分も……ボロボロ……
天井に左手をかざした瞬間……シャンデリアの明かりによって映し出された陰影の中で私の指先から放たれていた『さわやかな煌めき』は読んで字の如く見る影もなくなっていた。
───薬指の中で『永遠の愛』を象徴し続けるはずだったのに……
私は悟った。
仕事、人生の伴侶、住処……そしてプライド。
その全てを一瞬で失ってしまったのだと。
“魔法”でもかけられたかのように。皮肉なことに───『THE・MAGIC!!』と呼ばれたこの私が……




