第3話 おっさん
「ごめん。クビ」
「……はっ??」
ここは“宮廷”。帝国で最も荘厳な居城の最奥にして頂きの間。
立ち入ることが許されるのは極々一部の大貴族と、近衛も兼ねている“魔導士部隊精鋭隊員”のみ。
そもそも、側近の者を介さずに目を合わせて口を聞けるのも同様よ。
そして“帝王の間”は、絢爛な城の外見とは打って変わって存外地味だ。
大理石の支柱が2本。部屋の中央から左右に等間隔に並んであり、その根本には小さな花壇が植えられ、植えられた薔薇からはツタが天井に向かって伸びている。
敷かれている絨毯はオレンジ色のワンカラーで、特に豪華な模様などは施されていない。
そして玉座は───なんと普通の椅子!!
“帝王様”は質素なお方であり豪奢な調達品の類を嫌っている。「自身の身の回りに税金を使うくらいなら民の生活を豊かにするための事業の支援などにさくべし」───という考えを持つ崇高で慈悲深いお方だ。
着用しているお召し物も袖に2本のフリルが装飾されているだけの襟付きのシャツ。パンツや革靴に至っては下町の呉服店で購入できるものだ。
だからこそ私は威厳に溢れる髭を蓄えられた帝王様の口元から飛び出してきた言葉に目を丸くした。
すると帝王様は補足をしてくださった。
「う〜んとね……驚くのも無理ないよね。君の貢献はさ……もう多大なわけよ。めっちゃ助かってる。君がいなかったら僕なんて、たぶん100回くらい死んでると思うし……この国も100回くらい滅んでると思う。今も続いている“魔王軍との戦い”が何とかなってるのも、ぶっちゃけ君のおかげ」
帝王様は心苦しそうな表情に努め、これまでの私の功績を労い出した。しかし、言葉の端々に飄々とした様子が滲み出ており、軽薄な印象が拭い切れない。
ちなみに帝王様は公衆の面前で演説をされる時は、威厳に満ち溢れた話し方をされるが……普段はこんな感じだ。
ただこれでも、だいぶマシになったらしい。なんでも就任したての頃の一人称は「おいら」だったとか。他にもまだ王子の身分であった時は、議論が大好きで帝国で開催されたディベート大会であらゆる賞を総なめにし“論破王”という二つ名を持っていたなんて逸話も有名……なんとも掴めない人よ。
(?? 私の功績が多大だとしたら、なぜクビにならなければならないのかしら……??)
とここで帝王様はテレパシー能力のスキルでも有しているのか……
「うーん……それじゃあ、『なんであたしがクビになるの?? 』とか考えているよね?? ……そこがね……面倒なところなのよ。ぶっちゃけ“精鋭部隊”って言っでも───ほとんどの隊員の業務は、君のサポートなのよ」
そう、先程も説明したように、ぶっちゃけ“魔道士部隊=ルイ&そのサポーター”だ。ちなみに、遠征が終了するたびに公表される毎回の討伐数の99%は私だ。それが何か問題でもあるのかしら。
「それでほら……君が『前線』から退いて、いつ戻ってくるか分からないって状態だと……皆のモチベ的なの下がっちゃうでしょ?? ───『そのうち戻ってくるんだし、ここから頑張って今更評価上げたところでなあ……まあ適当に頑張っておくか』……みたいな??」
確かに彼らの業務の大半は戦場から逃亡を試みた残党狩りや荷物持ち……そして私のお茶くみだ。私がいなくなって、評価を多少挙げたところで、私が復帰したら逆戻りであれば、やる気もクソもあったものではない。
「んでね……それって不味いのよ。それにね……『顎関節症』っていうのが……プププ」
ここで帝王様は『顎関節症』というワードを口にした瞬間……吹き出しそうになったのを堪えて顔を伏せた。今も「ふふっw」と口元がモニョモニョと震えている。
しかし、数秒ほど経って平静を取り戻したのか、「おほん」と咳払いをして、再び私に向き直る。
「ごめんね……それでね……他の隊員にも……正直言いにくいのよ……んで……君も正直……いぃやでしょぉ~??」
帝王様は「正直……」という言葉を口にした途端、一瞬タメを置き、やせっぽっちで血管が何本も浮き出ている首を傾げながら私に同意を求めて来た。
帝王様も内心発言を躊躇したのか───私の耳には「嫌でしょ??」ではなく「いぃやでしょぉ~」と聞こえた。声も完全に裏返っていたし。
ここで帝王様は立て続けに、
「『顎関節症かよw 』みたいに裏で、ネタにされたり?? 飲み会の時とかにさ。隊員の1人が……
『そういやさ!! ルイさんめっちゃ可愛かったよな!! 俺ぶっちゃけ好きだったけどさ……『顎関節症で休職 』って聞いた瞬間に吹き出しちゃってさ……したらなんか冷めちゃったわww』
とか言われるんだよ?? ……なんかナッツとか入った小皿が置いてあるテーブル皆で囲んで、ビールの樽を片手にしてさ……君が積み上げた功績が───文字通り泡になっちゃうよ………ビールだけに!! ……ック!!………プププ!! 」
帝王様は皺だらけの両手を、わきわきとさせながら目元に小皺を何本も浮かべてギュッと目を瞑り矢継ぎ早に妄想トークを繰り広げ出した。
というかなによ。その物凄く庶民的な妄想は……あとそのギャグはマジでつまんないからやめなさい。しかも言った後に自分で笑っちゃうところが最高にキモイ。
もはや威厳もクソもあったものじゃない。妄想をまくしたてるその姿があまりにもキモかったので、私は露骨に顔をしかめてしまった。けれども、そんな私の様子に構うことなく、
「だったらさ……なんかこう……向こうの四天王の中でも、『特に最強みたいなやつ』っているじゃない?? それで、そいつに呪い的なヤツかけられて、『もう魔法が使えなくなった!! 』───とか《《そんな感じ》》の方が……示しがつくじゃない??」
自身の立場を思い出したのか、帝王様は少し畏まった様子に戻り、無理矢理真剣そうな表情を作ると自身の考察を述べ出した。
なるほど一理ある。それに休職してしまった場合は私に休職手当やらなんやらの莫大なコストがかかってしまうだろう。帝国の予算はカツカツだし。 おっさん臭さに溢れていて、どうしようもない人だなって正直あきれていたけど、やはり一国の王なのだ。国の行く末をしっかりと考えている。
しかし、ひと通り話し終わったようなので、そろそろひと区切りかなと思ったその矢先。またしても……
「それだったらさ、隊員たちも飲み会とかでさ……最初は下ネタとか上司の悪口……ってそれだと僕の悪口か……まあいいや!! とにかく、その……前半にまずくだらない話をして馬鹿笑いしつつさ……終盤になって、少し落ち着いた後に……
『……もうルイさん戻ってこないんだよなあ……やっぱり寂しいよ……オレ……でもさ、俺たちがしっかりしないと……ルイさんも安心して引退できねえよな……せっかく結婚したんだし……これからは『女性としての幸せ』ってやつを噛みしめて欲しいよな……みんな!! 頑張ろうぜ!!』
───的な感じで指揮が上がるだろうし!!」
『おじさんあるある』───「やっと話がおわったか」と思ったら似たような話がエンドレスでループしだす。
帝王様は頭の上に乗せられた王冠の隙間に、ささくれだらけの左手の小指を突っ込んで2,3度ポリポリとかくと再び、半笑を浮かべながら妄想トークを繰り広げ出した。マジでキモイ……
そもそも、この人は帝王のくせに、なぜそんな『庶民の飲み会のあるあるネタの中でも、特に絶妙なライン』を攻めてくるのかしら??
まあいいわ。文句ばかり並べても仕方ない。帝王様が直々に労いの言葉をここまで並べてくださっているのだから。形式上は解雇宣言ではあるけど。
まあ私の実力であれば、再雇用先などすぐに見つかるだろうし。ここは見苦しい姿を見せずに、潔く身を引くことにするわ。
私は紫色のマントを翻す……
「……承知いたしました。今まで大変……お世話になりました。帝王様に仕えることができて、私は本当に幸せ者でございました」
「うん……すみません!! ……とんでもない……そしたら……元気でね。じゃあ!!」
私は作法に則って肩膝をつき、かしずこうとした直後───帝王様は早々に切り上げたそうに、私の行動を掌を見せて制し、早口で適当な挨拶を投げた。そんな一方的な様子に思わず唖然としてしまい、私の開いた口はふさがらなかった……
(もお!! 何なのよ……このおっさん!! ……こっちは長年奉公して、最後まで丁寧に挨拶してやったというのに……)
私は憤りを滲ませながら先ほどよりも大きな音を立ててマントを「バサリ!!」と翻し、背を向けて“帝王の間”を去ろうと踵を返した。そしてその瞬間───おっさんの革靴のつま先の隙間に数mlの氷を生成した。30分ほどすれば、靴の中が水浸しになってグショグショ。不快感が襲ってくるわ。
私は“帝王の間”と“宮廷の大廊下”を繋ぐ門に歩み寄りながら、門番に悟られない程度に口元を緩ませ、その場を後にした。




